よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

原子力安全委員「低線量放射線の健康影響について」という文書

2011年05月22日 | 健康医療サービスイノベーション

先週書いた第22講:原発過酷事故、その「失敗の本質」を問うは、筆者の期待に反して解説記事週間閲覧数トップでした。辛辣な論説が、こともあろうに、原発を巡る政・産・学・官共同体の出店的な日経グループの媒体で週間閲覧数トップとは、尋常ではありません。

あるいは、日経連(清水正孝前東京電力社長は日経連副会長)ベッタリの日経グループの体質が変化しているのかも知れません。だとしたら、いい傾向です。

さて、原子力安全委員会が、「低線量放射線の健康影響について」という文書を5/20に発表しました。

「確定的影響」と「確率的影響」についてはこのブログでもとりあげています。上記文書は、確率的影響については、「100mSv以下の被ばく線量では、がんリスクが見込まれるものの、統計的な不確かさが大きく疫学的手法によってがん等の確率的影響のリスクを直接明らかに示すことはできない」というICRP(国際放射線防護委員会)の見解を引用したうえで、「2009年の日本人のがん死亡率は約20%(がん罹患率(2005年)は約50%)で、年々変動しております。また、地域毎、がんの種別毎のがん死亡率の変動もあります。100mSvの被ばくによるがん死亡率は、その変動の範囲の中にあるとも言えます」と結んでいます。

論拠は、「国際放射線防護委員会の2007年勧告」とされています。

つまり、今後、100mSv以下の被ばく線量によってがん死亡率が増えたとしても、それは毎年変動している日本人全体のがん死亡率の変動内に収まる、つまり特段の問題はない、ということを言っています。

まったくもっておかしな結論です。

まず、精密な議論をするためには、年齢区分別にがん死をとらえなければいけません。そして、これから生まれてくるであろういのちに注意を向ける必要があります。


上の図は、京都大学助教の小出裕章氏が、講演会や国会招致などで用いている人口1万人あたりのがん死亡を年代階層ごとに表示したものです。

若ければ若いほど、がんの発症に対して感受性が高くなり(敏感になり)、年をとるほど鈍感になります。

さて、ここで問題にしたいのは、0歳未満のいのちです。

卵子と精子がであって、受精卵となり、やがて胚となってゆきます。日本産科婦人科学学会では、妊娠8週未満を「胚芽」と呼び、8週以降を「胎児」と呼んでいます。


胚の発生後14日には、原始線条が現れて、臓器の分化が著しく発現して、人としての形状を顕しはじめます。細胞分裂が急速に進むので、DNAと染色体へのダメージも修復されることなく、分裂して引き継がれることが多くなります。これが将来、胎内死亡、胎内健康被害、そして生まれてからの健康被害を招くことになります。

したがって、原子力安全委員会が引用した「国際放射線防護委員会の2007年勧告」では、「子宮内医療被ばくに関する最大の症例対照研究は,すべてのタイプの小児がんが増加する証拠を提供した。委員会は,子宮内被ばく後の放射線誘発固形がんのリスクに関して,特段の不確実性が存在することを認識している。委員会は,子宮内被ばく後の生涯がんリスクは,小児期早期の被ばく後のリスクと同様で,最大でも集団のリスクのおよそ3倍と仮定することが慎重であると考える」と明記しています。

引用するのならば原子力安全委員会は、この部分の引用もすべきです。

ベラルーシでの人口10万人あたりの甲状腺疾患の発症率を示したものが上の図です。チェルノブイリ事故発生から6年後あたりから発症率が上がっているのが分かります。子どもはやがて青年になってゆいくので、赤(子ども)の発症率は下がるように見えますが、青色(20-46歳)の発症率は1990年代にはいってから急増しています。

こうして長期的な影響が尾を引きます。日本はベラルーシよりも公衆衛生、医療管理のレベルは全般的には高く(国民皆保険制度、検診制度、医療統計など)、今後より厳格なトラッキングが大切になります。

特に、放射性物質の降下量が多く、土壌汚染が強い多地域(資料1資料2)に、どの年齢のとき(生まれる前も含め)に居たのかといいうデータが重要になってきます。

以上により、今後、長期的に観察すれば、100mSv以下の低量被ばく、内部被ばくによるがん死亡率は、従来の変動の範囲内におさまる可能性は少ないと見立てられます。がんに注目が集まっていますが、なにも疾患はがんに限定はされません。その他の疾患についても注意深く発症率の将来的な推移をトラッキングするべきでしょう。

海外の研究者からはぜひデータが欲しいだの、共同研究をやらせてくれだの色々とリクエストが増えてきます。海外の研究者はチェルノブイリ以降のまさに千載一遇のチャンスとは表立っては言ってきませんが、人類史上稀に見る規模の大量放射性物質の環境への放出には間違いなく、疫学、毒物、公衆衛生、医療管理の研究者から見れば、喉から手がでるほどの「観察対象」のようです。

チェルノブイリ事故については原発推進派、反あるいは脱原発派で、データの収集方法、解釈に大きな乖離があり、それぞれが否定しあっています。科学には立場の違いはないはずですが、実は立場によって発表されるデータと解釈に雲泥の差があるのです。

ほっておけば、今回もそうなるでしょう。

・・・とても複雑な気持ちがします。原発擁護・反対の立場に左右されることがない公正な立場からの長期的な研究が待たれることろです。まずはなんといっても、放射性物質の不要な体内への取り込み=内部被ばくをさけることが大切です。そして文部科学省は、可及的速やかにこどもを対象にした現行の20mSv規準を、是正することがぜひとも必要です。

未来はこども達によって創られます。日本の未来に禍根を残してはいけません。それが大人の役割です。


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