眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

忘却勇者

2020-09-27 23:47:00 | 忘れものがかり
「行ってくるよ」
 やり遂げるまで帰らない。弱くても崇高な目的を持っていた。
 駆け出しの頃がよかった。


 レベルアップするにつれて忘れてしまう。
 朝焼けの色。好きだった食べ物。人の名前。



 一番の敵は孤独のはずだったが、愉快な仲間たちに恵まれた。


 魔王は悪の限りを尽くしていたが、各地に多様な遊戯施設を張り巡らせて、娯楽性の高い世界を築くことによって己の悪事をぼかすことに長けていた。それはどんな強い魔物よりも、勇者の冒険を足止めするのに役立った。「もう少しゆっくりしよう」もう少し、あと少し。楽しければそれでいい。安定的な楽しさを手放してまで先を急ぐほどの理由があるだろうか。勇者は日々に広がる楽しさに浮かれ、旅立ちの朝にあった第一声を忘れてしまった。ぼかしの魔王恐るべし。



「どうだ。強くなったか?」
 電話の向こうに父の声。
 なってないとは答えられない。
「うん、まあ」


 こん棒は遙か過去、ついに伝説の剣を手に入れる。
 しかしその矛先にある目標を勇者は既に見失っていた。


 旅立った勇者。成長を続ける勇者。
 それなりの満足の中で戻れない勇者。
 勇者の中に埋もれる勇者。


「誰かみつけて」


 次の例文の中から本文を見つけよ


「迷子にならないことは難しい」



 僕は勇者
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ナノ・スペース(猫の飛び入り)

2020-09-27 17:34:00 | ナノノベル
 夕暮れの観戦記者のあとについて猫は対局室に紛れ込んだ。極限の集中が高まる室内では野生の息吹が見過ごされることがある。人間の日常にあって見落とされがちなスペースの中に優れた心地を見出すこと。それが猫に託された新感覚なのだろう。
 堂々と配置された本榧の将棋盤に隣接された小さな塔に猫は狙いを定めた。ちょうど人間の指が動いて金銀をそっと寄せた後だった。

「ここ空いてますね」
「そこはちょっと……」
 金駒が連結して渋い顔をした。
「空いてまーす!」
 決め打ちするように猫は駒台に飛び込んだ。
 深く狭い空間を占めることこそが猫の本文だった。
 その時、棋士の指に乗って大駒がやってきた。

(飛車だ!)

 猫はその大きさに恐れをなして跳ね出した。
 乗り移ったのは、王座の肩の上だった。
 棋士は気づかない。
 何事もなかったように盤上に没頭している。
 猫は縦のリズムに乗りながら敵陣深くに睨みを利かした。

(寄せあり!)

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大河ドロップ

2020-09-27 10:13:00 | ナノノベル
 自然はどこまでも美しい。
 人の手が加わってなおも美しくなるようであり、飽きることはない。ずっと見ていられるということは、そこに幸福が備わっているということだ。ならば、それ以上に求めるものは何もない。主体的に何かを生み出すこともなく、偉大な人たちの作ったもう一つの現実の中に自分の魂を投じてしまえばいい。その時、私は私でなくてもいい。(そもそも私などちっぽけな存在にすぎないのだった)物語の中に凝縮された現実は、私の人生の何倍も重く感じられる。どれほど残酷な瞬間が訪れたとしても、私自身はかすり傷さえ負うこともない。ただ美しいところだけをみて酔えばいい。それはなんて素晴らしいことだ!(私は物語の力によってのみ生かされていたようだ)

 とは言えもう100年。
 きりがないね!
 混乱に歯止めがかからず、みんなすっかり取り乱している。家系図はぐちゃぐちゃになり、裏切りが裏切りを呼び、もう誰を信じていいのかわからない。主人公は目的意識をとっくに忘れ毎日のように酒にばかり浸っている。100年すぎてまとまる気配はどこにもない。(河はどこまでも広がり続ける)まるでそう言っているようだ。
 もう、きりがないね!

「自分を生きたい」
 私は突然、自我に目覚めた。
 自分のペースで我が道をいきはじめると不思議なほど戻りたくなくなっていた。(あの大河はいったい何だったのだろう)
 人生2000年時代。 
 ここはまだ序の口にすぎない。
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