日本は「憲法停止状態」実質改憲進める政府(2015年5月2日中日新聞)

2015-05-04 08:13:08 | 桜ヶ丘9条の会
日本は「憲法停止状態」 実質改憲進める政府 

2015/5/2中日新聞

 大きく変質する安全保障をめぐる動きを直視すれば、この国はもはや憲法停止、事実上の改憲状態といえるのではないか。日米両政府は四月、集団的自衛権の行使を前提に日米防衛協力指針(ガイドライン)の再改定に合意した。憲法改正から国会での立法、外交合意という流れを逆向きに暴走しているといえる。こうした行政権力の専横の背景には、防衛畑の制服組、警察官僚の台頭が透けて見える。三日の憲法記念日を前に憲法の危機的状況を考える。

◆日本版NSC、秘密保護法…逸脱規定ばかり

 「現憲法は専守防衛が大前提だ。だが、新指針は自衛隊の活動範囲の縛りを取り払い、『防衛』にとどまらない活動も認めている。憲法九条の完全な無視だ」。慶応大の小林節名誉教授(憲法学)はそう言い切る。

 旧指針では朝鮮半島有事を念頭に置き、防衛協力の対象を「周辺事態」に拡大したが、再改定ではその制約も外した。日米両国は「アジア太平洋地域およびそれを越えた地域の安全のため主導的役割を果たす」と明記。日米安保条約の範囲を超えて、地球規模で軍事協力することになった。

 地理的な制約だけではなく、戦時の機雷掃海や日本の他国軍支援、国連平和維持活動(PKO)での日米協力も約束している。

 指針には法的拘束力はなく、条約と違って国会承認も不要だ。だが、重い。実際、一九九七年の前回の改定で盛り込まれた「周辺事態」という考え方は、九九年に周辺事態法として国内で立法化されている。

◆逆向きの手法強引

 あまりに強引すぎる手法と言わざるを得ない。専守防衛の原則を改めるなら、本来は国民投票を含む改憲手続きが必要。そこから立法化に進み、外交へというのが筋のはず。小林氏は「安倍政権は現憲法を無視して指針を再改定し、新指針を受けて、安保法制を整備する考えだ。そうして実質的な改憲を進めようとしている。主権者たる国民を無視したやり口だ」と非難する。

 実際、政府は今月中旬にも、安保法制の関連法案を国会へ提出する。成立すれば、米軍などへの後方支援が可能になる。また、紛争地での治安維持や駆けつけ警護も合法化される。

 その結果は十分に予想できる。NPO法人「ピースデポ」の塚田晋一郎事務局長代行は「自衛隊員が死傷したり、誰かの命を奪ったりする状況が起こり得る」とみる。「前線を孤立させるために弾薬や燃料、食料を輸送する後方支援部隊を狙うのは、古今東西変わらない軍事上の定石だ」

 治安維持も安全な業務ではない。検問や巡視が主な役目になるが、現地で敵対する勢力の自爆テロや襲撃の対象になりやすい。現にイラク戦争で命を落とした米兵四千人以上のうち、大半は治安維持活動中に亡くなったという。

 小林氏は「そもそも防衛という観点で考えたとき、自衛隊が日本やその周辺という範囲を超えて活動する必要はない。そこにとどめないのは、首相が海外派兵を可能にしたいから。憲法を停止状態にし、首相が自らの悲願をかなえようとしている」と批判する。

◆自衛隊と警察官僚

 現在の危機的状態を招いたのは、安倍晋三首相の政治信条や、対米追随外交も一因だろう。しかし、自衛隊の制服組、警察官僚の台頭も看過できない。

 指針の再改定以前にも、憲法の精神はないがしろにされてきた。二〇一三年にできた国家安全保障会議(日本版NSC)や、特定秘密保護法が典型例だ。

 日本版NSCは首相と官房長官、外相、防衛相で構成され、緊急事態に国の方針を決定する組織。事務局役の国家安全保障局の局長こそ元外務官僚だが、顧問会議には、元幕僚長ら制服組OBが名を連ねる。

 憲法六六条は内閣の連帯責任を定めているが、日本版NSCは「例外」。肝心なことは非常時に憲法を一部停止し、首相に権限を集中させる「国家緊急権」の導入を見越している点だ。現憲法には国家緊急権の規定はないが、自民党の改憲草案では、その新設が盛り込まれている。

 特定秘密保護法は、警察官僚主導で導入された。憲法の保障する国民の知る権利が大幅に侵害され、違憲訴訟も提起されている。

 この二つについて、日本体育大の清水雅彦教授(憲法学)は「ともに八〇年代の中曽根政権以来の保守派の悲願だった」と話す。

 双方を支えたのは自衛隊の制服組エリートと公安主流の警察官僚だが、ともに九〇年前後の冷戦体制の崩壊で、一時はリストラが取り沙汰された。だが、その後のオウム真理教事件や米中枢同時テロ、北朝鮮や中国の脅威論をてこに巻き返しを図ってきた。

 清水氏は「双方とも、国家を支える機関として発言権を強めた。制服組と警察官僚は首相の政治姿勢を利用し、日本の夜警国家化を進めている」と話す。

 戦前のように、軍事と治安の融合も着々と進んでいるという。「かつては防衛は自衛隊、治安は警察といった明確な役割分担があった。しかし、現在は全都道府県で、警察の特殊急襲部隊(SAT)と自衛隊が治安出動の共同訓練を実施しているような状態だ」

 政府内でも、彼らの台頭は目につく。九八年に創設された内閣危機管理監は歴代、警察官僚が務める。一三年には、内閣官房の安全保障・危機管理担当審議官に初の将官クラスが就任。国会では現在、背広組(文官)の優位をなくす文官統制の規定変更や、防衛装備庁の新設のための防衛省設置法改正案が審議中だ。後者は制服組の天下り先確保が狙いでは、という疑念がささやかれている。

 こうした行政権力の専横には、他にも複合的な要因がありそうだ。「政権交代が可能な二大政党制」が前提だった小選挙区制は機能せず、護憲体質が濃かった保守的な中間層の崩壊も著しい。

 憲法停止状態でも、今後とも改憲の動きは止まりそうにない。その一つの要因が、自民党の改憲草案にある軍法会議の設置だ。

 現憲法は軍法会議など特別裁判所の設置を認めていない(七六条)が、石破茂地方創生担当相は二年前、テレビ番組で自衛隊の出動拒否者を想定し、軍法会議設置に言明した。これはリアルな戦場と直結する指針の再改定と結びつく。

◆選挙でお墨付き

 映画監督の想田和弘さんは「自民党が政権の座についてから、衆参で二度の選挙があった。その結果、国民は自民党に政権を与え続けてきた。自民党の現行憲法無視の提案に消極的ながら、お墨付きを与えているといえる。安倍政権が勝手に進めているのではない」と指摘する。

 問われているのは国民自身が憲法をどう考えるかだ。「いまの流れを変えるためには、国民が自ら憲法を軽視して、自民党の提案を黙認してきた事実をまずは認めること。そこから出発しない限り、有効な手だては見つかりそうにない」

 (榊原崇仁、三沢典丈)