日々是マーケティング

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「普通の会社になる」って、どんな会社になるの?

2013-04-01 14:35:02 | ビジネス
今日から4月。
企業だけではなく、国や地方の自治体でも「新社会人」を迎えた。

Yahooのトピックスでは、パナソニックの入社式を取り上げていた。
津賀社長の訓示が「普通の会社に・・・」と言うことだったようだが、その「普通の会社」って、どんな会社なのだろう?と思ったのだった。
おそらく津賀社長の言いたかった「普通の会社」というのは、「赤字経営では無い会社」という意味だったのでは?と、想像をするのだが、やや言葉足らずという印象がある。

産経新聞2012.10.31掲載「普通の会社ではない」パナソニック社長、巨額赤字に厳しい表情

確かに、今のパナソニックは薄型テレビなどの不振により、巨額赤字経営の状況にある。
でも、それは新入社員には関係のないコト。
巨額赤字を計上してしまったことに対して、新入社員達に言うとすればもっと他の言葉なのでないだろうか?
なぜなら「普通の会社」といっても、「どんな会社なのか判らない」からだ。
「赤字経営では無い会社」が普通の会社なのか?と問われた時、それだけで「普通の会社」と言えるのだろうか?
「巨額の赤字を出している」という点では、「異常な経営状態にある」と言えると思うが、だからと言って、「赤字経営では無い=普通の会社」だとは言い切れないはずだ。

例えば、赤字経営をしていない企業でも、社会から批判されるような企業は「普通の会社」だろうか?
監督官庁から業務停止命令を受けた金融会社であっても、「普通の会社」と言えるのだろうか?
おそらく、生活者の感覚から言えば「NO!」だと思う。
社会の一員として果たすべき責任を全う、初めて「普通の会社」と言えるのではないだろうか?

そしてこの「社会の一員として果たすべき責任」を全うすることこそ、とても難しいことだと思う。
何故なら、社会の変化は企業が思うよりも速く、生活者の意識変化に多くの企業がついて行けていない、と言うのが現状だからだ。

高度成長期の頃のように市場が未成熟の頃であれば、企業はモノさえ作ってさえすれば良かった。
生活者のことなど考える必要も無ければ、同業他社と同じようなモノでも生活者は満足をした。
ここ20年ほどは、「生活者の満足度」を満たす為に、他社との差別化に励んだ。
ところが「他社との差別化」が、生活者側から見た時判らない程の差別化になってしまった、と言うのが今だと思う。

そう考えると、「普通の会社」と言うことそのものの定義が、曖昧過ぎてわかり難くなっているのではないだろうか?
もし、津賀社長が「とても厳しい経営環境ではあるが、イノベーティブな企業に変わるために、君たちの力を貸してほしい」と話したのであれば、新入社員だけでは無くニュースを知った生活者も「パナソニックが、変わりはじめたのでは?」と感じ、大きな企業メッセージとなったはずだ。

目指すトコロは、「生活者から支援されながらイノベーティブな社会を創る企業」だと思うし、それがこれからの「普通の会社」だと思う。
そのために、津賀社長以下新入社員を受け入れたパナソニックの社員一人ひとりが、社会から応援されるビジネスパーソンに変わる必要があると思う。
それは何もパナソニックに限ったことではないのだが・・・。