小川洋子著『ことり』(2012年12月朝日新聞出版発行)を読んだ。
11歳の時から親や他人とは会話できなくなり、弟と小鳥だけが分かる「ポーポー語」を話す7歳上の兄と、後に「小鳥の小父さん」と呼ばれる弟の、世の片隅で、小鳥たちの声だけに耳を澄ますつつしみ深い、やさしくせつない生涯の物語。
兄は、キャンディーを買い、包み紙で小鳥ブローチを作り、幼稚園の鳥小屋を見学し小鳥のさえずりを聴く。弟はゲストハウス管理人として働きながら、夜はラジオに耳を傾ける。静かで、小さく、温かな生活が続く。
やがて、兄は亡くなり、 弟は幼稚園の鳥小屋掃除をボランティアで始め「小鳥の小父さん」と呼ばれる。
図書館司書へ淡い恋心をいだき、鈴虫を小箱に入れて持ち歩く老人との出会いにより思わぬ嫌疑をかけられ、小鳥の愛好家の鳴き合わせの会へ連れて行かれる小さな事件が起きる。
本書は著者の12年ぶりの書き下ろし長編小説(400字487枚)。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
「小鳥の小父さんが死んだ時、・・・」とこの物語は始まる。
小鳥にしか興味を示さない兄と、その兄を献身的に見守る弟。社会の片隅でひっそりと生き、そして生涯を終えた男たち。
メジロは心を込めて小父さんのためだけに捧げる歌を鳴り響かせた。「大事にしまっておきなさい、その美しい歌は」それが小父さんの最後の言葉だった。
何もないといえば何もない生涯。兄と弟と小鳥たちと、荒れ果てた自宅の庭。ほかにはわずかばかりのかかわる人々、それだけのつつましい生活、繰り返しの日々。しかし、流れる時間は穏やかで濃密で、読むものにもひそやかな幸福感を与えてくれる。
青年と夫人との暗号の手紙とそれを仲介の小間使いのラジオの物語や、鳥かご製造のミチル商会の社史などたくみに挿入される話も単調な物語に変化や深みをもたらす。
「本のニュース」で小川さんは語っている。
小父さんとお兄さんは言葉を使わずに、多くのことを語っている。矛盾しているようだが、そういうことこそ小説に書きたい。言葉を使って、言葉で表現できないものを表現する。言葉にはそれだけの力があるんですね。
小川洋子は、1962年岡山県生れ。
早稲田大学第一文学部卒。1984年倉敷市で勤務後、1986年結婚、退社。
1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞
2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞
2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞
その他、『カラーひよことコーヒー豆』、『原稿零枚日記』『妄想気分』『人質の朗読会 』『 とにかく散歩いたしましょう 』など。
海外で翻訳された作品も多く、『薬指の標本』はフランスで映画化。
2009年現在、芥川賞、太宰治賞、三島由紀夫賞選考委員。