奇跡への絆

図師ひろき

国を引っ張る気概

2014年09月30日 22時01分32秒 | Weblog

 福祉保健部に乗り込みました!

 と書くとなかり鼻息が荒いように聞こえると思いますが、表面的には冷静に…でも内面は熱い気持ちをもって、部長室での要望活動に同行させてもらいました。

 宮崎県精神福祉連合会の役員の方々と定期的に県への要望活動を続けています。

  

 今年4月に精神保健及び精神障がい者福祉に関する法律(精神保健福祉法)の一部改正が行われ、徐々にではありますが精神障がい者にも手が差し伸べらえようとはしていますが、当事者や家族を取り巻く環境はまだまだ閉塞感に満ちています。

 今回の要望は7項目にわたり、本県の精神保健福祉行政の目指すべき内容が織り込まれていました。

 まず、精神障がい者は、障がい者基本法において、身体・知的障がい者と併記され、同等のサービスを受けることが明記されているにもかかわらず、身体・知的障がいと比較すると、その内容は歴然としています。

 具体的には、身体・知的障がいには医療費の助成制度がありますが、精神障がいにはありません。

 正確には、精神障がい者の精神科受診に関しては一部助成がありますが、それ以外の診療科は、身体・知的のような障がい者医療費助成制度は適応されません。

 また、JRや航空各社、船などの公共交通機関の割引制度も精神障がい者だけが対象外となっています。

 まずはこの生活に直結する2つの項目について強く要望しました。

 県内にも精神障がい者への医療費助成制度を実施している自治体があります。

 木城町です。

 また公共交通機関割引を導入している自治体もありますが、県内で住んでいる自治体で受けられるサービスが違うということは大変残念なことで、できることなら県が底上げを図り、県内どこに住んでいても同じサービスを受けられるように制度構築をすべきです。

 そもそもは、国が障がい者関係法令を整備しながらも、施策に関する予算措置を怠っていることがそもそもの間違いで、消費税率引き上げ後も障がい者の生活改善は全く図られていません。

 国の動向を待っている暇はなく、いつ来るともしれぬアベノミクス効果があったとしても、それが福祉施策向上に繋がるという保障はどこにもなく、故に県独自の判断力が求められているのです。

 国は、適切な向精神薬の使用の推進策を打ち出し、精神科における4種類以上の精神病薬を投与した場合などの処方箋料、処方料、薬剤料を減額するとし、今までの多量処方を抑制することにしました。

 このことは薬の副作用と考えられる精神障がい者の高い死亡率の改善に繋がると共に、国全体の医療費抑制にも一定の成果を上げると考えられます。

 が、薬を減らすならば、同時に薬が減ることに不安を抱く当事者及び家族へのサポート体制を拡充しなければならないことは火を見るよりも明らかです。

 が、国の施策は全くの片手落ちです。

 そこを補完する県でありたい!

 その補完のために、現在県では、障がい者差別基本法(案)の策定に向けての準備が進んでいます。

 民間団体からも県独自の差別解消法制定を望む声が寄せられており、今後具体的な政策を織り込んだ県条例が切望されています。

 国を待つのではなく、国を引っ張る気概を持ち、精神を含む身体・知的障がい者の政策先進県となるよう、これからも当事者と家族の方々と闘っていきます!


2巡目の国体に立ち向かう!

2014年09月29日 22時46分54秒 | Weblog

 9月定例議会もようやく中盤に差し掛かってきました。

 補正予算の委員会審議を終え、特別委員会の現地調査を実施しました。

 今回、私が属するスポーツ振興対策特別委員会は、県立小林秀峰高校にて小・中・高一貫による競技力向上に向けた取り組み内容について、そして高原町役場においてスポーツ選手の県内への定着のための職員採用特別選考枠について調査してきましました。

   

 まず小林秀峰高校は、新体操部(男子)とハンドボール部(男子)、ウェイトリフティング部(男子)が県の高等学校競技力強化推進校指定部となっています。

 現在、小林体操協会が中心となり、小学校から高校まで一貫指導体制がとられ、例年全国大会において優秀な成績をあげていますが、現場との意見交換の中から課題が浮き彫りになってきました。

 その1つに、指導教員不足があります。

 新体操男子を指導できる県内教員は、小学校では0人、中学校は1人、高校でも1人とまさに体操協会OBの協力なしには、競技力維持さえ困難な状況がありました。

 また新体操用フロアーマットは、県内で小林秀峰高校にしか設置されておらず、このマットも老朽化しており、現在破れているところをテープで応急処置して利用している状況でした。

 次にハンドボール部においても、一貫指導体制がとられているものの、監督近くの貸家で下宿生活をしながら競技している生徒の生活費負担が大きいことや、そのために県内の中学有望選手が小林秀峰高校に来ることができず、競技が続けられないという例がここ数年続いていることが明らかになりました。

 またハンドボール部の賃家は、もともとカラオケボックス店であり、そこを改装して利用しているということもあり、生活環境としても恵まれているとは言い難い状況であることが分かりました。

 小林秀峰高校をはじめ県内の、小・中・高校は2巡目の国体を見据えて競技力向上に取り組みを始めているにも関わらず、指導者育成から施設整備、そして財政支援策における各所に県の積極的支援策が必要であることを痛感させられました。

 高原町役場では、平成23年から職員採用試験において、スポーツ・文化・芸術などで、高校在学以降に全国大会以上の大会において3位以上の経歴を持つ方を対象とした特別選考枠を設けられています。

 この特別選考枠により、ウェイトリフティングで活躍された方を採用され、現在も職員兼現役選手、そして小林秀峰高校ウェイトリフティング部の指導者としても貢献していただいているとのことでした。

 ただ大会参加や指導者や審判員としての活動参加費用に対する補助制度はなく、活動が平日にかかる場合には有休消化となっている現状が分かりました。

 県内各種スポーツの競技力向上を計画的に図るためには、教育現場へに支援はもちろんのこと、選手や指導者に対する直接的支援策を整備しなければ、本人の努力や職場の理解だけでは明らかに限界があります。

 2巡目国体誘致に旗を掲げるには、知事をはじめとして議会としても予算配分の大幅な見直しをする必要があることを確信した現地調査でした。


雑感788

2014年09月28日 23時01分58秒 | Weblog

 明晰夢(めいせきむ)という言葉を知りました。

 ご存知の方もいると思いますが、明晰夢とは、夢を見ているときに夢の状態を自分の思い通りにコントロールできる夢のことのようです。

 イギリスの心理学者の研究によると、ほとんどの人は生きているうちに明晰夢を見る機会があるそうで、よく明晰夢を見る人は、1か月に1回程度見れるようで、また明晰夢を見る人の人口は19~37%もいるとのこと。

 さらに明晰夢を見ない人より、よく見る人の方が、現実の問題解決能力(洞察力)に優れているという研究結果も出ているようです。

 自分の夢をコントロールする力が、現実の状況において一歩離れて物事を見ることやよく考えること、そして知覚による証拠を見極める力と繋がることを研究によって導き出したとのこと。

 確かに、自分が夢に中にいることを自覚できるのであれば、客観性や現場認識力に優れていてもおかしくはなく、現実の状況においても常に大局的に物事が判断できるとも考えられ、イギリスの心理学者の研究成果もなんとなく理解できます。

 それでは、どうすれば明晰夢を見ることができるのか…調べてみました。

 まず眠る時、速やかに眠れるようになる事が望ましいようです。

 床に就いてからなるべく早く眠るために、眠る前に体の凝りをほぐす、足を温めて眠る、排せつや食事等を調節する、寝具を調整する、周囲で大きな音がしないようにするなど、眠りやすい条件を整えます。

 次に、夢を自覚したとき、そのことで驚いたり、あるいは怖がってはいけません。

 驚きや恐怖で心拍数が上がると睡眠状態から活動状態に移行し、目が覚めてしまいます。

 また思考を活発化させることなく、進行中の夢のイメージ形成にさからって周囲の様子を強いて変化させようとするなど、複雑な思考をしないようにします。

 目が覚めそうになると急速に周囲の像がぼやけてくるので、手近にあるものを夢の中で触ってそのままじっとしていると、うまく行けば目覚めずに、再び眠りが深くなります。

 そして周囲が再び視覚的な像を結ぶのを待ちます…

 このような訓練と慣れが「夢を自覚する」ことに繋がり、自覚できるようになり夢の中に自分や出来事に働きかけができるようになるようです。

 また二度寝をした際に見れることがあったり、夢日記を毎日付けることで再び同じ夢を見たときに思い出し、夢に留まりやすくなるそうです。

 あなたのコントロールしてみたい夢は、どんな夢ですか?

 もしかしてもう明晰夢を見れる力をお持ちでは??

 私は……


横石知二という師4

2014年09月27日 21時46分49秒 | Weblog

 木城町議会の常任委員会で上勝町を訪れたときの、横石さんのレクチャーは丁寧ではありませんでした。

 それもそのはずです…全国から無数の行政関係団体が彩(いろどり)事業の視察に押し寄せていたからです。

 私たちが訪問した時も、他に6団体が調査に来ているということで、案内役の横石さんのスケジュールは分刻み状態でした。

 「駆け足の説明となりましたので、彩事業のすべては伝えきれませんでしたが、事業内容を詳しく説明した本がありますから、あとはそちらを読んでください。」 

 私はすでに調査前に、本を購入して勉強していました…

 部屋を出て行かれようとした横石さんが

 「もし良かったら、彩の情報ネットワークから生産者が利用されているソフトなどが入っているCDがありますが、持って帰られますか?」

 私は即、食いつき

 「是非、購入させてください!」

 と手をあげました。

 「いいえ、無料で差し上げますよ」

 私は、彩事業の心臓部ともいえるシステムやソフトがもらえるなら、木城でも同様な事業ができるかもしれないとほくそ笑みました。

 横石さんは、私の浅はかな笑みを見透かしたかのように

 「あなたの町にも葉っぱはいくらでもあるでしょうから、このCDの中のシステムを使って、遠慮なくつまもの事業に参入してください。

 でも間違いなく、成功しませんから。

 なぜなら、私がいないから。」

   横石 知二

 カッコよすぎる!!

 それまでのレクチャーは、無表情のまま義務的に淡々と進められていたのですが、“なぜなら、私がいなから”と言われた片方の口角を少し上げて、度や顔をされた横石さんに、私は惚れました。

 男が男に惚れるとは、まさこういうことなんだと初めて実感した瞬間でした。

 戦国時代の武将や幕末の志士たちの生き様に学び、歴史的改革を成し遂げてきた政治家の功績は大いにリスペクトするものですが、成熟しきった日本社会の中では、なかなか理想とする政治家や行政マンには会えずにいましたが、とうとう出会ってしまいした。

 与えられた自分の職責をただ全うするのではなく、地域住民から慕われ、経済面も健康面も改善していくことは並大抵ではないことは、政治に携わり10年以上がたった今だからさらに深く理解できます。

 しかも田舎で、それを実現できている横石知二さんを私は追いかけていきます!

 そしていつか

 「なぜなら、私がいないから」

 このセリフが言えるような仕事をしていきます!


横石知二という師3

2014年09月26日 22時02分48秒 | Weblog

 「辞めちゃいかん!」

 「辞めさせたらダメだ!」

 「横石さんを辞めさせるなら、私たちも農業を辞めます!」

 「彩(いろどり)はまだ儲からんけど、俺たちみんなで応援するから一緒に頑張ろう!!」

 生産者から次々と声が上がり、横石さんの職場仲間からは大きな拍手が湧き上がりました。

 そして、男、横石知二は再度、彩事業の研究と市場開拓に没頭していきます。

 ある日、あることに気づかれます…

 “葉っぱとつまものは、同義ではない”

 葉っぱの質を向上させ、市場が求める品目と数量ををそろえ、安定供給することにより、他地域と差別化することにより、はじめて“つまもの”になるのだと。

 横石さんは、情報化に力を入れていきます。

 つまり、つまものの需要量を把握し、それを生産者に適宜伝える情報ネットワークづくりに努め、1992年からは町の防災無線を活用し、市場から来た注文をファックスで農家に一斉送信するようにしました。

 その後さらに進化し、高齢者でも簡単に操作できるソフトを開発し、農家に専用パソコンを貸出し、注文状況や翌日の出荷情報を提供することを始めたことに加え、各農家の売上高や売り上げ順位を提供し、農家の意欲を鼓舞することにも成功されました。

 「彩のおかげで生き甲斐ができました」

 「孫たちにおもちゃを買ってやれるようになりました」

 「彩で稼がんといかんから、病院に行かんようになりました」

 喜びの声が証のように、彩事業の売り上げは右肩上がりとなり、1994年には初めて1億円を突破し、1999年には第三セクターとして“株式会社いろどり”が立ち上がり、とうとう2003年からは売り上げが2億円を超えるようになりました。

 たった4軒から始まった生産者も、194軒にまで増え、中には年収2000万円を超える方もおられ、笑顔と健康を取り戻した上勝町は、高齢者医療費が大幅に減少するという副産物までもたらされることになったのです。

 さらに明日のブログに続きます…


横石知二という師2

2014年09月25日 22時17分52秒 | Weblog

 横石さんが、市場調査のためある料亭で食事をされていた時のことです。

 つい立の後ろ側で、何人かの女性が同じく食事をされていました。

 その女性たちから歓声が上がります…それは料理の美味しさに感動する声…ではなく、器の高級さに感嘆する声…でもなく

 「このもみじの葉っぱ、可愛いぃ!」

 「こっちの南天の実は、作り物かと思ったら、本物よ!すごい!」

 など料理に添えられているつまものに惹きつけられる黄色い声でした。

     

 “これだ!上勝は山に囲まれ、葉っぱの宝庫だ!”

 “勝負できる”

 横石さんは上勝町にとって帰り、葉っぱや花、枝などを出荷する“彩(いろどり)事業”を立ち上げられます。

 ここから魔法の快進撃が始まったのです………ではありませんでした…

 高齢者ばかりの生産者は、新規事業に取り組むことに消極的で、横石さんに呼びかけに賛同してくれた農家は、たった4軒でした…

 それでも横石さんは、農家の集めてくれた葉っぱを必死に売り歩きます…が、売り上げは伸びず、初年度は116万8930円しか売れませんでした…

 その後徐々に協力農家は増えていくものの、経費ばかりかさむ彩事業は暗礁に乗り上げ、横石さんには冷たい視線が浴びせられるようになります…

 魔法がかかりません…

 横石さんの表情は暗くなり、農家に頭を下げる日が続きました。

 そんなある日、とうとう横石さんは、事業不振の責任を取り、辞職することを決意します…

 辞表を手に、上司の部屋を訪れたその時…

 魔法がかかります!

 横石さんの辞職を聞きつけた生産者の方々が、職場に駆けつけられており、高齢者であふれていました。

 そして、辞職をしないよう、そしてさせないよう、横石さんと上司に直訴してくれたのです。

 集まっていたのは、横石さんが規格外の野菜を預かり、売っていた生産者の方々でした。

 魔法は、横石さんと生産者の方々に結ばれていた“絆”だったのです。

 ここからいよいよ上勝の快進撃が始まります!

 続きは明日のブログで…

 

 


横石知二という師1

2014年09月24日 21時55分07秒 | Weblog

 町議会議員の頃、常任委員会調査で徳島県上勝町を訪れたことがあります。

 ご存知の方も多いと思いますが、上勝町は葉っぱビジネス“彩(いろどり)事業”で地域経済活性化に大成功している町です。

 この上勝町の彩(いろどり)事業とは、料理のつまものとして使う葉っぱや花、枝などを出荷するもので、葉っぱの色の均質さや形、大きさなどの品質管理をし、顧客が求める品目を安定供給することで、2012年は約2億3000万円を売り上げています。

 葉っぱが2億円にもなるということは、まるで魔法にでもかかった出来事のようです。

     

 では魔法をかけたのは誰なのか?

 それは私が尊敬する「横石知二」さんです。

 横石さんは地元農協職員でした。

 横石さんは、日頃から農家を回り、営農指導の傍ら、農協に出荷できなかった規格外の農作物を集め、それを住宅地に持っていき、販売し、売り上げ金を各農家さん届けるという活動をされていました。

 ほとんどが高齢者である生産者は

 「お小遣いがもらえるようで有り難い」

 と横石さんの甲斐甲斐しい働きに感謝されていました。

 上勝町はかつて人口6000人を超えていましたが、2013年には1859人となり、高齢化率は49.4%になっています。

 林業とミカン栽培の町でしたが、林業は安い輸入材に押され、みるみる衰退…

 1981年には異常寒波でみかんがほぼ全滅するという大打撃を受けてしまいます…

 そこで地域経済を支える新たな特産品の開発を託されたのが横石さんでした。

 横石さんは自己資金で市場調査を重ねられます。

 商圏である関西地方の小売店から量販店、飲食店などをこまめに回り、ニーズを探しているとき運命的な出会いに遭遇します。

 上勝町に魔法をかけることになった、その運命の出会いとは…

 明日のブログでご紹介します…


雑感787

2014年09月23日 23時04分53秒 | Weblog

 中学時代は野球部でした。

 と同時に合唱部にも所属していました。

 歌が得意であったわけでもなく、上手かったわけでもなく、ただ声が大きかったからです。

 音楽の先生から入部をすすめられ、野球を優先することを認めていただき、合唱の練習にも顔を出すようになりました。

 男子パートはには私を含めて5人しかいませんでした。

 それでも目指すは、NHK合唱コンクール県大会出場!

 今のように校舎に空調設備はなく、寒い冬はまだしも、夏の暑い日に声を出し続けることはかなりの体力と気力を要しました。

 夏休みの練習では、歌いながら貧血となり倒れる女子が出るほどでした。

 男子パートのまとまりは良く、それぞれ他の部活動からかき集められており、体力自慢の個性派ぞろいでした。

 特に男子パートリーダーになってくれた彼は、当時の歌謡事情にも詳しく、練習の合間に当時のヒット曲を振りつきで披露してくれたりして、合唱部全体を明るい雰囲気にしてくれていました。

 付いたあだ名は“マッチ”でした。

 母校は小規模学校ということもあり、女子のソプラノ、アルトパートとも10名程しかおらず、声量不足を補うために一人ひとりがしっかり声を出すことを心がけ練習を重ねていきました。

 そして合唱コンクール児湯地区予選当日・・・

 出場校のうち最大部員を有するのは高鍋西中学校で、倍以上の部員数に加え、ソプラノパートには見るからにオペラ歌手のような中学生とは思えないほどの声量の持ち主がいました。

 本番では委縮することなく、目をしっかりと開き、頭のてっぺんから声をだし、先生の指揮棒にすべてを集中させました。

 そしていよいよの結果発表・・・

 「NHKコンクール児湯地区代表校は・・・・・・・・・高鍋西中学校です」

 “やっぱりか・・・”

 その瞬間、うちの女子には泣き出す子もいました。

 次の瞬間、奇跡が起こりました!

 「そしてもう1校、木城中学校」

 “えっ”

 一瞬、時が止まったのちに、女子の流していた涙がうれし涙にかわり、みんなで飛び上がって喜びました・・・

 合唱部の思い出はここまでで、県大会でも出来事はほとんど薄れてしまっています。

 それだけインパクトのあった

 「そしてもう1校は、木城中学校」

 でした・・・今でも同窓会で合唱の話になると、繰り返される青い思い出です。


雑感786

2014年09月22日 23時12分22秒 | Weblog

 昨日の余韻が覚めないので、思い出のジェットコースターについて語り、乗った気分でストレス発散したいと思います。

 九州内の遊園地といえば、熊本県の三井グリーンランド、大分県の城島後楽園遊園地、そして福岡県のスペースワールドでしょう。

 三井は恐竜コースターや立ったまま乗る風神雷神、宙吊りコースターの仁王等も有名ですが、やはり垂直落下が味わえるメガトンがお勧めです。

 城島といえば、やはり木製ジェットコースターのジュピターでしょう。

 比較的長いコース設定でもあり、速さや斜度はノーマルですが、木製ならではのギシギシきしむ音がハラハラ感をあおります。

 何よりジュピター全体の外観が、まるでお城のようで、その存在感は別格です。

 スペースワールドといえば、タイタンです。

 このジェットコースターの優れているところは、自分の乗りたいポジションに必ず乗れるという点です。

 スリル満点の先頭に乗りたければ、そのレーンに…最大重力を感じたければ最後尾レーンに並んでいれば、順次乗れるので何回乗っても希望の席に乗れないということはありません。

 私の経験上、国内ジェットコースターの中で双璧をなすのは…

 山梨県富士急ハイランドの“FUJIYAMA”と長島スパーランドの“スチールドラゴン”です。

 FUJIYAMAは、ファーストマウンテンを駆け下りて停車するまでの間、あきることのないコース設定で、特に停車時はスロースローで止まるのではなく、かなりの衝撃を伴うので注意が必要です。

 ドドンパや高飛車が登場するまでは、高さ、速さ、斜度とも日本一の三冠王と記憶しています。

 スチールドラゴンは、絶叫マシーンがずらりと揃う長島スパーランドにおいても横綱的な存在です。

 コース距離も長く、最初から最後まで心置きなく絶叫でき、停車時の消費カロリーは100キロカロリーにも達する程でしょう。

 このビック2以外にも、東京都の豊島園、東京サマーランド、神奈川県の八景島シーパラダイス、栃木県の那須ハイランドパーク、三重県の志摩スペイン村などにもビックコースターがあり、一発ストレス発散できる優れものがデンと構えています。

 また忘れてならないのは、東京都の花やしきや宮城県の八木山ベニーランド、福岡県の香椎花園、鹿児島県のダグリ岬遊園地、そして宮崎県のETOランドやフェニックス動物園にあるご当地コースターで、そこでしか味わえるノスタルジックな喜びも私は大好きです。

 繰り返しになりますが、私もジェットコースター情報のほとんどは10年以上前のものなので、現存するかは定かではありません…

 やはり現地調査の必要があります。

 それも子どもが一緒に乗れるようになるまで我慢です…


雑感785

2014年09月21日 23時37分02秒 | Weblog

 自称“ジェットコースターマニア”です。

 国内はもちろんのこと、海外でも遊園地に行くチャンスがあるときには、まず絶叫マシーンへ走ります。

 マニアと言っておきながら、ここ10年はほとんどジェットコースターに乗れていません…

 テレビで絶叫マシーンが紹介されるたびに、わくわくするとともに、乗りに行く時間が創れないことに強いストレスを感じてしまいます。

 そのストレスを増大させる情報を入手しました。

 ジェットコースターのランキングに関する情報で、その順位の基準は、速さでも高さでもなく“斜度”でした。

 さあ!それでいってみましょう!

 国内ジェットコースター斜度ランキングベスト3!!!

 第3位「ザターン」スペースワールド(福岡県北九州市)。

 このジェットコースターは、高さ65mまで急高速で昇り、斜度89度というほぼ垂直に落下してきます。

 これだけ長い距離を一気に急降下するマシーンは日本には他にないそうです。

 続いて第2位は「ドドンパ」富士急ハイランド(山梨県富士吉田市)。

 とうとう来ました!斜度90度!

 さらにドドンパは、日本一早いジェットコースターでもあり、スタートからたった1.8秒で時速172kmに達し、垂直にそびえる高さ52mのタワー状コースを駆け上がり、落下してくるものです。

 その場に頭だけが置き去りにされて、体だけで疾走していく感覚が味わえるというからすごい迫力ですよね。

 そしてお待ちかねの第1位は「高飛車」富士急ハイランド。

 ドドンパに続き、富士急ハイランドからのランクインで、斜度もダントツの121度!

 90度を超えるということは、垂直よりもさらに深くえぐるコース設定になっていて、さらにさらに落下する寸前の場所で一時停止して強制待機させられるので、その間に超加速度的に恐怖心が増していくとのことです。

 スペースワールドにも富士急ハイランドにも行ったことはありますが、これらのマシーンが導入されるまえであり、3つとも乗ったことがありません…

 それだけ長く遊園地にも行けていないということになり、思えば思うほどストレスがつのっていきます…

 このストレスを解消するには、やはり乗って来る以外にないですね!

 ということで、いってきます!!

 なんちゃって…

 定例議会中です…

 来春は選挙です…

 子どもが大きくなってからになりそうな感じです…