週のはじめに考える 潮が引いた時にこそ (2020年3月29日 東京新聞)

2020-03-29 10:59:41 | 桜ヶ丘9条の会

週のはじめに考える 潮が引いた時にこそ

 「俺は強い」と普段から威張っているのに、質屋の旦那から「蔵にお化けが出るから見張りを」と頼まれた途端、怖気(おぞけ)をふるい…。

 この噺(はなし)、『質屋蔵』の熊五郎のように、平生はやたらに威勢がいいが、いざとなるとてんでだらしないという、どうにも憎めない人物が落語にはよく出てきます。

 慣用句で言えば、<メッキがはがれる>とか、その結果、<地金が出る>とか。何事であれ、平穏な時には見えにくい「本質」が露呈するのは、危機やピンチの時、ということかもしれません。

 米国の富豪で投資家のウォーレン・バフェット氏が、確かこんな言い方をしています。

 <潮が引くと、誰が海水パンツを履いていなかったか分かる> 

◆「無駄」でなく「ゆとり」

 今、世界は新型コロナウイルスの感染蔓延(まんえん)という、とんでもない引き潮に苛(さいな)まれています。死者は増え続け、人々の暮らしや経済も大混乱という点、ほぼ国の別はないのですが、特に深刻さが目立つのがイタリアです。感染者数は見る見る増えて九万人に迫り、死者数も九千人を超えています。

 要因の一つに挙げられるのが医療費削減。過去五年間で八百カ所近い医療機関が閉鎖されており、医師や看護師も設備も不足して悲鳴が上がっています。「医療崩壊」という怖い言葉も聞かれます。

 二〇一〇年代初頭の欧州債務危機以降、超緊縮財政を余儀なくされ、医療費にも大鉈(なた)が振るわれたわけです。

 政府としては、考え抜いて「無駄」を削ったつもりだったはずです。でも、満ち潮の間はそう見えていたとしても、今、恐ろしい勢いで潮が引いてみれば…。削ったのは「無駄」ではなく急激な変化の衝撃を吸収する「ゆとり」だったと気づかされておりましょう。

 ただ、潮が引いて見えたのは、そういうイタリアの姿だけではありません。

◆ポルタ・フォルトゥーナ

 少し前、テレビでこんな光景を目にしました。家々のバルコニーに人々が出て、みなで歌を歌っているのです。外出が原則禁止になる中、落ち込みがちな気分を変えようと、SNSで誰かが呼びかけたのだといいます。奮闘する医療従事者を称(たた)えようと、みなで一斉に拍手を送る場面もありました。

 彼(か)の国には、誰かがワインをこぼしたら、それを指で顔などにつけ「ポルタ・フォルトゥーナ」と言う習慣があると聞きます。直訳なら「幸運の扉」、まあ「幸運がやってくる」というおまじないみたいなものでしょうか。また、レストランでウエーターが皿を割ったら、励ましの意味で、客が一斉に拍手を送るという粋な風習もあるそうです。

 粗相も不運も前向きに-。あのバルコニーでの“合唱”や拍手はまさに、危機の時になって見えたイタリア人気質の素敵な<地金>のように思えます。一日も早いフォルトゥーナの訪れを祈ります。

 無論、幸運の到来を願うのは、わが国も同じ。特に東京での感染拡大は不気味で、爆発的感染が起きる可能性は消えていません。さまざま影響も出ていますが、最近一つ気になったのは、新卒者の内定を取り消す企業が出ているというニュース。今後の採用を大幅に抑制する、あるいはリストラに踏み切る企業が増えるのでは、という懸念も募っています。

 確かに、あらゆる産業が打撃を受けており、厳しい経営の見直しを迫られる企業も少なくないでしょう。先が見えない不安も生半(なまなか)でない。経営側の苦衷を察します。でも、ここは、せめて株価より雇用を、特に若者たちの未来を守るためぎりぎりの努力をしてほしい。「就職氷河期」の再来は何としても避けるべきです。

 昨今、ESGという言葉が市民権を得つつあります。いわば投資先の企業を選ぶ基準で、環境保護への取り組みを問う「E」=Environmentが話題に上りがちですが、社会的責任を果たしているかを指す「S」=Social、条理を弁(わきま)えた経営をしているかが問題となる「G」=Governanceも重要です。国連の「責任投資原則(PRI)」はESGの視点で投資の可否を決めるという“誓約”のようなものですが、日本を含め、世界中の名だたる企業、機関投資家が続々と署名しています。

◆ESGの「S」と「G」

 このコロナ禍、国民挙げて乗り越えようと必死になっている困難の時にあって、企業がどう振る舞うか。過度に防衛的になるのか、安易に利益や効率に走るのか、それとも、耐えに耐えて社会的存在としての責任を果たそうとしてくれるのか…。まさに「S」、あるいは「G」が問われているようにも思います。

 潮が引いた時、どんな姿だったか-。やがて潮が満ちた時にも、人々はそれを忘れないでしょう。

 
 

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