家族の尊厳、司法向き合う ハンセン病賠償
2019/6/29 中日新聞
ハンセン病元患者家族による初の集団訴訟で熊本地裁は二十八日、患者だけでなく、その家族も隔離政策の犠牲になったと認める画期的な判決を言い渡した。憲法違反の法が肉親の絆を引き裂き、数々の差別を生み出した歴史的事実を認める判決。家族の悲劇に長年向き合おうとしなかった国に、司法とは別に政策による幅広い救済を求める声は強く、誤った政策の犠牲になった旧優生保護法訴訟の原告も国の対応を注視する。
■絶えぬ不条理
「死のう、死のう」。原告の原田信子さん(75)の耳には、心中を迫る母の声が今も響く。北海道で父母と暮らしていたが八歳の時、父が療養所に入所したのを機に母は失業。差別と貧困に苦しむ日々が始まった。
十七歳の時に結婚した夫は、父の病気を理解していたはずだったが、酒に酔うと「病気の父親がいるのを嫁にもらってやった」と暴力を繰り返すようになった。絶え間なく降りかかる不条理。「父が悪いわけでもないのに恨むようになっていった」。法廷で複雑な胸の内を吐露した。
苦しみは差別や貧困、分断にとどまらない。就職や婚姻の拒否で人生の選択肢が制限され、人間としての尊厳が傷つけられた。入所している家族の存在を「死んだ」などと隠し通す後ろめたさも背負った。五百六十一人の原告はさまざまな人権侵害を訴えた。
■法に含まれず
「控訴しないことに決定した。ハンセン病問題の早期解決、全面的な解決を図りたい」。二〇〇一年五月二十三日。旧らい予防法を違憲とした熊本地裁判決を受け小泉純一郎首相(当時)が、首相官邸で記者団を前に異例の判断を表明した。二日後には謝罪と反省を盛り込んだ首相談話が閣議決定された。
〇九年には立法による患者救済策として、生活保障や差別解消などを目的としたハンセン病問題基本法が施行された。だが、基本法は患者家族への差別に対する責任や偏見の解消への取り組みは含まず、国は家族の被害から目をそらし続けた。
今回の訴訟でも国側は、「家族を社会から排除したことはない」「家族への差別解消の義務は負っていない」と繰り返し主張した。
■重なる構図
国策の過ちによる被害者に対し、政治決断で救済策を講じるよう求める声は多い。成蹊大の渡辺知行教授(民法)は「差別を恐れて声を上げることすらためらう多くの人がいる。名誉を回復するための制度化が必要だ」と訴え、国に被害者らに真剣に向き合うよう促した。
国による人権侵害の被害救済を司法に求める構図は、旧優生保護法下の強制不妊手術を巡り全国の地裁、高裁で係争中の国家賠償請求訴訟とも重なる。不妊手術強制などの被害に苦しんだ原告や関係者は今回の判決と政府の対応に強い関心を寄せている。旧優生保護法訴訟全国被害弁護団の新里宏二共同代表は今回の判決を「裁判所が被害に向き合った結果」と評価する。
旧優生保護法訴訟では仙台地裁が五月、損害賠償請求権が消滅する除斥期間を適用し、原告の訴えを退けた。新里氏は、熊本地裁が今回、時効による賠償請求権の消滅を認めなかったことに着目する。「時効の起算などについて柔軟に判断している。今回の判決を参考にわれわれも勝利を目指す」と勢いづいた。
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