伊藤ファミリーBLOG

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【COGHCC聖書通読】 2019/02/08

2019-02-08 07:45:08 | 一日一章・聖書通読日記
コリント人への第一の手紙 2:1-5

兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたの所に行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。 なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。 わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった。 そして、わたしの言葉もわたしの宣教も、巧みな知恵の言葉によらないで、霊と力との証明によったのである。 それは、あなたがたの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためであった。

コリントに赴く前、ギリシャ哲学の中心地アテネで神の言を宣べ伝えていたパウロは、人の知恵の言葉を駆使して何とか説得を試みましたが、福音の核心であるイエスの復活について語り始めると人々はパウロをあざ笑い、それ以上話を聞かなくなってしまいました。このような失敗の経験から、パウロは今後、人の知恵や哲学の言葉によって語ることは決してするまいと決意したものと思われます。哲学は、人の知識欲を満足させるためのものに過ぎず、永遠のいのちを得るためには何の役にも立ちません。むしろ人の知恵では愚かに見えるキリストの十字架にこそ、永遠のいのちの奥義が隠されているのです。なぜならキリストの死と復活こそが罪に死に永遠のいのちに生きる神の力、究極の真理だからです。

https://www.bible.com/bible/81/1co.2.1-5.ja1955

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コリント人への第一の手紙 2:6-9

しかしわたしたちは、円熟している者の間では、知恵を語る。この知恵は、この世の者の知恵ではなく、この世の滅び行く支配者たちの知恵でもない。 むしろ、わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。 しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。

馬耳東風という四字熟語がありますが、聞く耳を持たぬ者、真理を悟る心のない者に、どれほどありがたい知恵の言葉を語っても無駄であるという譬です。神の国の福音も、真理を求める者以外には全く無意味な言葉、退屈しのぎ程度にしかなりません。イエスもまた「聞く耳のある者は聞くがよい」と語られました。神の国の奥義は、聞く耳を持つ者、真理を悟る神の知恵を持つ者、人の知恵では到底信じ難い福音の言葉を受け入れる柔軟な心を持つ者に開かれています。

https://www.bible.com/bible/81/1co.2.6-9.ja1955

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コリント人への第一の手紙 2:10-13

そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわめるのだからである。 いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外には、知るものはない。 ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためである。 この賜物について語るにも、わたしたちは人間の知恵が教える言葉を用いないで、御霊の教える言葉を用い、霊によって霊のことを解釈するのである。

この世の人々は、自分の頭ですべてを理解しなければ信じられないと言います。しかし神の国の奥義は、人の知恵で理解できるようなちっぽけなものではありません。人知を越えた神の存在を認めることなしに、神の国の奥義は到底受け入れることなどできません。目には見えない神の存在をまず認め、信じた者に注がれる御霊の知恵によってはじめて、神の国の奥義が解き明かされるのです。

https://www.bible.com/bible/81/1co.2.10-13.ja1955

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コリント人への第一の手紙 2:14-16

生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない。 しかし、霊の人は、すべてのものを判断するが、自分自身はだれからも判断されることはない。 「だれが主の思いを知って、彼を教えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。

まるで異なる法律の国で、自分の国にはこんな法律があるからとどれほど主張しても全く通用しないように、生まれながらの人は罪の中にいるため、罪なき神の国の論理は通用しません。人に神の国の論理を適用するには、神の法律すなわち聖なる神の御霊をまず受け入れることが最初です。私たちの思考回路、人生を導く根本原理が、生まれながらの人間の持つ罪ではなく、神を信じ受け入れた者だけに注がれるきよい御霊の賜物に入れ替わってはじめて、神の国の真理に則って生きることができるようになります。

https://www.bible.com/bible/81/1co.2.14-16.ja1955
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【今日の聖句】 2019/02/08

2019-02-08 06:35:02 | 今日の聖句
ヘブライ人への手紙 4:12 新共同訳

というのは、神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。

聖書を読んでいると、今の自分をびったりと言い当てているように感じることが多々ありますが、それがまさに神の言葉が今も生きて働かれる証拠です。聖書の御言葉が心に鋭く突き刺さり、私たちの問題点を指摘して悔い改めに導くとき、神の偉大なる救いの御業がこの身に到来したことを覚えて感謝いたします。

https://www.bible.com/bible/1819/heb.4.12.新共同訳
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