戦争の怖さ薄れてないか (2014年5月15日中日新聞 われらの憲法)

2014-05-18 17:50:27 | 桜ヶ丘9条の会
<われらの憲法> 戦争の怖さ薄れてないか 

2014/5/15 朝刊

新聞記事のスクラップを見ながら「戦争の恐ろしさが薄れている」と話す松田芙佐子さん=津市で
 戦後に生まれた政治家が、集団的自衛権の行使に道を開こうとしている。安倍晋三首相は十五日に記者会見し、政府としての考え方を国民に説明するという。だが、戦争を体験した世代からはこんな声が聞こえてくる。「悲しみの上につくられた決まりごとを、悲しみを知らない人たちが変えてはいけない」。話を聞いた八十代のお年寄りたちは訴えた。「戦争への認識が軽くなってはいないでしょうか」-。

◆津市河辺町 松田芙佐子さん(84)

 「戦争」「改憲」-。新聞にそんな文字を見つけると、記事を切り抜いてクリアファイルにとじている。一ページ目にある二〇〇七年八月二十四日の記事の見出しは「風船爆弾 分からず兵器作り」。七十五歳の女性が語った学徒動員の体験が、少女のころの自分と重なった。

 あれは十四歳のとき。当時住んでいた三重県鈴鹿市の工場で、戦闘機の組み立てに携わった。米軍機による工場周辺への攻撃が激しくなると、空襲警報が出るたびに防空壕(ごう)に逃げ込んだ。逃げ遅れた工員が機銃掃射を受け、おなかに大きな穴を開けて地面に倒れた光景を覚えている。

 終戦の日、工場の広場で玉音放送を聞いた。本当は悲しむべきだったのかもしれないが、「もう時効ですよね」と言って、打ち明ける。「ああうれしい、って。これで死ななくてもいいと、心の中で思っていました」

 最近の記事の切り抜きには「集団的自衛権」の文字が増えた。行使容認を目指す政権の動きを伝えるニュース。首相を含めて容認に積極的な政治家は、自分よりもずいぶん若い戦後生まれの顔ぶれだ。

 「戦争体験者が減り、現実の戦争の恐ろしさが薄れている。日本の自衛隊は、この国を守るためのものです。他の国の戦争を手助けさせてはいけません」

 (加藤弘二)

◆愛知県西尾市 稲垣春雄さん(82)

 静かな語り口の中に強い決意をにじませる。「前のめりな政権に危機感を覚える。戦争の悲惨さを知る世代の一人として、今こそ声を上げたい」

 せんべい店の一人息子として育ち、尋常小学校を出てから終戦までの二年間は、農作業と軍需工場で働く日々だった。小柄な体。戦後は自動車関連企業で定年まで働いたが、戦争に勉強時間を奪われ、社会に出てから苦労した体験が平和を願う原点。だから、八十歳をすぎてもこう思い続ける。「若者が犠牲になる戦争は絶対に駄目なんです」

 もう一つ理由がある。子どものころ父親に言われ、戦地に向かった親戚や近所の若者に慰問文を書いていた。「十回手紙を出して、返事が来るのは一回あるかないか。多くの人が戦地で亡くなってしまった」。少年時代に積み重ねた悲しい思い出が、平和憲法への思いをさらに強くさせた。

 だからこそ、今の政権の動きに歯止めをかけたい。「自分は戦争で亡くなった人の思いも背負っているつもりです。自分一人になっても平和の尊さを訴えます」

 (藤原哲也)

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