英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

ラグビーの日本海海戦    優勝候補の南アフリカに勝利

2015年09月21日 12時07分17秒 | スポーツ
 例えが適切ではないかもしれないが、まさにラグビーの日本海海戦だった。1905年5月27日から28日にかけて、対馬沖で日本連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に完勝した。当時、世界の誰もが日本海軍が世界最強の海軍国のひとつであるロシア海軍に勝てるとは夢にも思っていなかった。
 2015年9月19日、21世紀の“軌跡”が起こった。日本がラグビーのW杯に2度優勝した南アフリカ(南ア)に辛勝した。たとえ辛勝であっても勝ちは勝ちだ。
 筆者は久しぶりに興奮した。ラグビー愛好者ではなく、ルールもあまり知らないが、英国に滞在した6年間、よくテレビで見ていた。選手から選手に手渡されるボール。パス回しの速さ、選手15人が一糸乱れずゴール目指して突進するときの美しいフォーメーション。
 日本に帰国後、日本のラグビーを見たとき、あまりにも英国のラグビーとの違いに愕然とした。パス回しが遅く、スクラムを組んだ後、ボールが出てきても相手選手にすぐにタックルされて選手が山のように倒れ込み、ボールが選手の中に埋もれるシーンが普通だったからだ。しかし、何十年ぶりかに見た19日の試合は違っていた。日本の選手のパス回しが早く、まるで若い時に英国で見たラグビーと同じだった。
 「歴史的大金星」「日本大快挙」「世界に衝撃 日本が南アに勝った」と日本のスポーツ紙はこぞって日本の勝利を祝った。世界ランキング13位の日本が同ランキング3位の南アに34―32で破る大金星を挙げた勝利を、英国のメディアも驚きと称賛の言葉を送っている。ラグビーほど実力が反映されるスポーツはなく、ほかのスポーツと比較して「番狂わせ」がほとんどないという。
 テレビ中継した英放送局ITVの解説者は試合中に「信じられない」と連発。次の試合の中継が始まった後も日本の試合を振り返った。
 英国の代表紙のひとつ、ガーディアン紙は「ラグビーは南アにとり宗教である。日本は奇跡を引き起こした。アマチュアと学生で構成された米国のアイスホッケーチームが1980年、世界最強の旧ソ連(現在のロシア)チームを打ち破った『アイスホッケーの奇跡』と同等の素晴らしい奇跡だった」と賛辞を送る。
 また別の英国の有力紙「インディペンデント」は「日本チームはラグビーW杯史上最大の衝撃を世界に送った。この劇的勝利は2019年のW杯東京大会に大きなインパクトを与えるだろう」と伝え、日本の状況をこう記している。
 「日本時間で午前1時前に試合が始まった。数少ない日本の熱狂的なラグビーファンは寝ずにテレビ中継に見入った。大多数の日本人は目が覚めて、この素晴らしいニュースを聞いた」
 英国の代表的な保守系の新聞「タイムズ」は「ブライトンに晴れわたった夜が訪れ、日本―南ア戦は観衆のスピリットを異常なまでに高めた。否、もっと正確に表現すれば、観衆がこの試合を猛烈に盛り上げていたのだ。日本チームは、興奮しきった“援軍“の素晴らしい声援を受けてその戦力を増していった。これとは対照的に南アチームは戦意をなくしていったのだ」とコメントし、「この試合でイングランド人もウェールズ人すべての英国人は日本に味方したが、唯一味方しなかったのはスコットランド人だった。彼らは日本と水曜日に戦うからだ」とユーモアで締めくくった。
  世界中で大ヒットした小説「ハリー・ポッター」の作者J・K・ローリングさんも驚きの声を上げた。ツイッターに「こんな話は書けない」と記した。ローリングさんは日本選手が、残り時間がわずかなのにもかかわらず、ペナルティーキックを選択して同点を求めず、一丸となって勝利したことに感動したのだ。
 日本の勝利に激しい衝撃を受けたマイアーコーチは南アの敗北を認め、「われわれにとり良い試合ではなかった。受けいれ難い敗北だ。わたしが全責任を負っている。選手は皆、国民を失望させたと思っている。われわれは次の試合のために心を切りかえなければならないが、なかなかそうもいくまい。次の試合では日本戦より100倍も良いパフォーマンスを見せなければならない」とショックの大きさを明かしている。
 「南アのマイヤー・ヘッドコーチはスプリングボックス(南アチームのニックネーム)の敗北後、国家と国民に謝罪すると語った」と「ガーディアン」は伝えている。
 英国人は今も昔も「フェアー」に戦う弱いチームや選手を応援する。フェアーの精神で強いチームに正面から挑みかかる弱いチームを半官びいきする。「弱い」上に祖国の政府の迫害から逃れ、最悪の環境の中で練習を積んで大会に出場したチームや選手が、最強の敵と戦うとき、文句なく応援する。英国人の「何事をするにもフェアーたれ」という金言を筆者も英国人からよく聞かされたものだ。
 まさに英国人の目から見て、ラグビーの「弱小国」日本は「フェアー」精神を抱き、いかなる逆境にもめげず、正面から卑怯な手段を使わずに「勇敢」に戦った「英国精神」を体現していると映ったのだろう。この「英国精神」は「日本精神」でもあると思う。
 筆者は「弱い」日本が「強い」南アを破ったとは思っていない。確かに戦力は劣っていたのだろうが、この数年、日本チームの激しい練習で戦力差は縮まっていたとみるのが妥当だと思う。
 21付朝日新聞によれば、「午前5時台からの練習、1日3度のトレーニング。そんな合宿が(ことし)4月から8月まで10度に及んだ。とにかく体力差に敗因を求めてきた日本だが、運動量、持久力を強みと呼べるほどに築き上げた」という。外国人選手の背丈や体重などでの日本人の劣勢を運動量などで補ったのだろう。
 朝日はこうも述べている。「試合が始まれば指導者の手を離れ、選手が目まぐるしく変わる状況(時)を的確に判断してプレーしなければならない。ヘッドコーチの指示通りに動く従順さだけでは世界の強豪に勝負できない。選手間で日頃から問題意識を共有するため、主将や副将は頻繁にミーティングを行った」
 日本がラグビーやサッカーでなかなか強くなれないのは、野球と違って、目まぐるしく戦局(状況)が変わり、スピードを重視するスポーツであるため、選手個々の速断を要求されることだ。野球は試合の流れがサッカーやラグビー違って遅い。このため監督の指令が試合をかなり左右する。
 サッカーやラグビーは選手個々の独立心を必要とするし、この性格を育む。日本人は司令官の指揮下、協力精神のもと、集団で行動するとものすごい力を発揮するが、独立心に富み、自らの判断と責任で行動するのが苦手な国民だと思う。責任も曖昧にするのが得意だ。
 ラグビーは19世紀にサッカーから生まれた。1823年、イングランドの有名なパブリックスクールであるラグビー校でのフットボール(サッカー)の試合中、ウィリアム・ウェッブ・エリスがボールを抱えたまま相手のゴール目指して走り出したことだとされている。偶然にサッカーで禁止されている「手」を使ったことが発祥の原因だという。
 1871年、イングランドでラグビー協会が設立され、同年、スコットランドとイングランドのラグビー国際試合が世界で初めて行われた。
 オックスフォード大学やケンブリッジ大学へ進学する学生を輩出するパブリックスクール「ラグビー」で生まれたラグビーは当初、中産階級や上流階級のスポーツだった。
 将来、軍人や政治家など国家の指導者になるためには体力が必要だというのが英国人の考え方。「頭が良い」だけでは駄目で、体力も必要だという英国人の伝統的な考え方である。「頭が良い」というのは勉強の成績がよいのではなく、思考力、発想力、判断、観察、決断、実行能力が高く、なによりも指導者として責任の自覚を持つことが大切だということだ。日本流に言えば「文武両道」に秀でていなければ国家の指導者にはなれず、国民を指導できないという「常識」的な考え方である。「常識」(Common Sense)も英国人の好む言葉だ。特にイングランド人に言える。
 体力と頭の良さが合わさって、英国を指導できる有能な指導者が生まれる。ラグビーはそれを育むスポーツのひとつだというのが英国人の考えである。その精神は、オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランドなどの英帝国の連邦国家や旧植民地に波及した。
  エディー・ジョーンズヘッドコーチはリーチ主将の勇気を褒め称えたのも合点がいく。ラグビー精神を体現したということだろう。ちなみにリーチ主将も、勝利のトライを挙げたヘスケス選手もニュージーランド出身だ。ニュージーランドの母国は英国である。
 この両選手に負けずとも劣らない日本人選手もいた。スクラムハーフの田中史郎選手が「前半29分のリーチのトライの立役者だった」。防御を犠牲にして12人が一丸となってゴールに突き進んだ。その戦術を提案したのが田中選手だった。
 日本チームは勇気をもってゴールへ向かった。ペナルティーゴールを選ばず、スクラムを組んで勝利を目指した。ジョーンズ・ヘッドコーチは後半の最後のチャンスにキックして3点取り引き分けで試合を終わろうとした。しかし選手はスクラムを組み、敗北の危険を冒して勝利を目指した。トライで5点を取りにいった。
 これに対して南アは後半29~29の同点の時、日本のペナルティーから「スクラム」ではなく「ペナルティーキック」を選んだ。確実に3点を取って、逃げ切ろうとした。結果論だが、そこが分岐点だった。一つひとつの局面で日本選手は適格な判断をした。判断力が南ア選手より数段勝っていた。それに南ア選手が反則を繰り返したのは焦りの表れだったように思う。「弱国」と信じていた日本が予想を超えて強かった。日本選手は、「判断力」「独立心」「常識」を育む英国のスポーツで勝利したのだ。
 ジョーンズ・ヘッドコーチはこう述べた。「この試合の経験から驕りが出てはいけない。謙虚に勝利を受けとめよう。試合終了直後、スコア―を見たとき、それがほんとうかどうか理解できなかった。われわれは勇敢なんて言葉では表せなくくらいの勇敢さだった。われわれはW杯史で最も素晴らしい試合のひとつをつくり上げたのである。きょうは素晴らしかった。しかし、われわれはまだ目標を成し遂げていない。わたしは8強による決勝トーナメントに進出を決めた時、コーチから引退する」。ジョーンズ氏の母国はオーストラリアである。
 日本の勝利を祝福し、次のスコットランド戦の勝利とベスト8への進出を祈りたい。独立心と協力精神、常識と勇気、決断を次の試合でも期待したい。それこそ日本精神であり、英国精神だ。そうありたいものである。

 写真 決勝トライしたヘスケス選手