hiyamizu's blog

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フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』を読む

2016年07月07日 | 読書2

 

フェルディナント・フォン・シーラッハ著、酒寄進一訳『罪悪』(創元推理文庫2016年2月12日東京創元社発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

ふるさと祭りの最中に突発する、ブラスバンドの男たちによる集団暴行事件。秘密結社イルミナティにかぶれる男子寄宿学校生らの、“生け贄”の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。猟奇殺人をもくろむ男を襲う突然の不運。麻薬密売容疑で逮捕された孤独な老人が隠す真犯人。弁護士の「私」は、さまざまな罪のかたちを静かに語り出す。本屋大賞「翻訳小説部門」第1位の『犯罪』を凌駕する第二短篇集。

 

刑事事件専門の弁護士が、現実の事件に材を得て描きあげた15の奇妙な物語。ドイツでの発行部数30万部突破。ドイツCDブック賞ベスト朗読賞受賞。

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

無駄をそぎ落とした簡潔な乾いた文章で、事実も人の心理も、すべてが淡々と語られる。しかし、内容には、コメディタッチの話、罪人が罰を受けない居心地わるい話、人情味ある判決が下る話、奇妙な話など多彩な形式が並ぶ。そして、著者の専門の刑事訴訟法の盲点をついたり、メインが法廷場面であったりする。15の短編それぞれが長編にも匹敵する深味を持っている。

1編1編はかなり短く、各段落も短い。しかし、短編の中に長い時間を押し込めているので、短編でありながら、一人の人生が丸ごと入っている場合もある。まるで、アリス・マンローの短編(『ディア・ライフ』、『イラクサ』)のようだ。

 

多くの刑事事件を担当してきた弁護士である著者は、事実は込み入っており、明快には理解できない壁が存在すると考えている。したがって、罪も、犯罪者も、簡単に一方的に断罪することはできないという考えに基づき話ができているのだろう。

 

 

 

フェルディナント・フォン・シーラッハ(Ferdinand von Schirach)

1964年ドイツ、ミュンヘン生まれ。ナチ党全国青少年指導者(ヒットラー・ユーゲント)の全国指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。

1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍。

2011年デビュー作『犯罪』がドイツ・クライスト賞、2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位受賞。

2010年『罪悪』(本書)

2011年初長篇『コリーニ事件』

2013年『禁忌』 

 

 

酒寄進一(さかより・しんいち)

1958年生まれ。ドイツ文学翻訳家。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て和光大学教授。

主な訳書に、イーザウ《ネシャン・サーガ》シリーズ、コルドン『ベルリン 1919』『ベルリン 1933』『ベルリン 1945』、ブレヒト『三文オペラ』、フォンシーラッハ『罪悪』『コリーニ事件』『禁忌』ほか多数。

 

以下は、私が完読後にもう一度読んで、思い出し楽しんだ結果のメモです。

中にはここまで読む人がいるかもしれないので、一応ネタバレにならないようにはしています。

 

「ふるさと祭り」

小さな町の六百年祭。ともかく熱い8月1日。きちんとした仕事をしている人たちのブラスバンドのサークルでひどい暴行事件が起こる。刑事訴訟では、被疑者は黙秘が許される。証拠を提出しなければならないのは告発側だ。そして、証拠は警察のずさんな対応で失われていた。その結果は。

被疑者たちは釈放された。みんな、裏口から出て、家族のもとへ、そしていつもの生活に戻っていった。その後も税金やローンを払い、子どもを学校へやった。そしてだれひとり、あの事件を話題にしなかった。ブラスバンドが解散しただけで、裁判は一度も開かれなかった。

・・・
・・・あの娘とあのまっとうな男たちのことに思いを馳せた。私たちは大人になったのだ、列車を降りたとき、この先、二度と物事を簡単には済ませられないだろうと自覚した。


弁護士として最初の仕事で、心ならずもこんな事件を扱うことになった若者は、こう思った。

 

「遺伝子」

思わず殺人を犯してしまった二人は、その後、19年間、まっとうな人生を送ったが、・・・。

 

「イルミナティ」

寄宿学校の生徒数人は昔の秘密結社「イルミナティ」を真似したグループを作っていた。初めは遊びだったのに、生贄を求めヘンリーを餌食とするようになる。ヘンリーの絵の才能評価していた女教師は・・・。

 

「子どもたち」

小学校の教師ミリアムと、家具代理店を営むホールブレヒトは幸せな結婚生活を送っていた。朝7時に彼は手錠を掛けられて連行される。ミリアムのクラスの少女を含む24件の児童虐待容疑だった。刑期を終えてささやかな生活を過ごしていた彼は、弁護士事務所にやってきて、机の上に包丁を置き、「私はやらなかった」と言った。彼は16か17歳になったあの娘を見かけたのだ。

 

「解剖学」

 娘をバラバラに解剖しようとした男は・・・。わずか3ページの掌編。

 

「間男」

 夫48歳、妻36歳。結婚して8年。夫は美しい妻を提供する。やがて妻は抗うつ剤を服用し、夫は・・・。ドイツの刑法では、殺傷行為を中断し、被害者を死に至らしめなければ、傷害事件で裁かれはしても、殺人未遂にはあたらない。

 

「アタッシュケース」

 サービスエリアの車を止めてトランクを開けさせると、アタッシュケースがあり、中には死体を写したカラーコピーが18枚入っていた。

 

 

「欲求」

 すべてが元の鞘におさまった。しかし、妻はただの抜け殻となった。

 

「雪」

 老人は麻薬密売人のハッサン達に部屋の台所を貸していた。警察が踏込み、老人を逮捕したが、老人は・・・。

 

「鍵」

 フランクはアトリスに鍵から目を離すなと指示しが、犬のバディが鍵を飲み込んでしまった。

 

「寂しさ」

 ラリッサは14歳。隣に住んでいる男に暴行され、赤ん坊を便器に産み落とす。

 

「司法当局」

 一人で立つのもおぼつかない男トゥランがある男に乱暴したと逮捕される。犯人はタルンだという証言が、紆余曲折あって誤逮捕されたのだ。

 

「清算」

 アレクサンドラの結婚した相手は酒を飲むと暴力をふるった。「娘が10歳になったので俺の女にする」と聞いて、アレクサンドラは夫に飛びかかったが、痛烈な一撃を食って吐いた。同じアパートに住むフェーリクスが・・・。

殺人には謀殺と故殺がある。“狡猾な”、“残忍な”など“卑劣な動機”の場合は謀殺となり終身刑となる。その他の故殺の場合、裁判官は5年から15年の禁固刑を科すことができる。

 

「家族」

 ヴァラーは努力して成功した。一方、異父弟のマイネリングは刑事事件を繰り返したあげく、コカイン所持で収監された。兄による弁護費用のおかげで弟は釈放されたが、また殺人を犯した。兄は「もうなにもしてやる気はない」と言い、父は凶悪犯だったと語った。「私たちで終わりにしたほうがいい」

 

「秘密」

 毎朝弁護士事務所を訪ねてくるカルクマンは諜報機関に追われているという。私は彼を精神病院に連れていった。二人で医者の前に座り、私が説明しようとすると、カルクマンが言った。「こんにちは。私は・・・」

 

   

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