細る老後資金、公的限界「資金資金運用を」 (2019年6月5日中日新聞)

2019-06-05 08:33:50 | 桜ヶ丘9条の会
細る老後資金、公的限界「資金運用を」 
2019/6/5 中日新聞

 金融庁の審議会が三日発表した「高齢社会における資産形成・管理」報告書。少子高齢化の進展により公的年金は今後、給付水準が引き下げられるとして、「資産寿命」を延ばすために就労継続や資産運用などで強く「自助」を呼び掛ける。しかし、投資による資産運用は元本割れのリスクがあるだけでなく、国が金融商品を推奨することに懸念や違和感を示す声が出ている。

◆金融庁審議会報告

 資産寿命とは、老後のために蓄えた資産が尽きるまでの期間を指す。資産寿命後は年金収入だけで生活することを意味する。
 金融庁の審議会「市場ワーキング・グループ」がまとめた報告書では、国民が長生きする分、生きていくためのお金もかかるようになるため、長寿社会に対応した金融商品・サービスの提供が社会から求められている-という問題意識から、この資産寿命を延ばすことに主眼を置いている。
 老後の生活は、従来だと退職金と年金をベースに営むのが一般的だった。しかし、近年はどちらも減りつつある。
 報告書は二〇一七年の家計調査に基づいて示した「高齢夫婦無職世帯」(夫六十五歳以上、妻六十歳以上の夫婦のみの無職世帯)の一カ月の平均収支を示しているが、その中身は実に衝撃的だ。
 収入は約二十万九千円で、九割以上を年金に頼る。一方、支出は約二十六万四千円。毎月五万五千円も足りない計算となる。「赤字額は自身が保有する金融資産より補てんすることとなる」のだが、その額は二十年で千三百万円、三十年では二千万円に上る。つまり年金生活に入る時、これだけの資産がないと生活が行き詰まるというのだ。
 この状況を踏まえ、現役期の心構えとして「長期・積立・分散投資など、少額からでも資産形成の行動を起こす時期」と促す。資産形成を支援する具体的制度として、一定の税制優遇がある「つみたてNISA」と「iDeCo(イデコ)」の二商品に言及した。
 政府に対しては、二商品について運用益の非課税期間を無期限にしたり、利用可能な年齢の上限を引き上げるなど利便性の高い制度に改善するよう求めている。要するに自分で資産運用してお金を増やせ、ということなのだが、二商品はいずれも元本保証ではなく、損失のリスクがある。
 老後資金は年金の「公助」だけでは足りず、投資などによる「自助」が必要であると認めた報告書だが、金融庁市場課の小森卓郎課長は「年金について正面から議論をしてきたわけではなく、あくまでも主眼は資産形成ニーズにどう応えるかに置いている」と説明する。
 報告書に書かれている内容は妥当なのか。経済評論家の山崎元氏は「昔から自助努力は必要だったが、大家族や労働人口が多かったため、注目されてこなかっただけ。資産形成の自助努力を考えようという問題意識は間違っていない」と語る。ただ、この方針が悪用される可能性もあるとして注意を促す。
 「人生百年時代という言葉は保険会社や証券会社、銀行がとても好きな言葉。老後の生活資金がなくなるという不安をあおり、金融商品を売り付けるのはマーケティングの常とう手段だ。報告書で示される平均の数字に惑わされず、自分の収入と支出を考えておく必要がある」

◆公的扶助「根本的に再考を」

 経済ジャーナリストの荻原博子氏は「『老後の蓄えが年金では足りないから投資して』と勧めるのは、金融機関の営業トークですよ。金融機関を監督する金融庁が勧めるって、とてもおかしな話では?」と疑問を投げ掛ける。
 投資は当然、もうかるだけでなく、運用に失敗すれば元本割れして損するリスクもある。金融庁の調べによると、昨年三月末までに国内二十九銀行で投資信託を買って運用した個人客のうち、46%が損をした。荻原氏は、こうした実態があるにもかかわらず、なおも金融庁が投資をあおる姿勢を問題視する。「国民に投資させるよう追い込み、手数料を得る銀行をもうけさせたいだけではないかと勘繰りたくなる」
 年金制度がこのまま運用されれば、今の四十代までは、年配の世代と比べて将来の受給額が目減りするとみられる。荻原氏はそれでも今、投資を始めることは勧めない。「投資は経済が好調の時に始めるのが良い。日本はまだデフレから脱却できておらず、現状ではリスクが大きい。デフレ下では現金の価値が相対的に高くなるので、まず借金を減らし現金貯金を増やしたほうがいい」
 では、今の年金制度を支える働き盛りの世代は、貯金を増やせる状況なのか。SMBCコンシューマーファイナンスの調査によると、昨年の全国の二十~四十代計二千人の貯蓄平均額は、二十代・百十六万円、三十代・百九十八万円、四十代・三百十六万円。ただ三十、四十代は今年一月時点での貯蓄が「ゼロ」と「一万~五十万円以下」と答えた人がそれぞれ二割強を占めた。
 貧困対策に取り組むNPO法人ほっとプラスの藤田孝典代表理事は「非正規労働者が多く実質賃金が下がっている現状では、今の生活が精いっぱいで全く貯蓄できないという人も多い。老後について国が『自助で備えろ』と言っても無理な話だ」と語る。日本は他の先進国と比べて住宅家賃や教育費が高く、若者や子育て世代の負担が大きい。「政府は若者らの負担を軽くし、自助で頑張れるような環境を整えるのが先ではないか」
 暮らしが厳しいのは年金を受け取っている六十五歳以上の世代も同じ。生活保護を受けたり、年金だけで暮らせず家族の仕送りに頼ったりしている人も少なくない。「国民は自助できる部分は既にやっている。そもそも年金制度は、国民と政府の間で信頼関係がなければ成り立たない。政府が自助を強調すれば、国民の不信は募り、制度が破綻しかねない」
 厚生労働省は今夏をめどに、五年に一度の年金財政検証の結果を公表する予定だ。荻原氏は「これまで年金制度改革で百年安心とうたったはずなのに、現状は給付水準がズルズル下がるなどし、全然安心できない。厚労省がこうした実態を総括し、国民に説明するべきだ」と語気を強める
 図らずも報告書が「足りない」と明かした年金に、若い世代が何年も保険料を支払う気になるだろうか。
 立命館大の松尾匡(ただす)教授(理論経済学)は「国民の老後の生活を公的な財政で保障するのは当然」とした上で、現在の年金制度の課題を挙げる。例えば、厚生年金で所得に応じて掛け金が高くなり、受け取れる金額も増える仕組みを挙げ、「国民の所得格差を認めてしまう面があり、公的制度としてよくない」と語る。
 日本は少子高齢化が進んでいるが、労働力人口の比率はほぼ一定で推移し、特にここ数年は増えている。働く女性や高齢者が増えたことが一因で、松尾氏は「年金制度であろうがなかろうが、働く人が生み出す財やサービスで、働いていない人の生活を支える仕組みは必要」と強調。「年金改革を含め、公的扶助のあり方を根本的に考え直した方がいい」と話す。
 (石井紀代美、中山岳)


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