(リニア インパクト)コスト膨張、独の挫折
2014年1月6日11時34分朝日新聞
リニアを走らせ、挫折した国がある。
ドイツ北西部ラーテン村。さびた金属とコンクリートの長大な構造物のそばに、十字架がひっそりと立っていた。
全長32キロ。独が官民で開発を進めたリニア「トランスラピッド」の実験線だ。2006年、観光客らが乗ったリニアが時速約200キロで軌道上の作業車と激突。23人が亡くなった。
「リニアはドイツ人の誇りだった。未来の技術がここにあった」。カールハインツ・ウェーバー村長(62)は当時を振り返る。世界から観光客や科学者、政治家が訪れ、人口6千人の村に年15万人が試乗に訪れ、地元経済を潤した。
だが、開発は11年に終わり、実験線は今年から取り壊される。ラーテンは今、自然エネルギーを観光の目玉に別の未来を描く。廃虚となった実験線の近くには、高さ数十メートルの風力発電機が勢いよく回っていた。
□ □
磁力で浮く高速リニアの開発は、日独の一騎打ちだった。独政府は「技術大国の精神を世界に示す」と、1960年代から開発に着手。84年から実験線で走行を始めた。日本の研究者やJR東海の首脳も続々と視察に訪れた。2002年には第3の都市ミュンヘンで営業線計画が決まった。
03年、独は成果を出す。中国に技術を輸出。上海・浦東国際空港から市内を結ぶ約30キロで、最高時速430キロのリニアを実用化した。次なる目標は、独国内に営業線をつくりあげ、米国やカタールなどへ輸出することだった。
ミュンヘンの営業線は、ミュンヘン空港と中央駅の37キロを結ぶ計画。鉄道だと約50分かかり、「欧州で最も不便」と評判が悪かった。リニアなら10分。費用は独政府が半分、残りを州政府や開発に参加するシーメンスなどの企業が出すはずだった。
だが、計画は暗転する。
「建設費がとんでもなく高くなった」。ミュンヘン市都市開発計画局のステファン・ライスシュミット局長(61)は言う。独政府は当初、約2600億円と見積もったが、実際に建設会社が調べると、倍近い4800億円にはね上がった。
市街地を通るため、地下に深さ約30メートルのトンネルを掘ったり、火災などの非常時に地上に出る避難施設をつくったりする必要がある。その費用が高騰分の半分を占めた。騒音が大きく、防音設備も高くついた。
「詳しい需要予測をすると、乗客が年800万人以下と分かった。市内の路面電車より少ない」と、ライスシュミット氏。市は計画に反対の立場を鮮明にする。建設費や需要の情報を公開すると、すでに充実している鉄道網を活用し、高速化すべきだとの声が高まった。
そこに、ラーテンで実験線の事故が起きた。作業車が軌道上にあるのに、指令所が発車させた「人為ミス」で技術の欠陥ではなかったが、世論は悪化した。ミュンヘンでは住民投票で賛否を問うことになった。
反対の動きが盛り上がりをみせた08年、独政府は計画中止を発表。独政府は今回、朝日新聞の取材に「技術そのものに問題はなかった」と答えた。
ミュンヘン市はいま、高速鉄道で空港と中央駅を24分で結ぶ計画を進める。ライスシュミット氏は言い切る。「独鉄道のICEは時速300キロ以上に高速化し、リニアに優位性はなくなった。相互乗り入れもできないリニアは、欧州では終わった技術だ」
□ □
JR東海首脳は「東京や名古屋のような大都市が欧州にはない。そもそも需要がなかった」とみる。日本のリニアは心配がないと強調する。だが、全長の86%にあたる246キロのトンネルには、地盤が弱い南アルプスも含まれる。建設費を予定の5兆4千億円に収めるには、計画通り工事を進めることが前提となる。
リニアは技術開発に500億円超の国費が投入されるなど、公共性が高い事業だ。情報を公開し、議論を重ねた独の姿は、教訓となりうる。
〈常伝導と超伝導〉 独のリニアが採用した常伝導は、普通の電磁石で車両を浮かせる。コストは安いが磁力が弱く、浮く高さは1センチ。路面との隙間が狭く、高速走行で車両を安定させる高い精度が求められる。磁力を高めるには電磁石が大量に必要で、車体が重くなる。
超伝導は、強力な磁力を発生させる。JR東海のリニアは車両を10センチ浮かせ、地震で揺れても車両が路面に接触しにくいとしている。常伝導の磁石より速度が出るのも利点。ただ、手に入りにくい液体ヘリウムで零下269度に保つ必要があり、コストがかかる。
=おわり(この連載は、岡戸佑樹、宋光祐、立松大和、中野龍三、奈良部健、寺西哲生が担当しました)
2014年1月6日11時34分朝日新聞
リニアを走らせ、挫折した国がある。
ドイツ北西部ラーテン村。さびた金属とコンクリートの長大な構造物のそばに、十字架がひっそりと立っていた。
全長32キロ。独が官民で開発を進めたリニア「トランスラピッド」の実験線だ。2006年、観光客らが乗ったリニアが時速約200キロで軌道上の作業車と激突。23人が亡くなった。
「リニアはドイツ人の誇りだった。未来の技術がここにあった」。カールハインツ・ウェーバー村長(62)は当時を振り返る。世界から観光客や科学者、政治家が訪れ、人口6千人の村に年15万人が試乗に訪れ、地元経済を潤した。
だが、開発は11年に終わり、実験線は今年から取り壊される。ラーテンは今、自然エネルギーを観光の目玉に別の未来を描く。廃虚となった実験線の近くには、高さ数十メートルの風力発電機が勢いよく回っていた。
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磁力で浮く高速リニアの開発は、日独の一騎打ちだった。独政府は「技術大国の精神を世界に示す」と、1960年代から開発に着手。84年から実験線で走行を始めた。日本の研究者やJR東海の首脳も続々と視察に訪れた。2002年には第3の都市ミュンヘンで営業線計画が決まった。
03年、独は成果を出す。中国に技術を輸出。上海・浦東国際空港から市内を結ぶ約30キロで、最高時速430キロのリニアを実用化した。次なる目標は、独国内に営業線をつくりあげ、米国やカタールなどへ輸出することだった。
ミュンヘンの営業線は、ミュンヘン空港と中央駅の37キロを結ぶ計画。鉄道だと約50分かかり、「欧州で最も不便」と評判が悪かった。リニアなら10分。費用は独政府が半分、残りを州政府や開発に参加するシーメンスなどの企業が出すはずだった。
だが、計画は暗転する。
「建設費がとんでもなく高くなった」。ミュンヘン市都市開発計画局のステファン・ライスシュミット局長(61)は言う。独政府は当初、約2600億円と見積もったが、実際に建設会社が調べると、倍近い4800億円にはね上がった。
市街地を通るため、地下に深さ約30メートルのトンネルを掘ったり、火災などの非常時に地上に出る避難施設をつくったりする必要がある。その費用が高騰分の半分を占めた。騒音が大きく、防音設備も高くついた。
「詳しい需要予測をすると、乗客が年800万人以下と分かった。市内の路面電車より少ない」と、ライスシュミット氏。市は計画に反対の立場を鮮明にする。建設費や需要の情報を公開すると、すでに充実している鉄道網を活用し、高速化すべきだとの声が高まった。
そこに、ラーテンで実験線の事故が起きた。作業車が軌道上にあるのに、指令所が発車させた「人為ミス」で技術の欠陥ではなかったが、世論は悪化した。ミュンヘンでは住民投票で賛否を問うことになった。
反対の動きが盛り上がりをみせた08年、独政府は計画中止を発表。独政府は今回、朝日新聞の取材に「技術そのものに問題はなかった」と答えた。
ミュンヘン市はいま、高速鉄道で空港と中央駅を24分で結ぶ計画を進める。ライスシュミット氏は言い切る。「独鉄道のICEは時速300キロ以上に高速化し、リニアに優位性はなくなった。相互乗り入れもできないリニアは、欧州では終わった技術だ」
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JR東海首脳は「東京や名古屋のような大都市が欧州にはない。そもそも需要がなかった」とみる。日本のリニアは心配がないと強調する。だが、全長の86%にあたる246キロのトンネルには、地盤が弱い南アルプスも含まれる。建設費を予定の5兆4千億円に収めるには、計画通り工事を進めることが前提となる。
リニアは技術開発に500億円超の国費が投入されるなど、公共性が高い事業だ。情報を公開し、議論を重ねた独の姿は、教訓となりうる。
〈常伝導と超伝導〉 独のリニアが採用した常伝導は、普通の電磁石で車両を浮かせる。コストは安いが磁力が弱く、浮く高さは1センチ。路面との隙間が狭く、高速走行で車両を安定させる高い精度が求められる。磁力を高めるには電磁石が大量に必要で、車体が重くなる。
超伝導は、強力な磁力を発生させる。JR東海のリニアは車両を10センチ浮かせ、地震で揺れても車両が路面に接触しにくいとしている。常伝導の磁石より速度が出るのも利点。ただ、手に入りにくい液体ヘリウムで零下269度に保つ必要があり、コストがかかる。
=おわり(この連載は、岡戸佑樹、宋光祐、立松大和、中野龍三、奈良部健、寺西哲生が担当しました)