遠野郷も黄金色に染まり、稲刈りも急ピッチという感じ、我家は田んぼを知人にお貸ししているので、今は稲作農家ではなくなってしまいました。
10月4日は、急に飲会のお誘い、近所のお宅にてカラオケ大会、テレビショッピングやらで話題のマイクにカラオケが内蔵されているタイプ、自宅のテレビにつなげばOKという優れもの、時代もますます進化といった具合ですね。
さて、はじめのうちは、恥ずかしさもあってなかなかマイクに手がいかない、しかし酔いも回ってきますと、各自の18番も登場、気持ちよく歌っても70点台、そう点数がでるタイプ、しかし、内心はもう少し点数はでるはずの思いがあるのか、持ち歌すべてを出し切るほど盛り上がりよう・・・私も含み全員か?
そんな中、なな・・・ななんと私は二曲つづけて96点をマーク・・これには拍手喝采と混じって、なんでそれほど上手いわけでもないのに高得点なのか・・と疑問の顔・顔・顔・・私にもよくはわかりません・・私は音痴ではないっ、これだけは言っておきます。
宴もたけなわの頃、同集落の方の訃報が飛び込んでくる、同じ班のお宅でもあり、このまま宴会をつづけるわけにはいかない、早速解散となり顔出しに順次皆さんと出かける。
翌日は勤務で、我家の女性たちがお手伝いに行く、翌日は非番、すぐに帰宅すると礼服に着替えて、出棺、火葬、さらに夕方からは念仏。
そしてその翌日、葬儀である・・・同じ班といっても僅か6戸しかない、山稼ぎといって昔でいう墓穴堀りであるが、昔から伝えられる慣わしに習って事を進めるわけです、亡くなられた方は、この山稼ぎでの師匠的な方でなかなか博学でもあって、うまく班内では伝えられておりましたので、なんとかなりました。
既にここ2年で班内では3名の方が亡くなられ、私も山稼ぎの奥義までには至りませんが、経験がものを言う・・そんなことでもありなんとか見よう見まねながらやれるところまでは来たと思っております。それにしても班を構成する家の数が少なく、たいへんでもあります。
冠婚葬祭に関する地域に伝えられるもの、今現在にふさわしいとは思えないこともありますが、それでもこういった風習とか、儀式も伝え守らなければならないものかもしれません。
男達もたいへんですが、下まわりと称する女性達の仕事もさらにたいへんでもあるようです。
10月4日は、急に飲会のお誘い、近所のお宅にてカラオケ大会、テレビショッピングやらで話題のマイクにカラオケが内蔵されているタイプ、自宅のテレビにつなげばOKという優れもの、時代もますます進化といった具合ですね。
さて、はじめのうちは、恥ずかしさもあってなかなかマイクに手がいかない、しかし酔いも回ってきますと、各自の18番も登場、気持ちよく歌っても70点台、そう点数がでるタイプ、しかし、内心はもう少し点数はでるはずの思いがあるのか、持ち歌すべてを出し切るほど盛り上がりよう・・・私も含み全員か?
そんな中、なな・・・ななんと私は二曲つづけて96点をマーク・・これには拍手喝采と混じって、なんでそれほど上手いわけでもないのに高得点なのか・・と疑問の顔・顔・顔・・私にもよくはわかりません・・私は音痴ではないっ、これだけは言っておきます。
宴もたけなわの頃、同集落の方の訃報が飛び込んでくる、同じ班のお宅でもあり、このまま宴会をつづけるわけにはいかない、早速解散となり顔出しに順次皆さんと出かける。
翌日は勤務で、我家の女性たちがお手伝いに行く、翌日は非番、すぐに帰宅すると礼服に着替えて、出棺、火葬、さらに夕方からは念仏。
そしてその翌日、葬儀である・・・同じ班といっても僅か6戸しかない、山稼ぎといって昔でいう墓穴堀りであるが、昔から伝えられる慣わしに習って事を進めるわけです、亡くなられた方は、この山稼ぎでの師匠的な方でなかなか博学でもあって、うまく班内では伝えられておりましたので、なんとかなりました。
既にここ2年で班内では3名の方が亡くなられ、私も山稼ぎの奥義までには至りませんが、経験がものを言う・・そんなことでもありなんとか見よう見まねながらやれるところまでは来たと思っております。それにしても班を構成する家の数が少なく、たいへんでもあります。
冠婚葬祭に関する地域に伝えられるもの、今現在にふさわしいとは思えないこともありますが、それでもこういった風習とか、儀式も伝え守らなければならないものかもしれません。
男達もたいへんですが、下まわりと称する女性達の仕事もさらにたいへんでもあるようです。
祝い事と違うのは「家」としての血のつながりを
再確認と言うか認識せざるを得ない状況になる事だ。
先祖のつながりに席順が決められ、土地ならではの風習が伝授される。
面倒な事を簡略化してしまう昨今では有りますが
どうぞ、地域の知恵袋として頑張ってください。
私は親父の死にて家業を完全に継いだわけですが、いい年して何も分かりませんでした。なんとか地域という先生にて形だけは取繕いでいる・・そんな状態です。
地域の知恵袋、まだまだですし、未だにそれほど地域にはアテにされてません。
しかし、ここ数年で葬祭場が幾つか建ったお陰で、お葬式もかなり変わって参りました。
「やり方を知らない」「面倒だ」「業者に任せると楽」ってな事で、十分な広さの家でも葬祭場で葬儀を執り行うことも多々あるようです。
それでも、やはりとっしょりは頼りになりますよ!
カラオケかァ・・・
私はマジで音痴です。歌える人は凄いと思います。
こちらでは人間関係も希薄で、冠婚葬祭も事務的になりがちです。
20年ほど前のクリスマス、仙台の祖母の葬儀の時には“東京の人たちが雪を持ってきた”と冗談で言われた小雪が降り始め、菩提寺までの道を葬列をくんで歩いていったのが忘れられません。
親族の女性は白い布を頭にかぶるのがしきたりでした。
それから何年かして祖父が亡くなったときには、もうそれはしなくなっていました。
お式を執り行うための諸々の準備に立ち動く男衆、白い割ぽう着に三角巾を被り、台所や納屋などに沢山の火を焚き大人数の食事の用意・弔問客のお世話にと休む間もない女衆…、その地域のチームワークの素晴らしさに感動したものです。
しかし、徐々にではありますがそれらも簡素になりつつあるのでしょうか。
ずっと残っていて欲しい文化です。
祖父の葬儀のとき、集落の方々が順にとなえてくれたんです。最後「おんな念仏」といって、それまでまかないしていてくれた女性達がとなえてくれました。
「はすの花がひらいた」と簡単なわかりやすい詞で、みんんで唱和する様子に「祖父もいっしょにやってきたんだ」と思うと涙が出ました。
冠婚葬祭の葬祭に関するコメントありがとうございます。
昨今は、葬儀等は自宅ではなくお寺さんを含む別会場にて営まれる傾向でもありますし、葬儀屋さんにお任せは当たり前になっております。
がしかし、それでも一般的にいわれる通夜みたいなものは、自宅中心でもあり、それにかかる賄いを含めてなんら昔とはそれほど違いはごさいません。また念仏といって数珠を回す慣わしも未だに健在でもあります。
それと羚英さんが仰せの白い布、こちらは健在でもあります。
佐藤さんがご紹介の女念仏、私の記憶の中には残されておりませんが、古老等に聞けばあったかもしれませんので何かの機会に聞いてみたいと思います。
いずれ廃れつつあることもありますが、それでもここ数十年はなんとか伝承されていくのでは・・そんな思いでもありますし、私もこれらをよく学び、一段階若い世代に伝えたいとも思います。
私も嫁いで来るまでは葬儀の経験が無く(幸せなことなのですが・・・)、結婚して直ぐ親族に不幸がありなにもわからずにおたおたしたことがあります。
いつも仏事は場数だと思っています。長姉の側で挨拶の仕方から袱紗の扱い方まで見よう見まねで… 今では人に教えられるくらい回数をこなしています(苦笑)
仰せのとおり場数でもありますが、身近で多くの方々が逝ってしまう、これもまたなんともいいようがないことで、あまり数が多くても困りものでもありますよね。
夏にPCをリカバリーしてしまい久子さまのブログも消えたままでした。できましたら次回書き込みされる際、URLの欄にお知らせください。