語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】を経営者はとにかく読め 教養なしにビジネスは勝ち抜けない

2014年06月30日 | 心理
 (1)野田文夫「経営者はとにかく本を読め」は、とても興味深い。
  (a)電力会社の会長は教養人である。一見、浮き世離れした古典、純文学、哲学書をたっぷり読む時間がある。たとえ、その会社が経営破綻し、国が直轄することとなった東京電力であろうとも。
  (b)なんでもかんでもビジネスに活かすロジックが興味深い。牽強付会な気配もないではないが、実際にビジネスの役に立っていれば、ビジネスマンにとってはちっとも差し支えないわけだ。

 (2)『史記』など中国の古典を列挙したうえで野田は、「教養とは仁である」と要約する。人に対する思いやり。男性や女性、外国人、異業種の人など、自分と違う相手に対応する能力のことだ。相手に対する敬意や思いやりこそ仁であり、教養だ・・・・。
 中国の古典の神髄は3つある(と守屋洋の見解を野田は紹介する)。教養を備えようと思えば、この3つが欠かせない。
  (a)「修己治人」・・・・学問を修めて己の徳を積むことで、人を感化する。
  (b)「経世済民」・・・・世の中を治めて民を救う。「経済」という用語の元。
  (c)「応対辞令」・・・・人に応対するときは自分の言葉で話し、礼儀を仁の思いで行う。

 (3)今年4月、困難を承知で東電会長を引き受けたのは、『論語』の言葉に背中を押されたからだ。
 <之を用うれば則ち行い、之を舍(す)つれば則ち蔵(かく)る>・・・・出るべき時と退くべき時を自ら知り、裸の王様や老害になることなく、出処進退に潔くあれ、ということだ。野田は60歳頃から常にこのことを心がけてきた。
 国家とこの会社が野田を必要だというのなら、やらざるを得ない。<義を見て為さざるは、勇なきなり>
 そして、<君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る>。今は世界中が利に走りすぎている。国家も企業も個人も、そればかりでは長続きしないのではないか。
 かくのごとく『論語』には、人間が生きていく上で自分を律する心得が書かれている。しかも、2,500年前の内容が、現代の人間関係やビジネスにおいても見事に当てはまる。<巧言令色鮮なし、仁>と端的に言い切りが、人間は昔も今も変わっていない。
 
 (4)『論語』は孔子と弟子との対話集だ。企業が良くなるには、①ダイアローグ(対話)、②ディスカッション(議論)、③ディベート(討論)の3つが大切だ。
 この3つは、孔子だけでなく、ソクラテスもプラトンも緒方洪庵の適塾でえも松下村塾でも、昔から一流の先人たちがやってきた。①~③をきっちりやると、モチベーションが飛躍的に上がり、知識も増える。ひいてはビジネスの現場にも生きてくる。

 (5)西洋の歴史書は出来事を編年体で記述してあるが、中国では歴史書も人間が主役だ。その原形が『史記』で、列伝が中心になっている。『十八史略』も、人間の感情や行動が分かるように歴代王朝の興亡を綴った歴史書だ。どちらも人間学の基礎そのものだ。自分の立場や年齢によって感じ方や解釈が変わってきて、読み直すたびに新鮮さを感じる。
 儒教には「君子は六芸に達すべし」という言葉がある。礼(礼節)、楽(音楽)、射(弓術)、御(馬車を御する技術)、書(歴史と文学)、数(数学)。数学は経済にも科学技術にも通じる。「数」を知らずして古代でもトップに立てるわけがない。理系だ文系だと分けたがるのは20世紀になってからの話だ。
 
 (6)企業人としては、福澤諭吉、内村鑑三、新渡戸稲造らの作品に大きな影響を受けた。3人とも若い頃、大変な貧乏を経験し、人生とは何かを非常に悩みながら世界に通用する人物に育っていった。
  (a)『学問のすすめ』・・・・名高い「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の後に続く言葉が重要だ。「しかし現実には、貧富の差や教養の差がある。それについては、人を恨むな。生まれた時から、どれだけ学問をしたかによって違ってくるんだ。だから各問をせぇ」・・・・現代でも通用する言葉だ。
  (b)『代表的日本人』・・・・押し寄せる西洋文化の中で、日本人としていかに生きるべきかがテーマ。
  (c)『武士道』・・・・37歳で本署を書いた。博覧強記。専門分野を超えた教養の必要性が痛感された。身分に伴う義務「ノーブレス・オブリージュ」が武士道の神髄だと新渡戸は述べる。李登輝(元台湾総統)『「武士道」解題 ~ノーブレス・オブリージュとは~』を併読するとよい。
 
 (7)現代書では、
  (a)D・S・ランデス『富と覇権(パワー)の世界史「強国」論』・・・・21世紀のグローバル社会に日本が生き残るためのヒント。
  (b)鴇田正春『日本の変革「東洋史観」』・・・・十二支や二十四節気を始めとする東洋の宇宙観。昏迷の時代だから東洋の知恵に学べ。
  (c)木村剛『「会計戦略」の発想法 日本型ガバナンスのスタンダードを探る』・・・・企業会計の原点は、ローマ時代のキャラバンだ。まず隊長以下の隊員が儲けを取り、残り分を出資者が山分けした。1キャラバンが1会計だった。隊長の統率力、品物の目利きは誰か、といった条件を見ながら、無事に帰る確率や儲け額を予想して出資していた。

 (8)小さい時から本を読んできたが、原点は小中学生時代に読み耽った文学全集だ。平凡社の百科事典も「あ」から順番に読んでいった。
 今は、本を選ぶときはたいてい新聞広告を見てピックアップした上で、書店に行く。必ず週1回は行って、4、5冊は買う。毎日忙しいが、毎晩ベッドに入ってから2、3時間くらい読むのが至福の時だ。

□野田文夫(東京電力会長)「経営者はとにかく本を読め 古典、純文学、哲学書--教養なしにビジネスは勝ち抜けない」(「文藝春秋」2014年7月号)
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