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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

反省将棋

2020-09-24 23:54:00 | 将棋の時間
 力を溜めるのがいい攻撃だと聞いた。確かにそうかもしれないと思わせる名人の駒さばき。溜め込んだ力が終盤一気に爆発して華麗な寄せが決まるのを見届けた。
 私も真似してやってみる。仕掛けたいところをがまんして、チャンスと思われるところをあえて見送って。十分に力を溜めながら将来の寄せを夢見た。ところが、爆発の機会は訪れることがなく、攻め駒は単に大渋滞を引き起こしたまま最後まで動かなかった。寄せられたのは私の方だった。
 その時、私は昔読んだ何かの民話の一場面を思い浮かべた。上辺だけなぞってみても人生は上手くいかない。形や心を近づけても、勝つところまでは真似ができないのだ。肝心の読みの部分が明らかに欠落していた。
 読むことほど気力と体力のいる作業はない。それによって結果が約束されているわけでもない。感覚が鈍ければ無駄に読みを広げなければならない。人の心も、時代も、読み違えてばかりいるのだ。
 そうして私は今日も反省記を書くことになった。

不死の時間

2020-09-24 22:34:00 | ナノノベル
 テーマ曲のように繰り返される一日がある。再び戻ることのない一日。けれども、いつまでも風化することがない。昨日の出来事のようにいつまでも何度でも脳内で再現することができる。時間は確かに失われたが、あの日に限っては色濃く定着してしまった。永遠に顔を合わせることはなくなったのに、僕の脳内であなたは不思議なほどに生き続けている。かなしい一日だった。けれども、再現される風景の中であなたは笑顔さえのぞかせる。一日と呼んでいる記憶は本当はほんの一瞬なのかもしれない。それは終わりのない時間だ。定着し、たゆたいながら広がっていくことができる。取り戻せないかわりにその一日はしつこいほどの生命力を持った。一生の時間にも勝る重みと輝きを持って、これからも僕の中で幾度となく繰り返されることだろう。今日が今日として軽々しく過ぎ去ろうとも。

 猫とすれ違う。
 その時、僕は永遠を感じてしまった。
 
 猫をかおう。

「絶対猫と束の間猫とどっちにします?」
 さあ、どっち。
 弱気が勝り絶対猫の方を選んでしまう。
「今だけ100円になります」
 これは絶対猫じゃない!
 と思いながら家につれて帰った。

 毎日頭を撫でながらコインを入れた。
 今日は10円だ。

「少し重たくなったね」


できるかな(作業員の逆襲)

2020-09-24 04:47:00 | 短い話、短い歌
「これだけやって5円か」
 私たちの仕事は下請けだ。
 製品に欠かせないかけらの何かを作っている。
 それは何か? それを知る者はいなかった。
 発注に従って寸分の狂いもなくそれを作る。
(世界の大事な何かしらを作っている)
 私たちの手に自負はあった。
 私たちはいつも未来を作っているのだ。
「夢がある仕事ですね」
 響きのいい言葉。だけど、その目はどうも疑わしい。

「今を作ってみないか?」
 工場長は唐突に切り出した。
(一つの世界を作ってみよう)
 それは薄々皆が秘めていた想いだったが。
「そんなことはやったことがない!」
 心からの反対ではない。恐れからくる疑問だ。
「私たちにできるのでしょうか」
(神さまみたいに大きな仕事)

「できるに決まってんだろ!」
 工場長の言葉には寸分の疑いもなかった。
(自分たちの手をよく見ろよ)
 皆が我に返ったように自分たちの手を見た。
 これまでの作業はすべてここにくるためにあったのかもしれない。
「そうか……」
 あらゆる部品を作り、あらゆる部分を生み出す間に、それぞれの手の中に途方もない技術が培われていた。
「できないはずがない」
 確信の笑顔が工場の中に広がっていく。
(私たちの今がはじまる)

「我々は誰よりも先を行ってるんだから」


かみさまのかけらをつくる未来より
今に目覚めた下請工場

(折句「鏡石」短歌)