ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2012.5.15 先週の通院日に読んだ4冊

2012-05-15 20:30:08 | 読書
 先週は4冊読んだ。
 1冊目は本岡類さんの「大往生したいなら 老人ホーム選びは他人にまかせるな!」(光文社新書)
 義母のこともあって思わず手に取った。帯には「体験しなけりゃわからない!『自分で見抜く』ポイント満載◆見学会のちらし寿司にだまされるな ◆デキる老人は“長期泊まって”選ぶ ◆「特養入所は平等」なんて大ウソ…etc.」とあるが、なるほど、と膝を打つことが沢山あった。
 著者は本業が小説家だが、実母が脳梗塞で倒れたことをきっかけに介護の世界に足を踏み入れ、ヘルパー2級の資格を取り、非常勤の介護職員として働き、施設介護のノンフィクション書まで書いた変わり種。そう、誰だって、そうそう早手回しには準備しておけないし、親の介護等が現実味を帯びてきて初めて具体的に動き始めるのだろう。キレイゴトをいっさい抜きにして、知っていて損はないことばかり。そして、知っているかどうかで対応にかなりの差が出そうだ。
 読み終わって面白かったので、夫に「どう?」と差し出したら、「そんなの読まなくたって知っている。」と来た。「あら、そうですか。」という感じだ。まあ、義母のことがあるから、そんなこと言われたくない、という気持ちがそう言わせたのかもしれないけれど。読まずして知っていたら何も苦労しないのになあ、と思う。

 2冊目は「いまを生きるための教室 死を想え」(角川文庫)
 帯には「なぜ生きる?なぜ学ぶ?1週間であなたが変わる、人生の教科書 シリーズ35万部の隠れたベストセラー!!」とあった。まえがきによると、本書の単行本版は約10年前に刊行されたという。東日本大震災後、改めて世に問い、読まれるべき内容ではないかと、文庫化を企画したそうだ。各作品の持つ現在性に驚いたとあるが、確かに今読んでも全く古さを感じさせない内容だった。
 国語・外国語、美術、数学、音楽、理科、社会、道徳の7科目をそれぞれ作家・島田雅彦さん、芸術学者・布施英利さん、数学者・野崎昭弘さん、音楽評論家・宇野功芳さん、解剖学者・養老孟司さん、女優・宮城まり子さん、文筆家・池田晶子さんという錚々たるメンバーが語っている。現実を呑みこまず、自分の足がどこに立っているかを問い続けた各界の第一人者が、なぜ、人は生きるのか?なぜ、人は死ぬのか?なぜ、人は学ぶのか?そもそも、世界が、社会が、“私”が今ここにいる意味はあるのか?という問いに真正面から答えたものという触れ込み。1日1教科、1週間であなただけの答えがきっと見つかるとされる、教科書シリーズ第1弾だ。
 7人の著者の中で島田さん、布施さんと並んで最も若い池田晶子さんが、道徳で「生死」について真っ向から語っているが、既に鬼籍に入られているという事実が何ともやるせない。
 来月発行される第二巻の課題は「美への渇き」だという。楽しみである。

 3冊目は田中慎弥さんの「図書準備室」(新潮文庫)。
 芥川賞受賞に対する反応で一躍有名になった氏のデビュー作と第二作を収録したもの。
 表題作は、この題名で何故この内容・・・という跳躍度。それにしても、これだけの淀みない洪水のような語り(というかつまりは「なぜ私は働かず、母の金で酒を飲んでいるのか」という言い訳?)が出来る、というのは圧巻だ。が、リンチの描写には目をそむけたくなった。
 そしてデビュー作の「冷たい水の羊」。こちらも凄惨ないじめの話。主人公の少年が“自分がいじめを受けていると認識していなければいじめは成立しない”という独自の論理を持っているから、いじめの中に居続けて、「もっとやれ」という台詞を発することになるのだろうけれど、こちらも何度も気分が悪くなった。
 いずれにせよ、私としてはちょっと後味が悪い作品で、苦手か。
 解説で中村文則さんが、著者の中には魅力的なマグマのようなものがあると思う、と書いておられるが、なるほどそうなのだろう。これからも、この作家はこのマグマ(エネルギー)を抱えて書き続けて行くのだろう、とは思う。やはり、これほどのマグマを抱えていないと、モノを書き続けることは難しいのかもしれない。

 4冊目は中村弦さんの「ロスト・トレイン」(新潮文庫)。
 読売新聞で「あれこれ不思議な物語」という書評を書いた小泉今日子さんに同感。
 帯には「あの幻の列車で旅立ったのは、なぜ。失踪した老人の行方を追う若者たちが、廃線跡の謎に迫るミステリアスな青春小説」とある。最初はごく静かにゆっくりとスタートし、どんどん加速度的に引き込まれて、頁を繰る手がもどかしくなったほど。
 鉄ママとしては、全く鉄道に興味のない人に比べて、少しとっつきが良かったか。ちょうど<富士・はやぶさ>のラストランに夫と息子が乗りに行ったということもあり(実際、テレビの中継に息子が写っていた!)、思い出すことも多かった。「面白いから読めば?」と息子には言ったのだが・・・。
 書中の台詞「中学生や高校生ぐらいの歳に経験したことが人間の一生を左右するんじゃないかってことは、なんとなく想像できます。十代の心が柔らかいうちに一度かかえてしまった気持ちは一そのときは自分でその気持ちに感づかなくてもー深いところまで潜って、のちのちまでしつこく残り続ける。そして、年を取って雑念が消えて表面が透き通ってくると、心の奥底によこたわったものが逆にはっきりと見えてくる。」―本当にそうだ、と思う。

 今日、息子は開校記念日でお休み。私は年間予定表で知っていたのだが、わざわざ言っていなかった。そういうことに全く無頓着な彼は、昨日朝のホームルームで担任から話があるまで全く知らなかったようだ(それがなかったら、今朝は普通に登校したのではないか、と思っている。)。友人たちに聞いて回ったところ、殆ど皆が知っていた、と目をパチクリしていた。自分でスケジュール管理をしていれば当然に分かっている筈なのに、何ともトホホ・・である。降って湧いた休みに昨夜はやけにテンションが高かったが、さすがに友達と遊ぶ約束はしてこなかった。というのも、来週の火曜日から金曜日までは中間試験。
 大丈夫なのかどうか、今日も朝寝坊。試験が終われば再来週には修学旅行が控えている。「修学旅行に行く、ということはそろそろ受験生に移行するということなのよね。」と言ってはみたが、そんな心づもりはサラサラなさそうで、心は中間試験を飛び越えてすっかり旅行モードの極楽とんぼである。

 今日もはっきりしない曇天から予報通り雨になった。こういうお天気だとどうしても胸の鈍痛が鬱陶しくなる。明日からは気温が上がるようだ。週末がお天気になりますように。

コメント
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