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薬師寺東塔の水煙

2019-03-06 | 日記
先日(2/20)の散歩の途中に立ち寄った花屋さんでその名と花びらの可愛さに魅かれ、思わずポケットの小銭を探り買って帰った「華さんご」。少し大きい鉢に植え替え日向に置いておくと機嫌よく落ち着いてくれたよう。その生育ぶりに驚くばかりだが、一雨毎に温かくなって全ての草木が大きな伸びをして動き出した様に感じる今日この頃である。
3月1日から10日まで薬師寺の国宝東塔の新旧水煙(白鳳創建水煙&平成新鋳水煙)が特別公開されるというので、こんな貴重な機会を逃すわけにはいかない。足よ頑張っておくれ!

  3月5日(火)
近鉄線西ノ京駅に降りた。
白鳳伽藍で受付を済ますと梅の花の香りが一面に漂っていて、顔を上げると沢山の紅梅・白梅が目の前に広がっていた。
2つの水煙が展示されている特設会場は人でいっぱいだった。戦国時代に焼失した西塔は昭和56年に再建され、東塔は薬師寺創建からの姿を留めているらしい。平城遷都が710年だから1300年経つわけだ。
平成21年から全面解体修理が始まり来年3月には修理完了とのこと。

本来の屋根と裳階、大小の屋根がバランス良く重なる三重の塔は明治の頃アメリカのフェノロサが「凍れる音楽」と称したというのは周知の通りである。
恥ずかしながら以前私は水煙に彫られた横笛を吹く飛天を表現しているのだと思い込んでいる時期があった。今はそのどちらでもいいような気がする。美しい笛の音が聞こえてくるような気がして・・・(笑)
私は透かし彫りされた飛天を間近に是非是非見たかったので、目の前に本物の水煙を見た瞬間胸がドキドキした。

        (画像はクリックすると拡大する)

薬師寺は680年天武天皇が発願し飛鳥の藤原京に造られたのを天武天皇はその完成を見ずに崩御され、皇后の持統天皇が引き継ぎ完成させたと聞いている。
心柱に被せられる擦管(さつかん)に薬師寺縁起が刻まれていて、その読み下し文も紹介されていた。へぇ~・・・ここに記されていたのか!と史実を知る感激の瞬間であった。
相輪の一番上に有る宝珠に納められているお釈迦様の仏舎利容器も展示されていて、飛天もさることながら相輪が塔の単なる飾りではない事に、また1つ感激した次第。
  
銅造鍍金(ときん)の水煙は400kgだそうだ。同じ形の4枚の板が十字形に組まれていて、1枚には3人の飛天が表裏に透かし彫りされている。一人は笛を吹き、一人は花籠を持って花を散らせている、一人は舞ながら天から降りてくる、合計6人。よって水煙には24人いるんだね。
周りの火炎の様なのは火災から塔を守るという意味で水をイメージしたい、と解説のお坊様の話であった。説明板には天衣(てんね)と雲を透彫していると書いていた。
カメラ撮影は自由存分にと許されていたので、大好きな笛を吹く飛天を撮りたく私も一生懸命だった。(笑)

会場設置のビデオを見た。平成の水煙が奈良時代の水煙と全く同じに鋳造された高岡の職人さんの腕、素晴らしきかな!錆びた色までも感慨深い。
高岡といえば、富山県の観光で雪をかぶった高岡大仏を見たことがある。
「私、高岡から見に来たんですよ。行けと言われてね。でも来て本当に良かったですわ。」と笑顔で突然話しかけられ、「そうですか、私も高岡大仏を見せてもらいましたよ。」「へぇ~。ありがとう。高岡大仏のすぐ近くに住んでいるんです。」知らない人とこんな会話をして、高岡に親近感を覚えた。(笑)

  西塔→    ←東塔の覆い屋   ←玄奘三蔵院 

新旧の水煙を納得するまで眺めた後、折角なので金堂の薬師三尊像は勿論、西塔内部や、2017年に復元された食堂(じきどう)の内部そして玄奘三蔵院伽藍にも足を運び、玄奘三蔵の像を拝顔し平山郁夫氏の大唐西域壁画を観た。ちなみに大唐とは中国の唐王朝、今の西安だよな。
ボランティアさんの説明を聞きながら観たので、以前に観た時よりも深い感動を覚えた。
ついでながら食堂の壁画「仏教伝来の道と薬師寺」は平山氏のお弟子さんが描かれたらしいが、作風は違っていたなぁ~。

お写経道場の前にある淡墨桜の咲く景を想像して薬師寺を後にした。