今年の活動は、元旦の木城町成人式出席、そして高鍋町の舞鶴神社近くでの街頭あいさつから始まりました。
精力的に公務に走り回るとともに、各地で県政報告会やミニ集会を開催し、4月の選挙に備える活動も並行して行って行きました。
そのさなかに迎えた3月11日でした。
今でもはっきりと覚えています…
あいさつまわりの途中で立ち寄ったラーメン屋さんのテレビに映し出された津波が街をのみこんでいく衝撃的な映像に目を疑いました。
まるで映画を見ているかのような感覚に陥りましたが、次の瞬間!それが宮城県が襲われている映像だとわかると血の気が引きました。
大学時代を仙台で過ごし、第二の故郷でもある町並みが変わり果てていく状況を、ただ呆然と見ていることしかできず…
ハッと我にかえり、わかる限り東北の友達や知人に連絡をとってみたものの通じることはなく、2~3日してから少しずつ安否を知らせる連絡が入るようになりました。
容赦なく選挙までの時間は迫り、焦る気持ちと東北支援に入らなければならないとの葛藤の中でもがいていました…
そんな時、ようやく連絡のとれた気仙沼の仲間から
「お前はこっちに来てる場合じゃないやろが!こっちは俺たちがなんとかして踏み止まるから、お前は宮崎で頑張れ!頑張って宮崎から元気を送ってくれ!」
口蹄疫被災からの復興期にある宮崎の県議として、しなければならないことに最善を尽くすんだ!と熱くも温かいエールを送ってくれたことを今でもはっきりと覚えています。
それからはさらに火の玉でした!
辛く厳しい選挙戦ではありましたが、私を信じてくださる多くの方々に支えられ、はい上ががらせていただきました。
“恩返し”
この言葉を胸に刻み、動きつづけ、物おじすることなく発言を続けました。
そして公務の合間をぬって、2度宮城県を訪れ、現状をしっかり目に焼き付け、宮崎の防災政策に繋げるとともに、宮崎からの東北支援についてもできるかぎりのバックアップを続けました。
これからも続けます。
そしてまた明日、初心を忘れることなく街頭に立ちます!
私にとってこの一年は、人との繋がり、気持ちを強く持ち、信じることに進んでいくことの大切さ、そうまさに「絆」を体感しながらの一年でした。
支えていただいたすべての方々に心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
そしてこのつたないブログを、読んでいただき関心を持っていただいた方々にも感謝申し上げます。
ありがとうございました。
来年も“奇跡を待つより手をつなぎ”元気な宮崎を取り戻し、全国に勇気を発信して行きましょう!
私が大きく旗を振ります!
先日、家族で都城市山田町にあるパークゴルフに行ってきました。
風は少し冷たかったのですが、快晴で絶好のスポーツ日和でした。
年に何回かするゴルフでは、打つたびに右に左に大きく曲げて、ゴルフをしているというよりも、マラソンをしに行ってる状態に近いのですが、この日はパークゴルフ初心者の家族に、いっちょ前にスイングのレッスンをしてコースに出ました。
コースは54ホールほどあり、どのコースから回るか迷いましたが、一番起伏のあるコースから回りました。
はじめは力加減がわかりづらいのですが、2、3ホールも過ぎれば慣れてきて、ショートコースでは
「今度こそホールインワン出すぞ!」
と威勢はいいのですが、そんなにあまいものではなく、結局この日は誰もホールインワンしませんでした。
それでも18ホールを終え、結構いい運動になったと、私と親父は満足していたのですが、お袋が
「あと18ホール!今度は別のコースで行くよ!」
とすっかり気に入ったようで、私たちはお袋に引きずられながらも、健康的な時間を過ごすことができました。
帰りの車の中で
「こんな施設が、もっと近くにあればいいのに…」
という話になり、親父が
「木城にもパークゴルフ場を作る話があったっど…でも当時は全国的にまだ数が少なくて、町としても踏み切れんかったっとよ…」
とのこと…
帰って新聞を広げてみると
“青島パークゴルフ場完成”の記事が!
こどものくにに隣接し、総工費4億円かけ、年間約5万人の利用者を見込んでいるようです。
利用料が安く、何より3世代が一緒に楽しめるスポーツとして、今後ますます普及していくものと思われます。
県民の健康増進のためにも児湯にもう1つくらいパークゴルフ場があってもいいのではないかと思い巡らせながら、家族で談話していましたが、お袋はすっかりその気で
「近くにできたら、すぐ会員になって毎日でも通うわ!」
しばらくはパークゴルフ熱が続きそうです。
・がん罹患の将来予測 を展開しています。 現在、大阪府だけで約27000件のがん登録があり、成人病センターを拠点に、市町村、保健所、県健康医療部、医師会、そして医療機関が連携し、情報の共有とサービスの提供を一体となり取り組まれています。 宮崎におけるがん登録の取り組みは、まだ一部医療機関で行われている程度で、大阪府のように全自治体と連携して取り組むにはまだまだ整備しなければならないハードルがあります。 しかし、大阪のような大都市にできて、宮崎のような横の繋がりがしっかりと残る自治体にできないことはありません。 がん対策推進条例制定が、その原動力になるよう制定後の運用もしっかり注視していきます。 そして大阪府では、すでに条例施行されているのですが、そこに至るまでの経緯と、施行後の現況についても話を聞かせていただきました。 中でも第17条で、がん対策推進委員会を設置し、委員会のもとに12部会を置き、がんの部位ごとの部会から知事へ提言があがってくる組織が構築されていたり、受動喫煙防止の推進においても、官公庁、学校、医療機関、公共交通機関における全面禁煙化を推進するなど他自治体より一歩も二歩も踏み込んだ内容となっています。 また小・中・高校でのがん教育も実施されており、特に“がんカルタ”などを使った教育が行われており、その授業風景はマスコミにも取りあがられ、府民の関心も高まっているとのこと。 さあ!他自治体のがん対策を充分に吸収した、宮崎オリジナルの推進条例を策定し、県民の福祉向上に繋げていくために2月定例議会成立を目指し、しっかりと汗をかいていきます!!
県外研修最後は、大阪府立成人病センターにおいて、主にがん登録とがん対策推進条例の内容について研修させていただきました。
大阪府では1962年より“大阪府悪性新生物患者登録事業”を継続実施されており、人口動態情報や住民基本台帳を活用し、大阪府がん登録資料を作成して、
・検診をはじめとしたがん対策、がん予防活動の評価
・がん医療活動の評価
・がんの原因究明
・医療機関における対がん活動の支援など
広島から大阪にやってきました。 大阪府の堺市立病院にて、がん対策推進の取り組みと研修医確保の取り組みについて研修させていただきました。 堺市立病院における具体的がん対策として ・がん相談窓口の設置 などがあげられます。 がん相談では、専門医師、専門薬剤師、緩和ケア認定看護師、乳がん看護認定看護師、がん性疼痛認定看護師、皮膚・排泄ケア認定看護師、がん相談支援専門員、管理栄養士、そして医療ソーシャルワーカーがチームで、専門的かつきめ細やかな対応をされています。 またがん患者や家族にとって、より良い治療を受けたいと願うのは当然の気持ちです。 ただなかなか主治医とは別の医師に診療をお願いすることは、まだまだ宮崎では一般的になっているとは言い難い状況です。 宮崎県内の県病院においても、セカンドオピニオンに対する体制は整っていいるものの機能していない現実があります。 堺市立病院では、診察室などにセカンドオピニオンを促す案内を掲示したり、ホームページに診療科と担当医師を掲載するなどして、年間50~70件の利用者を受け入れいます。 もちろん受け入れるだけではなく、堺市立病院から紹介も行っておられ、関連医療機関との連携・協力体制もしっかりと構築されておられました。 他院からも外国人講師など優れた指導者を招請したり、感染症教育にも重点をおくなど、研修医に医師としての総合力を習得させる魅力あふれるプログラムがありました。 なにか1つでも2つでも3つでも宮崎に取り込めるようどん欲に動きます。
・セカンドオピニオンの利用促進
・禁煙外来の設置
・市民公開講座の実施
・がん患者会「ブランコ」の取り組み
研修医の確保に関しても、総合診療重視のプログラムを実践されており、実習主体のオリエンテーションの中に看護実習や夜勤体験、そして2年目の研修医に密着させ、研修医の仕事内容を肌で学んでもらうとともに、医師以外の医療スタッフがどのような動きをしているのかまで、しっかりと叩き込む内容となっていました。
広島県にやってきました。
広島では知事が自ら先頭に立ち「がん対策日本一」をスローガンに、数値目標を掲げ全県一体となり、がん対策に取り組んでいる姿がありました。
全体目標として
〇5年間で75歳未満の年齢調整死亡率10%減少
〇すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上
を掲げ、様々な事業展開をされています。
主なものとして、
“県庁内に「医療・がん対策部長及びがん対策課」の設置”
“たばこ対策推進事業”
“肝炎ウィルス検査・治療費助成事業”
“がん検診受診率推進事業”
“がん医療ネットワーク構築支援事業”
“緩和ケア推進事業”など・・・
宮崎でも取り組んでいる事業はあるものの、その総合的かつ一体的な事業展開にはかなり見習うべきものがありました。
なんといってもがん対策部長及び対策課を設置するところは、知事はじめ広島県の熱意の表れといっても過言ではないでしょう。
また今回の研修で新たな言葉というか、これも広島の熱意の表れなのでしょう・・・“広島からは「放射線治療難民」を出さない取り組みを実施する”という姿勢を目の当たりにしてきました。
これは今後増え続ける放射線治療が適応となる患者に対応できるだけの新たな物的資源と人的資源の投入を、個別の病院単位に任せるのではなく、基幹病院の機能の連携・集約化を図る「高精度放射線治療センター」を設置し、効率的かつ全県的な放射線治療ネットワークを創るというものでした。
また、がん検診受診率向上のため「がん検診へ行こうよ推進会議」を立ち上げ、民間企業・マスコミ・患者団体・行政など97団体による大型キャンペーンが展開されており、ここには地元の広島東洋カープの選手やOBの方々が全面協力され、受診率向上に一役かわれていました。
広島県とは財政規模が違いますが、財源を言い訳にしない宮崎オリジナルの対策事業をしっかり構築していきます。
先日は、委員長とともに会議室を飛び出して県内の関係機関に直接出向き、あらゆる角度からのご意見をいただいてきました。 また国内の先進地にも足を運び、より精度の高い条例とするために研修を積んできましたので報告をします。 まずはお隣の熊本県です。
いよいよがん対策の推進条例策定作業も追い込みとなってきました。
熊本では、平成19年に“がん対策推進計画”を策定し、特に県が主体となって取り組むことが必要な「がん医療」「たばこ対策」「がん検診」の3分野についてアクションプランを定め、推進しています。
中でも、がん患者及び家族の活動を支援する“がんサロン”の普及促進や運用コーディネーターをがん診療連携拠点病院に配置して、クリティカルパス支援事業などに積極的に取り組まれています。
私が特に関心を抱いたのは、がん患者と家族のQOL向上のために活動展開している“がんサロン”の内容です。
本県においてもがん治療に関する不安や悩みについては、がん診療拠点病院などで相談を受けてはいますが、がん患者同士が悩みや体験を語り合い交流のできる場がほとんどないという状況です。
熊本ではまず、がんサロンリーダー・サポーター養成研修を開催し、サロン立ち上げを支援する人材を確保し、県内各地でがん患者及び家族の交流会を実施し、県民にサロンの周知を図っています。
現在は、がんサロンリーダー・サポーター養成研修修了者数116名となり、県内に17箇所にサロンが開設されています。
いずれのがんサロンも患者・家族・医療機関・行政が一体となり、患者・家族の立場に立ったピアサポートの場を提供されており、今後ますます活動拠点を増やし、県内すべての地域をカバーできるように体制整備を進めていかれるとのこと。
宮崎においても、がん患者会はあるものの、行政との連携がとれているとは言い難く、何より患者会自体の数が少なく、とても県内を網羅するネットワークが形成されているとは言えません。
がん対策条例の中には、しっかりとがん患者と家族に対する支援策を織り込み、またその体制整備に伴う人材の確保など具体的な政策まで繋がるよう生きた条例にしていきたいと思います。
さて、この家は・・・
一見、普通の民家に見えますが・・・正解は
民家を改造した“ケアホーム”です。
一般には“託老所”と呼ばれる小規模高齢者施設です。
ケアホームは、グループホームとは違い、介護保険適応外である場合がほとんどで、入所費用や食事代などは基本的に自己負担となります。
介護が必要な方は、ヘルパー派遣を受けることができますが、その場合には介護認定を受けている方は、限度額内で介護保険を利用し、ホームヘルプサービスを受けることができます。
来年1月開設予定のケアホームの内覧会に参加させていただきました。
新富町の上新田地区にあった民家をリニューアルされ、地域の中にたたずむように開設されるケアホームは、通りがかっただけではそれと分かる人は少ないかもしれません。
それほど地域になじみ、家庭的な温かい雰囲気そのままのケアホームでした。
新富町の富田地区は、比較的高齢者施設が充実しているのですが、新田・上新田地域には高齢者施設がほとんどなかったために、地域の方々からも施設整備を望まれる声をたくさん聞いていたので、今回の開設は地域の願いが形になったものでもあります。
さらに敷地内には、訪問介護ステーションも設けられ、24時間体制でケアホームにヘルパー派遣されるとともに、地域で介護が必要な世帯にもホームヘルプサービスが行く届くことになりました。
しかしケアホーム運営に関しては、公的な補助がほとんどないのが現状です。
せっかく地域に福祉の拠点ができても、経済的理由で利用が困難にならなうよう行政的支援策を早急に検討する必要があります。
高齢者サービスは多様化し、一方では介護保険制度はすでに限界に達しており、新たな制度設計が求められています。
現場を知る議員として、改革を訴えていきます!
尾木ママで知られる、教育評論家の尾木直樹さんが一冊の本を紹介されていました。
それは1992年、国連の地球環境サミットでの行われたスピーチを文字におこした本です。
環境学者の専門的スピーチで、とても素人では理解できないものかと思いきや…
そのスピーチは当時12歳だったカナダの少女から発せられたものでした。
「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください」
子ども目線から、温暖化や生物の絶滅など地球環境破壊、さらには貧困国における深刻な飢餓状況が取り上げられているとのこと。
また大人たちは、ちらかしたら自分で片付けることや他人を尊重し、話し合いで解決することを子どもにしつけるものの、大人は矛盾していて“言動不一致”であることを鋭く指摘しているとも…
正解です。
子どもの純粋なものの見方には、損得やエゴはなく、真っ正面から正解を突き付けてきます。
大人の私たちは、言い訳というこそくな答えしか持ち合わせていない…
さらに少女は続けます…
「やとうと思えば、あなたにもできる!」
大人にはこれからの世代のために環境と資源を守るようにと、子どもたちには勇気を出して声をあげるように心から語りかけていきます。
そして世界に向けて夢を語りかけた少女は、アメリカのイエール大学を卒業後、環境保護活動に取り組んでいるとのこと。
尾木ママも
「社会を変革するためには、自分たち一人ひとりから変化をおこして行かなければならないのです。」
と正解を示してくれています。
12歳の少女のスピーチのタイトルは
“あなたが世界を変える日”
だそうです。
少女の本を手にするまでもなく、今からでも始められることが必ずある。
地球の未来を、守ってていくのも破滅させるのも、私たち一人ひとりの手にかかっている。
これも正解だから!
午後からガールズコレクションを視察してきます。このイベント誘致に尽力された関係者の方々に心から感謝しますm(__)m宮崎から東北に元気を届けよう!!
by hiroki1969 on Twitter
続けて、3つの神事に参加させていただきました。
この時期は、祭事が多い時期でもあります。
高鍋町にある持田古墳群を守り、活かすためのお祭りが毎年行われています。
あいにくここ3年は雨に降られてしまい、神楽の奉納は近くの公民館で行われることになりました。
それでも地域の方々やボランティアの人たちが、一生懸命来客者を接待していただき、特に女性部が作られる煮しめの美味しいこと美味しいこと!
来年は、秋晴れの下での式典が開催されますように・・・
次は、木城町の比木神社の神事です。
こちらは前日の雨が残るのではと心配されましたが、屋外での催しものは滞りなく進んでいきました。
一番神楽の奉納の後は、地元の太鼓チームにより演奏があり、昼間は勢いある太鼓の響きが、夜のとばりの中では幻想的な響きにも聞こえ、観るものを釘付けにしていました。
釘付けにするといえば、中之又神社の神事です。
中之又神社は、木城町役場からさらに車で1時間ほど山奥に入ったところにあります。
地元の我々でさえ、1時間ほど要してようやくたどり着く山深い所ですので、夜に初心者の方が来られればあと30分ほどはかかると思われます。
途中、車が離合できない所が、何箇所もありますので、道を譲り合いながら進んで行くことが必要となります。
そしてようやくたどり着いた先には、温かい灯りがともり、いつも地域の方々が満面の笑みで迎えてくれます。
そしていつも思うことは・・・
“ここは神に近い場所”
ということです。
夜を徹して舞われる神楽は、山の暮らしを守る神への感謝の表れで、その神への真摯な想いが痛いほど伝わる神事に毎年感動しています。
しかし、神社を守る地域の方々のほとんどは高齢者で、まだこの地域に小学校があったときに山村留学をしていた卒業生たちが、この祭りに合わせて駆けつけてくれ、舞手の協力をしてくれていることもあり、祭りを続けられていますが、10年後は・・・
寒さに立ち向かい舞われる神楽を観ていると、つくづく
“この風景を守ることこそ政治の役割なのだ”
と強く思います。
この地域の声を代弁し、願いを叶えられるよう、最善を尽くします!