遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『鮫言』 大沢在昌  集英社

2018-11-11 10:36:07 | レビュー
 本書は著者のエッセイ集である。ここには、1993~1995年に著者が『週刊プレイボーイ』に100回にわたって連載したエッセイと他の媒体にために著者が書いたエッセイを併せてまとめたものである。『陽のあたるオヤジ』というテーマでの連載である。最初の70回分をまとめたエッセイ集が、『陽のあたるオヤジ』というタイトルで一度書籍化されてたようだ。私は知らなかった。
 今回は連載した原稿に加筆修正し、掲載順を変更し再構成されているという。そのため、本書での『陽のあたるオヤジ』についての掲載は、「はじめに」から始まって、個別エッセイのタイトルだけで、初出の時期記載はない。ボリュームで言えば、実質最初の298ページ分が『陽のあたるオヤジ』という連載のエッセイであり、テーマとしては一貫している。残りの実質75ページが1994~2015年にかけて諸媒体に載った個別エッセイの集積である。こちらは、初出の年月日、掲載紙誌名が各エッセイの末尾に記載されている。

 『陽のあたるオヤジ』は、『週刊プレイボーイ』への連載ということによるのだろうが、エッセイのスタイルはかなりくだけた、いわば普段着の感じで書き綴られていく。ごく気楽に読めるというタッチである。一方、後半の諸紙誌向けのエッセイはいわばビジネススーツを着て書かれたという感触である。書き方のスタイルがオーソドックスになっている。標準的な書き方のスタイルになっている。私には普段のなじみとしては読みやすい。 著者がエッセイを書くにあたり、そのスタイルをかき分けているところが読後印象としておもしろかった。

 「はじめに」というエッセイに、次のくだりがある。
 すると、オヤジは、「好きなんだね、その若い人が、その人の話をしているときの君の目は輝いている」と、いった。(p11)
 著者はこのセリフが「オヤジならではの、必殺テクニック」だという。21歳のときにこのセリフをオヤジが言うのを彼女の傍で聞き、30になってから、そう気づいたと記す。そして、「素直に喜んだ私が、女の目にはガキと映り、キザなセリフをほざいて微笑んだオヤジは、女には頼りがいのある大人と映ったわけだ」(p11)と結論でけている。そして、「陽のあたるオヤジ」はそういう存在なのだと著者は位置づけている。このエッセイの冒頭の一行を読むと、著者が40を迎える直前の2年間くらいに、書き綴ったエッセイの収録ということになる。自分自身の昔話ばかりでなく、今の話も、未来の話もする、なんでもありで書くと最初に宣言しているところがおもしろい。内容はその通りになっている。中学から高校時代の読書遍歴と小説書きになる目標を抱いた話、東京の大学に入り六本木を中心に遊び呆けた時代の話、著者がつきあった女の話、小説家になった経緯の話、作家仲間の話、魚釣り話、小説家の賞に関わる話と選考委員の立場での話など、多岐にわたっていておもしろい。学生時代以降、三十代までの著者の姿が伺えて興味深い読み物になっている。大学を中退する羽目になるほど、凡人からみれば規格はずれの学生生活だったようである。その様子が垣間見える。しかし、その中で小説家になるという確固たる意志は崩さず書き続けたというのは、やはり・・・・と感じる。小説家になろうとする人が賞を受賞したらどうなるか、その体験談を交えた見聞話や小説家に関係する裏話も出てきておもしろい。
 「人間・大沢在昌」というエッセイで、「『陽のあたるオヤジ』で私は、等身大の大沢在昌を書いた。・・・・『陽のあたるオヤジ』がおもしろくないのであれば、それは大沢在昌がおもしろくないのだ」と断言している。つまり、作家大沢在昌の素顔に触れたい人にとり、この普段着で書かれた感じの『陽のあたるオヤジ』は必読書と言えよう。楽しみながら、大沢在昌に肉迫する材料になる。
 
 後半の「1994年~2015年」は、ビジネススーツの感じのスタイルと書いた。書き方がいわゆる標準的で真面目な書きっぷりになっていることからの印象であり。一般読者受けのする文章だからである。また、エッセイの内容として取り上げられているテーマがそいうスタイルを要求しているからでもあろう。最初の5本の見出しを列挙してみる。「推理小説家の仕事」、「第一回小説推理新人賞」、「ふたつの問い」(⇒新人賞受賞時の裏話)、「永久初版作家」、「『氷の森』17年後のあとがき-六本木と出会って」と具合である。読みやすく、かつ、小説家という職業の内情が垣間見えて興味深い。真面目な感じの語り口調になって当然というところ。
 著者の代表作の一つは受賞作となった『新宿鮫』(1991)であり、それはシリーズ化をもたらした。さらに後作の2作品が大賞受賞作になっている。著者作品との出会いは遅まきながら2009年に『新宿鮫』を初めて読んだことによる。それ故、バリバリの売れっ子作家の一人のイメージしか持ち合わせていなかった。このエッセイ集を読み、知らなかった著者像の側面を知り、興味深い。次のことが、後半のエッセイに記されている。
*15歳のときに「ハードボイルド作家」になる、と決めたという。 p318
*「永久初版作家」 そんなあだ名が著者についたと記す。 p324
*「売れない作家の集まり」と言われた仲間が話題作を次々と出す中で、おいてけぼりにされるような焦りを感じたという。著者ですらそんな時期を経験しているのだ。p324
*デビュー以来28冊目の本で、やっていく自信を失いかけ、29冊目が著者の人生を一変させたという。それが『新宿鮫』だとか。そして、このシリーズ化は当初の予定にはなかったという。 p326,328
*デビュー以来11年間、泣かず飛ばずという状況だったという。  p336
*著者にとり、柴田錬三郎が遠くて近い作家だという。眠狂四郎はまぎれもなくハードボイルドだと記す。『眠狂四郎無頼控』が著者16歳のときの青春文学だったという。 p331-337
他にもいろいろエッセイの中に記されている。

 最後に、エッセイに記された著者の考え方の一端をご紹介しておこう。
*「書くという行為は、いつも自分の中をのぞきこむことと同じだ、やれやれ。」p159
*「何かやりたいのなら、すぐ始めるべきだ。経験の蓄積は、同時進行であっても十分可能なのである。・・・・あせることはない。だが計画倒れになるくらいなら、傷だらけでもいいからスタートを今すぐ切るべきだと思うのだ。」 p173
*「人生は『いつも目一杯』であった方がおもしろいのだ」 p304
*「リアルとリアリティもちがう。フィクションにリアルを求めるなら、ノンフィクションの方がはるかにおもしろい。フィクションに求められるのは、あくまで「らしさ」だと、私は考えている。」 p326

 大沢在昌の作品群を楽しむためのバックグラウンドになる本といえる。

 ご一読ありがとうございます。

徒然にこの作家の作品を読み継いできました。ここで印象記を書き始めた以降の作品は次の通りです。こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『爆身』   徳間書店
『極悪専用』  徳間書店
『夜明けまで眠らない』  双葉社
『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』  毎日新聞社
『獣眼』  徳間書店
『雨の狩人』  幻冬舎


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