語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『シャドー81』

2011年02月26日 | 小説・戯曲
 ハワイへ向かうロス発ボーイング747がハイジャックされた。ハイジャッカーは乗客にまぎれこんだテロリストではない。1機の軍用機だった・・・・。
 第1部は入念な準備、第2部はハイジャック及び身代金奪取の実行、第3部は犯行後の動きと謎の開示、という構成である。
 冒険小説の白眉だ。いやいや、柄が大きくて冒険小説の枠にはおさまらない。限られた滞空時間内に要求が達っせられるかというサスペンスがあるし、当局の裏をかいて着実に大金をせしめるコン・ゲームでもある。全編、悪漢の立場に立つから、ピカレスク・ロマンの要素もある。米国人を徹底的に揶揄しているから、諷刺小説としても読める。

 主人公の性格が、じつに痛快だ。たまたま同乗していた大統領候補がのこのこ調停役をかって出ると、その日ごろの怪しい政治的言動について、歯に衣をきせないでズケズケと指摘する。この大統領候補、威嚇される立場だから、いつものように権力をもって黙らせることはできない。舌先三寸でごまかそうとするのだが、言われっぱなし、青菜に塩となるのであった。
 このやりとりは無線を通じて広くマスコミに流されたから、彼はこの時点で政治的に死んだ。
 対立候補の現大統領がラジオに熱心に耳をかたむけ、ほくそ笑むのは当然だ。

 かくも魅力ある悪漢は、犯行において血を流さないという点で、遠くアルセーヌ・ルパンの系譜をひく。
 切れ味がよく、具象的でイメージを結びやすい語り口。脇役もていねいに描きこまれている。
 市民が週末の夜を楽しくすごすことができるなら、本一冊に大枚をはらう価値は十分にある。いや、本書の場合、大枚を用意する必要はない。文庫だから、小枚くらいか。
 ベトナム戦争はサイゴン陥落からまもない時期に書かれた話なのだが、緊迫した場面の設定や人物の言動は今もって新鮮だ。
 どうやら、こう考えるのは私ばかりではないらしく、訳書は版を重ね、出版社をかえ、今日も店頭にならんでいる。
 著者は早逝したのか、その後の作品をみない。惜しいことだ。
 余談ながら、航空機ファンならばホーカー・シドレーハリアーを念頭におくと、興趣が深まると思う。

□ルシアン・ネイハム(中野圭二訳)『シャドー81』(新潮文庫、1977;改版1996。ハヤカワ文庫、2008)
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