
社 号:日枝神社(ひえじんじゃ)
祭 神:大山咋命・大己貴命・小彦名命・大日霊尊・大御食都命・大屋昆古命
創 建:貞観年代860年、日吉山王権現社として創立
◎寛永年中(1243)北条時頼社殿を再営
◎永暦元年(1260)後白河法皇が京都に新後白河法皇を祀ったのに伴い、河越氏が河越領を後白河法皇に
寄進、以後新日吉山王権現と称する
◎明治元年(1868)の神仏分離令によって日枝神社と改称
指 定:川越市指定史跡(上戸日枝神社境内 平成13年(2001)5月9日指定)他
所在地:埼玉県川越市上戸1316-1
河越経重が新日吉山王権現に納めた応元年(1260)の銅鐘は「武蔵河肥庄 新日吉山王宮 大檀那平朝臣経重」
と銘があるもので、現在、川越市末広町2丁目の養寿院にあるようです(非公開)
この地を治めていた桓武平氏秩父氏嫡流の豪族河越氏が奉じた上戸の日枝神社を参拝してきました。正式な社号
は「日枝神社」ですが、他所の日枝神社との混同を避けるため地名の上戸を冠しています。

幟立ての(社殿に向かって・以下同じ)左側に建立されている「日枝神社(新日吉山王宮)の由来」碑
この碑文の中に、東京・赤坂にある日枝神社は、上戸の新日吉山王の分霊社を江戸館に祀ったのが始まりといっ
たことが記されています。
当の赤坂の日枝神社では、文明10年(1478)太田道灌公が江戸の地を相して築城するにあたり、鎮護の神として
川越山王社(仙波日枝神社)を勧請したとし、仙波日枝神社でも赤坂の日枝神社の本社としています。
正直、どちらが正しいのかは分りません。あるいは両者とも正しいのかもしれません。

幟立ての右側に建立されている「祀念碑」

鳥居 明神鳥居でしょうか

社額の文字は「日枝神社」

参道両脇には朱色の誰哉行灯(たそやあんどん)が並んでいます

境内社:参道の左右に向かい合って祀られている 戸衛神社

手水舎

社殿のそばまで来ました

境内社:参道の左右に向き合って祀られている 神明社(左側) 八坂神社(右側)

社務所

社殿と境内社

拝殿

扁額「日枝神社」

「懸仏」説明板

川越市文化財指定記念碑

社殿の右側隅に祀られている 浅間大神

境内社:社殿の右側に祀られている 疱瘡神社・八幡神社・八坂神社

拝殿・本殿を横から
覆屋の隙間から本殿を伺ってみました 本殿の両脇に神使「猿」の像が置かれていますが写真は撮れませんでした

境内社:社殿の左側に祀られている 大地主神社・御嶽神社・白山神社

社殿の左側隅に祀られている 愛宕神社

境内には遊具が設置されており憩いの場所(公園)にもなっています
参詣日:平成31年(2019)4月15日(月)