熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

PS:ダロン・アセモグル「それ自体が労働者びいきにならなければ、民主主義は死滅する」

2024年06月26日 | 書評(ブックレビュー)・読書
プロジェクト・シンジケートのダロン・アセモグルの論文「それ自体が労働者びいきにならなければ、民主主義は死滅するIf Democracy Isn’t Pro-Worker, It Will Die」が興味深い。

   民主主義は、約束された成果が達成されていないため、先進国全体で危機に瀕している。中道左派と中道右派が、賃金停滞、格差拡大、その他の好ましくない傾向と密接に結び付いているという事実から、極右と過激派政党は恩恵を受けて勢力を拡大している。
   民主主義が、国民の支持と信頼を取り戻すには、より労働者寄りで平等主義的になる必要がある。というのである。

   論点を抄訳すると、次のとおり。
   世界中で民主主義がますます緊張し、権威主義政党からの挑戦が激化していることは、すでにわかっていた。調査によると、民主主義制度への信頼を失っている国民の割合はますます増えている。極右が若い有権者に浸透していることは特に憂慮すべきである。今回のEUの選挙が警鐘だったことは誰も否定できない。
   しかし、この傾向の根本原因を理解しない限り、制度の崩壊や過激主義から民主主義を守る取り組みは成功しそうにない。
   先進国全体で民主主義が危機に陥っている理由は、制度のパフォーマンスが約束された水準に達していないことである。米国では、所得分布の底辺と中間層の実質所得は1980年以降ほとんど増加しておらず、政治家もそれについてほとんど何もしてこなかった。同様に、ヨーロッパの多くの国では、特に 2008 年以降、経済成長が鈍化していて、最近低下傾向にはあるが若者の失業率は、フランスや他のヨーロッパ諸国では長い間、大きな経済問題となっている。

   西側の自由民主主義モデルは、雇用、安定、高品質の公共財を提供することになっていた。第二次世界大戦後、このモデルはほぼ成功したが、1980 年頃からはほぼすべての点で不十分であった。左派と右派の両方の政策立案者は、専門家によって設計され、高度な資格を持つテクノクラートによって管理される政策を宣伝し続けた。しかし、これらの政策は繁栄の共有をもたらさなかったのみならず、2008 年の金融危機の条件を作り出し、成功の痕跡をすべて剥ぎ取った。ほとんどの有権者は、政治家は労働者よりも銀行家のことを気にしていると結論付けた。

   民主主義が経済成長、腐敗のない政府、社会と経済の安定、公共サービス、格差の少なさを実現しているという直接的な経験を持つ有権者は、民主主義制度を支持する傾向があるが、これらの条件を満たさなければ支持を失うのは当然のことである。
   さらに、民主主義の指導者は国民の大部分の生活条件の改善に貢献する政策に焦点を当てているにもかかわらず、国民と効果的にコミュニケーションをとることに成功していない。
   民主主義の指導者は、国民のより深い懸念にますます無関心になっている。フランスの場合、これは部分的にマクロンの横暴なリーダーシップスタイルを反映している。しかし、これはまた、制度に対する信頼のより広範な低下、そしてソーシャルメディアやその他のコミュニケーション技術が(左派と右派の両方で)二極化した立場を促進し、国民の多くをイデオロギーの反響室に追い込む役割を果たしている。
   政策立案者や主流派の政治家も、大規模な移民がもたらす経済的、文化的混乱に鈍感であった。ヨーロッパでは、過去10年間で中東からの大量移民について国民のかなりの割合が懸念を表明したが、中道派の政治家(特に中道左派の指導者)はこの問題への取り組みが遅かった。それが、スウェーデン民主党やオランダ自由党などの反移民極右政党に大きなチャンスをもたらし、その後、これらの政党は与党の公式または非公式な連立パートナーとなった。

   先進国における共通の繁栄を妨げる課題は、AIと自動化の時代には、さらに大きな問題となろう。気候変動、パンデミック、大量移民、地域および世界の平和に対するさまざまな脅威が、すべて懸念事項となっている時代である。
   しかし、民主主義は依然としてこれらの問題に対処するのに最も適している。歴史的および現在の証拠は、非民主的な政権は国民のニーズに応えにくく、恵まれない市民を支援する効果が低いことを明確に示しており、証拠も非民主的な政権が長期的には最終的に成長を低下させることを示している。

   それでもなお、民主的な制度と政治指導者は、公正な経済の構築に新たな取り組みをする必要がある。それは、多国籍企業、銀行、および世界的な懸念よりも、労働者と一般市民を優先し、適切な種類のテクノクラシーへの信頼を育むことを意味する。グローバル企業の利益のために政策を押し付ける無関心な役人ではだめで、気候変動、失業、不平等、AI、そしてグローバリゼーションの混乱に対処するには、民主主義国は専門知識と国民の支持を融合させる必要がある。
   これは容易なことではない。なぜなら、多くの有権者が中道政党を信用しなくなっているからである。フランスのジャン=リュック・メランションに代表される極左派は、労働者への献身や銀行やグローバルビジネスの利害からの独立という点で主流派政治家よりも信頼性が高いが、左派のポピュリスト政策が本当に有権者が望む経済をもたらすかどうかは不明である。
   これは中道政党が進むべき道の1つを示唆している。彼らは、グローバルビジネスや規制のないグローバリゼーションへの盲目的な忠誠を拒否し、経済成長と不平等の低減を組み合わせる明確で実行可能な計画を提示するマニフェストから始めることができる。また、開放性と移民に対する合理的な制限の許容との間でより緊密なバランスを取る必要がある。
   議会選挙の第2回投票で国民連合に対抗して十分な数のフランスの有権者が民主派政党を支持すれば、マクロンの賭けはうまくいくかもしれない。しかし、たとえそうなったとしても、従来通りのやり方を続けることはできない。民主主義が、国民の支持と信頼を取り戻すには、より労働者寄りで平等主義的になる必要がある。

   以上が、アセモグルの主張だが、
   危機に瀕している民主主義を救済するためには、そのパフォーマンスに失望して信頼を失っている重要な担い手である労働者や一般市民の安寧と生活水準をレベルアップすることによって、中道政治の支配体制を取り戻す以外に道はない、ということであろうか。
   私が興味を持ったのは、ワシントン・コンセンサスを皮切りとした、そして、EUのブラッセル官僚に至る独善的強権的に民主主義の政策を操ってきたテクノクラートの政治経済政策管理が、資本主義の方向性を誤って民主主義を窮地に追い込んできたという強烈な糾弾である。
   国際機関や官僚機構の主導を許して、 高邁な哲学思想を欠いた為政者や政治家に支配されたリーダー不在の世紀末から今日にいたる政治経済社会体制が、民主主義を弱体化させてきたということである。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 総合病院でマスク掛け忘れて10分 | トップ | LIVE配信の株主総会を見た »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

書評(ブックレビュー)・読書」カテゴリの最新記事