熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

文楽への関西旅・・・(2)JAL機窓から・羽田ー伊丹

2016年01月28日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   24日、大寒波来襲と言うことで、飛行を心配したが、晴天で、クリアな空模様のために、機内からの展望を楽しむことが出来た。
   最近、携帯に、大型カメラが苦痛になってデジカメながらかなり写りの良いSONYのRX100を愛用しており、これでなければ、小型のミラーレスを使っている。
   
   離陸時は、やや、霞んでいたが、木更津からの高速が一直線に、そしてその先に海ほたるが見えてきて、このあたりから、かなり、展望が良くなった。
   東京湾の南側を飛んでいるので、やや、遠くて、東京の街並みは、はっきりしなかったが、川崎から横浜方向は、展望が利いた。
   まず、川崎と横浜の写真だが、かなりクリアに見えている。
   首都圏でも過密な地域なので、殆ど全域が生活区と言う感じで、窒息しそうな感じである。
   
   
   
   
   
   

   富士が見えてきたが、東方向からガスがかかっている。
   前方右側の窓際の席に座ると、天候によるが、富士を遠望できるのだが、毎回、その姿が変っていて面白い。
   富士の手前の箱根や富士五湖あたりには、雲がかかっていて、見晴らしが良くない。
   この日は、富士山は、東面に雲がかかっているが、かなり、クリアで、宝永山の噴火跡もよく見えた。
   鎌倉に移り住んでからは、それ程、縁がなくなったわけではないのだが、よそ者には、富士山は特別な山で、見えると嬉しくなるのである。
   
   
   
   
      
   中部山脈や日本アルプス方向は、雲がかかっていて展望が良く利かなかったし、奇麗な雪を頂いた高山も見えなかった。
   静岡の西部から名古屋に近づいてくると、急に視界が広がってきた。
   3枚目の写真の中央の高いビルは、名古屋駅であり、その右方向の緑地が名古屋城である。
   知多半島や中部空港が、奇麗に見えた。
   
   
   
   
   
   

   名古屋湾を横切ると、三重県。
   四日市と津市が見えてきて、背後に、近畿地方の山々が見えてくる。
   遠くの方に、微かに、琵琶湖が一直線の帯状に見えてくる。
   
   
   
   

   最初の3枚の写真は、三重上空から琵琶湖方面を遠望したもので、上方のうっすらとした直線が琵琶湖である。
   三重県から奈良の上空に向かうと、宇治方面から、遠くに京都が見えてくる。
   白く光っているだけで、まだ、この時は良くは見えないのだが、雪を頂いた比良山系が見えるので、東側からは、その手前が琵琶湖で、その右手には京都があると言うことである。
   奈良がかなりよく見えている。
   雨で2割しか山焼きが出来なかったと言う若草山が、右手の白い山で、東大寺の大仏殿が5枚目の中央に微かに見えている。
   
   
   
   
   
   

   最初の写真は、中央の若草山の背後が、京阪奈の学園都市方向で、その向こうに伸びている街並みが京都である。
   生駒山を眼下にすると、もう、奈良の北部上空で、左手に大阪の街並みが広がる。
   淀川の向こうに天王山から三川合流地点、その先が京都で、高く比叡山が見えるが、雪をかぶっているのは、その北(左手)にある比良山である。
   写真の淀川の先の左手に濃く伸びているのが天王山で、その左の小さな緑地が石清水八幡宮の森で、その向こうが京都の街並みである。
   背後にあった巨椋池の巨大さが良く分かる。
   この三川合流地点は、阪急や京阪で通過すると地峡のように迫ってくるのだが、上空からみるとフラットな感じがして面白い。
   このあたりは、能や歌舞伎・文楽などの舞台になっていて、興味深いところでもある。
   淀川が見えると、大阪の上空に差し掛かり、北部の大阪の都市が一望できるのだが、緑地らしきものは殆ど見えず、完全に都市化されてしまっていて、私の学生時代とは、今昔の感である。
   北摂の街並みが見えるので、万博公園の太陽の塔も見えている。
   前には、大阪梅田などの上空を通過したので、都心部が写せたのだが、この日は、少し北側を飛んだようである。
   
   
   
   
   
   
     
   
   
   
   
   
   いつもは、機中で本を読んで過ごすのだが、この日は、窓から日本の姿を遠望していた。
   乱開発の爪痕が、沢山残っていて、ショックではあったが、幸か不幸か、バブル崩壊後の失われた20年のお陰か、昔ほど酷くなくなっていたのは救いであった。
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