四季・めぐりめぐりて

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宮塚古墳(埼玉県熊谷市)

2019年05月28日 | 古墳
■ 国指定史跡 宮塚古墳



名 称:宮塚古墳(みやづかこふん)
別 名:山王塚、お供え塚
墳 形:上円下方墳
築 造:古墳時代終末期・7世紀末
指 定:国指定史跡(名称:宮塚古墳 昭和31年(1956)5月15日指定)
所在地:埼玉県熊谷市広瀬字山王608 (旧熊谷市)

宮塚古墳は、熊谷市広瀬地内の荒川左岸の自然堤防上に立地する広瀬古墳群中にある上円下方墳で、国史跡に
指定されています。
上円下方墳とは、方形の段の上に饅頭のような円形の土盛りがのる特異な形で、全国でも数例を数えるのみで、
埼玉県内において、現在判明している範囲では、県内では川越市の山王塚古墳と個々の2基しかありません。

規模については現地の説明板に詳しく記されていますのでここでは省きます。

 


宮塚古墳通りの熊谷さくら運動公園の土手際に設置されている「国指定史跡 宮塚古墳(広瀬古墳群)」説明板
説明板にある位置図に従って古墳群に向かいます




「宮塚古墳往復 0.4㎞」とある道標




広瀬4号墳前を通って宮塚古墳に
実は、最初に目にした広瀬4号墳(日吉山王宮)を宮塚古墳と思い込んでしまい、あちらからこちらからと何十
枚もの写真を撮った後に、違うと判明したといういつものお粗末ぶり。




遠くから見ると、草や木の葉が繁茂していて、墳の下方部の段差が分りませんが、こうして近づいてみますと、
地表より盛り上がっているのが分ります。




「国指定史跡 宮塚古墳」標柱




「国指定史跡 宮塚古墳」説明板




方形の段の部分は平です 右側が円形部の土盛りですが樹木が繁茂していて境がよくわかりません




こちらは左側が円形部




上円部である土盛りの状況




葺石(ふきいし)と考えられる人頭大河原石の石積みが残存しています
葺石とは、主として古墳時代の墳墓の遺骸埋葬施設や墳丘を覆う外部施設のひとつ




墳頂には小さな石祠が鎮座しています




ほとんどの古墳には社があったり祠があったりしますが、ここ宮塚古墳も例外ではないようです
この祠からでは何の神様を祀っているかまでは分りません




墳丘は地表より一段高くなっていることが分ります




宮塚古墳と広瀬2号墳の位置関係  奥に見える高架は上越新幹線




広瀬2号墳 宮塚古墳 広瀬4号墳の位置関係  3基を一緒に撮るのは難しい

散策日:令和元年(2019)5月7日(火)