高浜原発仮処分 関西財界の本音(2016年3月26日中日新聞)

2016-03-26 08:26:27 | 桜ヶ丘9条の会
高浜原発仮処分 関西財界の本音 

2016/3/26 中日新聞


 「なぜ一地裁の一人の裁判長によって、国のエネルギー政策に支障を来すことが起こるのか」。関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを命じた大津地裁の仮処分決定に対し、関西経済連合会(関経連)副会長の角和夫・阪急電鉄会長がそう発言した。関電の八木誠社長は逆転勝訴した場合、住民側に損害賠償請求をする可能性にも言及。弁護団は法廷闘争をやめさせるための「恫喝(どうかつ)だ」と反発している。

◆「なぜ一裁判所の一裁判長に…」 関西経済連合会副会長 角和夫氏

 角氏の発言は十七日、関経連の定例記者会見の場で出た。関経連の広報担当者によると、記者からの「仮処分決定がもたらす経済への影響」という質問に対する回答の中だった。

 最初に同じ副会長の佐藤広士・神戸製鋼所会長が答えた。高浜原発の運転停止で関電が電気料金の値下げを断念したことを受け、「料金の高止まりは企業経営に大きなマイナス影響を及ぼす。同様の裁判が次々と起こって、電気の安定供給まで不安が出るのではないか」と懸念を表明した。

 その後、角氏が「ひと言で申し上げると、憤りを超えて怒りを覚える」と語った。「(佐藤氏に)付け加えるなら」として、「なぜ一地裁の一人の裁判長に…」と口にし、原発の運転差し止めを求める仮処分申請を禁止するように「可及的速やかに法律改正をしてほしい」と続けた。経済面での影響については、電気料金値下げで鉄道部門で年間五億円安くなると期待していたことを明かした。

 記者の一人が、発言の意図などを尋ねたところ、角氏はこう説明した。「エネルギー政策は国の根幹だ。日本は三権分立だが、(仮処分ではなく)本訴で最高裁まで争い、『原発を停止すべきだ』『原子力を止めるべきだ』となれば納得いく。しかし、一人の裁判官の判断で国のエネルギーセキュリティーまで侵されてしまうリスクがある。大半の人が望んでいないし、政府も望んでいない」

 法律見直しについては、「調べたわけではないが、外国では一地裁の判断でこのようなことが起こることはないのではないか。過去の最高裁(判決)でも、高度に専門的な知識を有する事案では、専門家の意見を尊重するべきだとされている」と持論を展開。「世界一厳しい基準を原子力規制委がつくりクリアしたことについて、何の根拠もなく情緒的に『不十分』という恣意(しい)的な判断には怒りを覚える」と加えた。

 つまり、国策である原発の運転は地裁の判断ではなく最高裁に一任、という主張のようだ。記者会見後、関経連には複数の批判が寄せられたという。

 福島の原発事故をめぐり東京電力の記者会見の取材を続けるフリージャーナリストの木野龍逸さんは「最高裁の判断なら従うということだが、仮処分も法律に基づいた権利。三権分立や三審制を無視した発言だ。すごいとしか言いようがない」とあきれる。

 「裁判よりも何よりも経済優先で、是が非でも原発を動かしたいという本音が表れている。原発が動かなければ電気代が高くなって困るという論もあるだろうが、それと市民の権利を抑え込むこととは話のベクトルが全然違う」

◆「逆転勝訴なら損害賠償請求も」 関電社長 八木誠氏

 高浜原発の仮処分申請で住民側の弁護団長を務める井戸謙一弁護士は「三権分立という民主主義のシステムを理解していない」と「一裁判長…」発言を批判する。原発をめぐる司法判断は「専門家の意見を尊重すべきだ」と角氏が主張したことには、「専門家の役目は『事故のリスクは低いから原発を受け入れてほしい』と説明すること。リスクを含めて原発を受け入れるかは社会が決める。素人の裁判官が市民の代表として原発について判断するのは当然だ」と語った。 

 仮処分決定をめぐっては、角氏の発言の翌十八日、関電の八木社長も電気事業連合会の定例記者会見でこんな発言をした。「損害賠償請求は、逆転勝訴すれば考えられる」

 関電は、高浜原発停止分の発電を補うための燃料費が一日に三億円程度必要と試算する。一カ月間なら約九十億円。いずれ民事訴訟になって関電が勝訴したら原告側に莫大(ばくだい)な金額を請求する可能性がある、との趣旨だ。

 仮処分をめぐって住民が賠償を負った実例はある。福島県南相馬市の産廃処分場の造成工事中止を求め、住民が福島地裁いわき支部に仮処分申請をして認められた。だが、最高裁で仮処分取り消しが確定。業者が工事中止の損害賠償を請求し、二〇一三年、住民に約一億五千万円の支払いを命じる判決が確定した。

 脱原発弁護団全国連絡会は二十二日、八木社長に発言撤回を求めた。関電に送った書面には「申立人らを恫喝して仮処分の維持を断念させ、全国の原発の運転禁止の仮処分の申し立ても牽制(けんせい)する目的」と記した。同日、記者会見した共同代表の河合弘之弁護士は「関電は自らの努力不足を恥じるべきだ」と批判した。

 もう一人の共同代表の海渡雄一弁護士は「仮処分の申立人に損害賠償を求めるのは、裁判所に誤った決定を出させるために虚偽の事実を告げた場合などに限られる」と強調する。

 独協大の右崎(うさき)正博教授(憲法学)は「住民は権利を守ろうとしただけで、仮処分を決定したのは裁判所。判断に誤りというのなら、裁判所、つまり国を相手に賠償を求めるのが筋だ」と語る。「言論封じの手段、司法制度を悪用した嫌がらせとしての提訴は認められない。原子力事業者は社会に重い責任を負っていると自覚し、裁判所が納得するまで再稼働の必要性を説明すべきだ」と指摘した。

 住民への圧力は、一四年に九州電力川内原発1、2号機の運転差し止めを求めた仮処分でも起きている。鹿児島地裁の審尋で、九電側は「再稼働が遅れれば、一日当たり約五億五千万円の損害を被る」と主張し、賠償に備えた担保金の積み立てを住民側に求めた。地裁は命じなかったが、住民二十三人のうち約十人が仮処分申請から離脱した。

 申立人の井ノ上利恵さん(57)は「一日も早く危険な原発を止めたいというやむにやまれぬ気持ちから、仮処分に期待してきた。いくら脅されてもこの思いは変わらない」と力を込める。川内原発1、2号機は昨年、再稼働したが、井ノ上さんらは福岡高裁宮崎支部に即時抗告中。決定は来月六日に出る予定だ。

 (白名正和、三沢典丈)

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