遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  松岡圭祐  講談社文庫

2021-07-13 11:44:40 | レビュー
 『探偵の探偵』シリーズがこの文庫書き下ろしの『探偵の鑑定』で完結する。
 『探偵の鑑定 Ⅰ』を読み始めた時、Ⅰという付記から、いくつかの連作になるのかと想像していたのだが、Ⅱと合わせて一つの新ストーリーだった。つまり、このⅠ・Ⅱはいわば分冊の上巻・下巻に相当する。
 読み始めるとなんと『万能鑑定士Q』のヒロイン・凜田莉子が登場して来た! こちらのシリーズを先に楽しんできた読者としては、俄然楽しくなる。莉子といえば影のように、一対として小笠原悠斗も登場する。さらに、莉子の友達となったあの総合旅程管理主任者の資格を持つ添乗員、浅倉絢奈が要所要所で協力する形で登場するから一層おもしろい。
 それだけではない。ストーリーが最終コーナーにさしかかる辺りから、『水鏡推理』のヒロイン・水鏡瑞希が加わることになる。『水鏡推理』の第2弾が出版されているタイミングで、水鏡瑞希がこのストーリーにも加わってくるのだから、ますます面白くなる。
 『探偵の探偵』シリーズの完結を導く『探偵の鑑定』は、著者の創作した各シリーズのヒロインたちがそれぞれの持ち味を活かして登場させるという構想が実におもしろい。トップ・ヒロイン共演というサービス精神がここに発揮されている。
 この『探偵の鑑定』は、一方で、『万能鑑定士Q』の完結にもなっている。
 『鑑定の鑑定Ⅰ』は2016年3月、『鑑定の鑑定Ⅱ』は2016年4月にそれぞれ文庫書き下ろしとして出版された。

 ”交際クラブ”のトップ「銀座VIP俱楽部」に関連する裏SNSを通じて、猪瀬伸明は濱野陽佳梨という源氏名の女性と六本木の高級一軒家レストランで待ち合わせをする。陽佳梨はエルメスのバッグ、パーキンを携えて現れた。猪瀬は陽佳梨にこれからの交際費300万円、札束3つを取り出した。すると陽佳梨は無造作にその札束をパーキンのなかにおさめた。猪瀬が唖然とする中で食事が始まる。陽佳梨はパーキンを脇の椅子においたまま中座した。猪瀬は化粧室に行ったものと思っていたのだが、陽佳梨は札束と共にレストランから立ち去ってしまった。パーキンにはしかけがあった。
 猪瀬はスマ・リサーチにこの事件の調査依頼に訪れる。これがすべての始まりとなる。

 その日の午後、東京都調査業中央支部での緊急会議に須磨は呼び出される。そこでの議題はパーキンに絡んで札束を持ち去られた同類、被害者から調査依頼が他社にもあったことがわかる。いずれも依頼者はパーキンを持参しなかった。なぜか? 被害者たちは万能鑑定士Qにパーキンを鑑定依頼に持ち込んでいたのだという。他社の社長たちは、万能鑑定士Q、即ち凜田莉子は鑑定の看板を隠れ蓑にしているのではないかと疑いをかける。凜田莉子という鑑定家探偵についてスマ・リサーチの対探偵課、つまり紗崎玲奈に調べさせることを協会からの依頼としたいという。商売敵と疑っていても警察とマスコミを味方につけている凜田莉子にだれも関わりたくないのだ。
 須磨は会議で入手した写真を土井と佐伯に渡し、源氏名で濱野陽佳梨と称する女について、テキストマイニングを使った調査を指示する。さらに、桐嶋にはこの女が須磨の過去に関わりがあるかもしれないと伝えさせる。一方、紗崎玲奈には鑑定家凜田莉子と雑誌記者小笠原悠斗の素性を調べあげろと指示した。つまり、玲奈と莉子の関わりの始まりである。

 玲奈は「万能鑑定士Q」の店の近くで莉子が現れるのを見張っていた。店の前に警官が自転車を停めて店の中に入った莉子に呼びかけた。玲奈はあることに気づき、即行動に移る。莉子が危機に陥るのを防ぐ。それがきっかけで、玲奈は莉子と直接話をすることになり、莉子の考えや過去に関わった諸事件での莉子の立場を知る。玲奈と莉子は互いに違う考え方の世界に居ることを感じ始める。莉子が詐欺に遭った人々から鑑定を受けたパーキンはすべて本物だった。偽パーキンと思い込んでいた玲奈は調査に対する考え方の修正を迫られる。
 莉子はこの事件を契機に、玲奈たちの社員寮に一旦匿われ、スマ・リサーチの人々と協調的な行動をとる立場になっていく。

 佐伯のリサーチ結果をもとにして、桐嶋は現地調査を行い重要な事実を掴む。そこに指定暴力団獅靱会と蔦暮亞芽里が浮かび上がる。
 玲奈はある仕掛けをした上で、莉子のマンションの部屋に潜み、再び襲ってくる者を待ち受ける。玲奈は襲って来た男が落としていたメモ用紙に気づいた。そこには「トランプを確認」と記されていた。
 本物のパーキンを使った詐欺事件、凜田莉子の危機、獅靱会、蔦暮亞芽里、トランプを確認というフレーズ。これらの断片が結びつき始める。だがそれは、須磨と桐嶋の過去が明らかになることでもあった。須磨と桐嶋はかつて獅靱会に関わっていたのだ。
 須磨は獅靱会の悪行を暴き出し、この組織を破壊することを己の志としていた。桐嶋はその須磨のスタンスに共鳴していた。その戦いが本格的に始まっていくことになる。
 
 このストーリーの展開でおもしろいところ、読ませどころとなっていくところがいくつも盛り込まれている。列挙してみよう。

1.玲奈が凜田莉子の素性を調べることになり、莉子の危地を救ったことから、玲奈は莉子と小笠原が過去に関わり解決した事件のことを聞く。万能鑑定士Qシリーズを読んでいる人には、各事件の背景を想起することにつながりおもしろいと思う。
 このシリーズを読んでいなければ、事件名称の字面を読む進める箇所になるが。

2.須磨と桐嶋の過去が明らかになることで、対探偵課として行動してきた玲奈と琴葉の心が揺れ動く。玲奈と琴葉が、目の前に次々に起こる事案に対応しながら、己の気持ちとどう折り合いを付けていくか。その経緯が興味深い。

3.対探偵課の玲奈が探偵活動において事案に取り組む姿勢と万能鑑定士莉子が鑑定事案の結果を出すために事件の解決に取り組む姿勢とは、対極にある。それがこのストーリーの展開の中で二人が問題事象に対応するプロセスに現れてくる。
 玲奈は莉子とちもに、本物のパーキンに共通する謎を追跡する。その過程で二人のスタンスの違いが一層明らかになっていく。玲奈は莉子のスタンスから影響を受けるようにもなる。この心理的プロセスが読ませどころでもある。

4.指定暴力団獅靱会がどのような組織づくりをしているか。けっこうリアル感がある。実在する指定暴力団組織の実態からのアナロジーが組み込まれているのだろうか。この点も興味深い。

5.獅靱会会長の孫である蔦暮亞芽里が獅靱会の中でどのような位置づけになっているか。組織内における亞芽里に対応する建て前と本音の両面が描かれて行く。
 さらに、蔦暮亞芽里の実像と虚像が徐々にあきらかになっていく。この点がおもしろい。一方、亞芽里の行動自体が罠だった。それはどんな行動をさすのか。
 それは本書を読む楽しみに・・・・。

6.須磨や玲奈たちが、獅靱会の罠に気づいたときはもう遅く、「万能鑑定士Q」の店から獅靱会に拉致されていた。獅靱会の会長蔦暮洸基は、莉子の万能鑑定能力を裏ビジネスに利用しようと狙いを定めていたのだ。暴力団の中に投げ込まれた莉子はその鑑定能力を見込まれるという特殊な立場なる。莉子を支配下に置くために、獅靱会は莉子の故郷波照間島の水不足対策に目を付け島にくい込み、いわば島の人々を人質同然に掌握していた。
 その中で、莉子はその本領を徐々に発揮し始める。このプロセス自体もおもしろい。
 波照間島の水不足対策に獅靱会が目をつけたことが、水鏡瑞希が上記のとおりこのストーリーに加わってくる契機になる。総合職の官僚である藤川が瑞希に振り回されるところが、いつものとおり滑稽でおもしろい。

7.獅靱会を破壊するという須磨の志、どのように実行されていくか。
 須磨は己の調査により、獅靱会が大掛かりに行う密貿易の現場を押さえ、警察に逮捕させることをめざしていた。獅靱会の徹底的な壊滅をターゲットとしていた。
 捨て身で臨む須磨の行動並びにその初志が貫かれることになるのかどうかが勿論読ませどころである。須磨にとっては己の初志そのものを見直すべき事態に立ち至る。その時須磨の決断は早かった。

8.このストーリーの進展プロセスは小笠原の人生の転機ともなっていく。それは悠斗と莉子の人間関係に影響を及ぼすことになる。というより、二人の関係の本来の有り様に気づくプロセスと言えるかもしれない。『万能鑑定士Q』の完結を兼ねているという点からも、小笠原の立ち位置と行動をお楽しみに。

 玲奈、琴葉、莉子、絢奈、瑞希。それぞれの持ち味と彼女たちそれぞれの能力が特定の場面で遺憾なく発揮されていく。須磨と桐嶋もまた、己の過去を曝した上で本領を発揮していく。佐伯もまた、己の得意なIT分野で本領を発揮し須磨たちをサポートする。
 読者にとっては、様々に楽しめる作品、完結編である。

 ご一読ありがとうございます。

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『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫
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