高田純次著『50歳を過ぎたら高田純次のように生きよう 東京タワーの展望台でトイレの順番ゆずったら本が出せました』(2022年4月10日主婦の友社発行)を読んだ。
高田純次が「50歳からのごきげんな歳のとり方」について適当に語ります! どうせ生きるなら元気に、楽しく、適当に! 現在74歳の高田純次が50歳以降を振り返りつつ、毎日をご機嫌に過ごすヒントを何となく語ります。人生100年時代と急に言われてもどうすればいいんだよ? あるいは、もう50歳過ぎちゃったけど何して生きればいいの? みたいなことに少しでも引っかかりを感じている人にはちょうどいいヒントがあります。おまけに暇つぶしにももってこい!
ダ・ヴィンチより
50歳を目前に控えこれからの生き方に漠然とした不安を抱えていたという本書の編集者が東京タワーのトイレでロケに訪れていた高田さんとたまたま遭遇し、工事中のため1つしかなかった洗面所を高田さんから「お先にどうぞ!」とニッコリ譲られたという実際の出来事が、そのままタイトルになっている。カメラが回っていないところでもゴキゲンな高田さんに「なんて素敵なんだ!」「少しでも高田さんのようになれたら毎日楽しいだろう」と、いたく感激し、企画をオファーしたという(しかし、ご本人は全く覚えていなかったらしい)。
昔も今もブレずに空気を読まない高田さん。そのコツは?
(高田)はっきり言って、空気を読むってことはブレてるってことだから。空気を読んでばかりだとブレちゃうから、へんに読まないのがいい。
空気は読まないで、ゆっくり吸うっていうのが生きていくコツだろうね。……
今の年齢まで生きてきて、最も苦しんだことや大変だったことは?
(高田)やっぱりトラウマになってるのは大学受験で失敗したこと。
だからいまだに夢をみるのよ。合格発表の掲示板を見にいって、自分の番号を探すと言う夢を。
5章 高田純次が振り返る「過去の適当&ゴキゲン名言」
「オレは普段、大きいおっぱいのことも考えるけど、小さいおっぱいのことも考えるよ」『適当論』より
75歳の解説 「大器晩成とは、無能なものを慰める唯一の言葉」
(冷水の名言? 「肩凝るんだって? 揉んであげるよ、肩こりの原因の方を」)
終活では?
まわりの人に伝えたいこと まずは女房だろう。伝えたいことは「死にました!」でいいかな(笑)。
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)
質問に高田さんが答える形になっていて、答えも10行程度で、字も大きく、220頁で、あっという間に読める。気楽に、笑いながら読めるので、軽る~いものが好きな私としては四つ星。ばかばかしいものが嫌いな人は二つ星。
純次さんは、「読まなくてもいいよ。買ってくれたら」って言ったらしいんですが、私、買わないで借りて、しかも読んでしまいました。スンマセン。
高田純次(たかだ・じゅんじ)
1947年(昭和22年)1月21日、東京・調布市生まれ。タレント・俳優。
都立府中高校を経て、1968年に東京デザイナー学院卒業。
1972年、自由劇場の「マクベス」を観て感動、同劇団の研究生に。
1973年、イッセー尾形らと劇団結成も、1年足らずで解散。宝石の卸会社に就職、3年半のサラリーマン生活を送る。
1977年、30歳の時に柄本明、ベンガル、綾田俊樹が結成した劇団「東京乾電池」に入団。アルバイトをしながら、演劇活動を続ける。
1980年、「笑ってる場合ですよ! 」、1982年に「笑っていいとも! 」に出演、世に知られる。
1985年に「天才・たけしの元気が出るテレビ! ! 」でさらに知名度がアップ。
1987年、グロンサンのCM「5時から男」でブレイク、一躍有名タレントとなる。
以後、バラエティー番組や、ドラマなどに出演して、「平成の無責任男、適当男」といわれ、芸能界で独自のポジションを築く。
2015年には「じゅん散歩」開始。
現在もCM、ドラマなどで活躍。特にCMでは「CMの帝王」などといわれるほど、数多くのCMに起用されている。
著書に「多面人格のすすめ」「適当論」「適当日記」「裏切りの流儀」「適当川柳」