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日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

元気なインド企業-FIFAのスポンサー-

2007-12-14 20:58:01 | スポーツ
日経新聞のWEBサイトにインドのIT大手サティヤム、FIFAスポンサーにという記事が掲載されている。
サッカーと言うスポーツのスポンサーに、インド企業がなったと言うことが経済新聞の国際記事として扱われる事に、違和感をもたれた方もいるかもしれない。

テレビ番組でも、ここ数年はスポーツの実況番組が多くなってきた(プロ野球は除く)。
「スポーツ=プロ野球」だった頃から見れば、その中継される競技の多さに驚かされる。
先週から今週にかけては、サッカー、柔道、フィギュアスケートなどの国際大会が目白押しだった事もあり、毎日どこかの局でスポーツ中継がされていたような状態だ。
制作費の割に視聴率を稼げない(?)ドラマよりも、確実に視聴率がある程度稼げるスポーツは、今や「キラーコンテンツ」となりつつあるのだ。

様々なスポーツの中で、世界的に競技人口が多いスポーツはサッカーである。
そのサッカーというスポーツの元締め(?)であるFIFAのスポンサーに、成長著しいインドの企業が名乗りを上げた。
それも、インドのお得意(と言っても過言ではないと思う)ITの分野での、スポンサーだ。
ここで興味深いのは、経済成長がインドと並んで著しいロシアなどの企業が、このような活動に熱心ではない事だ。
確かにFIFAのスポンサー契約には、1事業分野1社と言う決まりがあるのだが、イングランド・プレミアリーグに所属している「チェルシー」のオーナーは、ロシアの企業の社長さんが(評判はともかく)オーナーのはずだ。
「(成長著しい事業分野と)合致しない」と言うコトもあるかもしれないが、W杯の出場経験ももっている国、と言うことを考えればロシア国内でのサッカー人気は決して低いとは思えない。

今回のインドの企業・サティヤムがITサービス全般を行うというのも、珍しい気がする。
と言うのも、2002年の日韓大会、2006年のドイツ大会などでは開催国の企業が、ITサービス部門のスポンサーをしていた記憶があるからだ。
日韓大会の場合は、NTTとその関連会社、ドイツ大会ではドイツテレコムとその関連会社だったと記憶している。
その分野にインド企業が、契約金額数百万ドルと言う膨大なお金を投資して、スポンサーになるのには、南アフリカ大会での南アフリカ国内のITスポンサーが見つからないと言うこともあるのかもしれないが、やはりFIFAと言う巨大な組織のスポンサーになる事によって得られる「認知度のアップ」と、「実績と信頼=ブランド構築」と言う魅力があるからだろう。

現在、日本の企業ではソニーがパートナー企業として契約をしている。
とすれば、南アフリカ大会での記録は「ブルーレイ」と言うコトになるだろうし、その結果としてHDDVDとの規格競争(と言うか、規格市場)を、圧倒的に優位に進めることができるかもしれない。
少なくとも、「β対VHS」の失敗を繰り返したくないと言うこともあるのではないだろうか。
それほどまでに、FIFAのスポンサーになると言うコトは、認知度を上げるだけではない効果があるのだ。






オリンピック出場方法って?

2007-12-03 23:12:37 | スポーツ
来年開催される「北京オリンピック」の出場競技が、決まり始めている。
今日は、圧倒的な強さ(?)で野球がアジア枠1を獲得した。
野球ファンのみなさん、おめでとうございます。
野球の前には、男子サッカーU-22が出場を決めている。
確か、昨日までバレーボールがオリンピック出場をかけた大会が、開催されていたはずだ。

野球もサッカーも、予選があり勝ちあがった代表チームが出場するのだが、バレーボールはどうやら違うようだ。
大会の中継がテレビであると言うこともあり、新聞のテレビ欄を見ていたら試合が進むにつれ、煽りのコピーが変わってきたのだ。
そのコピーを読んでいたら、「あぁぁ~、結局男女ともバレーボールは北京に行けないんだ・・・」と、てっきり思っていた。
ところが、まだ出場するための大会があり、その大会で結果を残せばまだまだ出場のチャンスがあるらしいのだ。
とすると、あれほどまでに煽っていたテレビ欄のコピーは何だったの?と言う気になってくる。
それでなくとも、バレーボールと言う競技自体、次々とルールが変わり今や私の知っている(=アニメ「アタックNo.1」世代)とは、まったく異質のスポーツとなってしまったような印象すらある。

バレーボールのルール変更理由の一つには、テレビ中継しやすいようにと言う配慮(?)があったかららしいのだが、テレビ中継ありきのスポーツの割にはテレビで、そのスポーツの醍醐味が感じられないようになってしまった気がする。
そして、オリンピック出場のための大会が多すぎることで、ますます「この試合を見たい!」とか「応援しなきゃ!!」と言う気分を殺いでしまっているように思えるのだ。

もしかしたら、テレビ中継などがないホッケーなどのほうが、もっと面白いスポーツなのではないだろうか?と言う気もしてくるのだ。
日本ではメジャーではないが、世界ではメジャーなスポーツは幾つもある。
逆に、野球のように世界ではメジャーではなくても、日本や東アジア、北米で人気の高いスポーツと言うモノもある。
「世界に出場する」大会は、誰にでも分かりやすい方法のほうが、テレビ中継をするにしても応援する気になり、盛り上がるのではないだろうか?

「テレビ中継ありき」のスポーツより、「スポーツありき」のテレビ中継のほうが面白いのではないだろうか?
ただ・・・今回の野球中継は長すぎ!!と言う気はするが。
もっとスピード感のある展開でなくては、「世界の野球」へと発展していくのは難しいように思うのだが・・・。


無責任さを感じる人選-サッカー代表監督人事-

2007-11-30 22:09:48 | スポーツ
サッカー日本代表監督・イビチャ・オシム氏が倒れられてから、1週間以上となった。
除々ではあるが、意識も回復され始めているようだ。
と言っても、以前のようなお姿を見ることは叶わないと思うと、とても残念だ。
その後任として、日本が初めてW杯に出場した時の代表監督・岡田武史さんの名前が挙がっている。

先日、サッカー協会から発表された時、違和感を覚えたサッカーファンが少なからずいたのではないだろうか?
と言うのも、岡田さんの目指すサッカーとオシムさんの目指すサッカーが、まったく異質のモノだからだ。
人の思考は、日々変わっていくモノなので以前とまったく同じではないかも知れないが、これまで、岡田さんがJリーグの監督として指揮をとってきたチームのサッカースタイルからみると、オシムさんのサッカーは両極にあるように感じる。
ところが、サッカー協会からの発表には「継続性のあるサッカーができる」と言う理由を挙げていたことだ。

オシムさんのサッカーというのは、「攻撃的サッカー」だった。
そのため、選手が固定されたポジションに留まるのではなく、選手一人ひとりが、素早い判断力とチームとして統一された考え方によって、動いていかなくてはいけない。
欧州のサッカーで言うなら、スペインのバルセロナのようなチームのサッカーである。
それに対して、岡田さんのサッカーは「超守備的サッカー」だ。
とにかく、シッカリ守りを固めて失点をしないと言うタイプのサッカーだからだ。
日本が「世界の舞台」である程度戦うためには必要な戦術だと思うが、それでは勝てないと言うサッカーという気がする。

その意味で「両極にあるサッカー」を指揮してきた監督を並べて、「継続性」と言われても、違和感だけしか感じないのである。
それどころか、南アフリカの本大会までほぼ一任と言うことになるようなのだ。
評価委員会の設置などが考えられているようだが、この評価委員会と言う組織、これまで名を変え・姿を変え設置されてきた組織だったように記憶している。
過去に1度、協会と監督の人選で揉めたコトがあったくらいで、実質的な活動となると・・・???!なのだ。

本大会出場ができなかった場合、サッカー協会は岡田さんの力不足を指摘する前に、自分たちの任命責任をどう考えるのだろうか?
今の政治と重なって見える・・・。


オシム監督倒れる

2007-11-17 13:47:13 | スポーツ
昨日、サッカー日本代表監督・イビチャ・オシムさんが脳梗塞のために倒れた。
このニュースを聞いて驚いたサッカーファンは、多いことだろう。

日本代表監督に就任した時、「日本オリジナル」と言うコンセプトを打ち出した。
知っている方も多いと思うが、オシムさんの祖国は旧ユーゴスラビアだ。
しかしオシムさんは「私は、サラエボ人だ」と言うコトはあっても、国名を言うことはない。
それは、祖国を紛争によって失なったからなのではないか、と言われている。
オシムさんが生まれ・育ったサラエボさえも、かつてのような美しい町並みや冬季オリンピックが行われた会場などは、内戦によって跡形もなく破壊されてしまっている。
だからこそ、ナショナリズム的な思考ではなく、日本人の体格や思考を重要視した「オリジナル性」のあるチーム作りを目指しているのではないだろうか?

オシムさんが初めて日本に来たのは、1964年の東京オリンピックの時だ。
ユーゴスラビア代表FWとしての来日だった。
このときオシムさんは、「日本人の質の高いホスピタリティーに、とても感激した」と言っている。
その後、名将と言われるほどの実績を残しての来日だった。
日本代表監督就任に至る過程においては、川渕さんの暴走のようなコトもあったようだが、そのようなコトとは関係なく、オシムさんは淡々とそして熱心に「日本オリジナル」のサッカーを目指してきた。
ジェフ千葉監督当時から、試合後などのコメントはユーモアとシニカルさがあり「オシム語録」として、サッカーファンだけではなく様々な分野の人たちからも注目されてきた。
今でも、朝日新聞には「今月のオシム」と言うタイトルで、その語録が掲載されている。

冷戦時代でありながら、東西ドイツが一つの国として唯一参加した大会でもあった東京オリンピックは、オシムさんにとってもとても幸せな時代だったのではないだろうか?
その「幸せ」な時間を過ごすコトができた日本で倒れられたオシムさんのサッカーへの思いだけではなく、人や故郷に対する思いに私たちが応えることができるとすれば、オシムさんの目指したサッカーを体現するだけではなく、日本人の持っている質の高いホスピタリティーを戦火で苦しむ人たちに提供する事ではないだろうか?
アメリカ寄りの発想ではなく、「和を以って尊びとす」と言う社会思考を持った支援と言うことだ。

オシムさんの故郷であるサラエボは、第一次世界大戦勃発のキッカケとなった街でもある。
だからこそ、平和な日本社会の中でサッカーができる幸せを、十分感じ取って欲しいと思っている。
どうか、回復される事を!

ルールがあるからスポーツ

2007-10-15 22:46:29 | スポーツ
先日来から、話題になっている「亀田VS内藤」というボクシングの試合。
実際の試合は、見ていないのでどのような試合だったのかは知らない。
そもそも、ボクシングのルールそのものを良く知らないので、世間的に「問題の多い試合だ」といわれれば、「そうなんだ・・・」と思う程度なのだ。
そんな私がテレビのニュースなどで見て、「それは反則だろう!!」と分かるような酷い試合だったようだ。

その試合の処分が、今日決まった。
亀田家に対する処分が、厳しいとは思わない。
なぜなら「反則を積極的に促すようなトレナーやセコンド」だったからだ。
この処分が下される前対戦相手の内藤選手が、日本ボクシング協会に要望書を提出している。
その時「ルールがあるから、ボクシングなんです」という、趣旨の発言をしていた。

このコトバは、「的を得ている」というだけではなく、スポーツの基本的なあり方をよく現しているように思う。
ルールが無ければ、単なる殴り合いだろう。
それは、何もボクシングだけではないように思うのだ。
最近の大相撲を見ていても、「それは反則なのでは?」と思うような、取り組みがあった。
今モンゴルに帰国している朝青龍の取り組みに、その傾向が多く見られるように感じたのだが、「勝てば官軍」のような雰囲気があったように感じていた。
確かに横綱なのだから、強くなくてはいけない。
だからといって、反則ギリギリのような取り組みをしても良いのだろうか?
そういう問いかけをしたいのだ。

考えてみれば、亀田家も朝青龍も「ヒール役」のような雰囲気をもって、そのスポーツを注目させてきた。
それにメディアが便乗し、身の丈以上の(強い)イメージを作ってきたのではないだろうか?
大相撲の場合、「若貴ブーム」が去り観客動員が減ったところに朝青龍が登場した。
その当時の朝青龍は、本当に強かったのだと思う。
だからこそ横綱になれたのだろう。
しかし、その後の朝青龍の取り組みは横綱としての取り組みではなく、「勝つために何でもアリ」の取り組みになってしまったのではないだろうか?
ボクシングも以前のような人気は無く、他の格闘技にファンを取られてしまった。
そこへ「大口たたきのヤンチャ」という「キャラ立ち」している、亀田(興毅)選手が登場した。
取材をしたら一家揃って「大口たたきのヤンチャキャラ」亀田家は、テレビメディアのキラーコンテンツを特に持っていなかったテレビ局にとっては、飛びつきたくなるほど魅力的だったのではないだろうか?

「スポーツの魅力とは?」と考えた時、「フェアであること」は重要なコトだろう。
昨今人気の「「(スポーツ)王子」たちは、礼儀正しく・フェアな印象がある。
彼らを引き立てるための「ヒール役」は、必要かも知れないが、それはあくまでも「スポーツの土俵・ルールがあってのコト」だろう。
メディアも含め「ルールがあって、スポーツ」だということを、もう一度考える必要があるように思うのだ。

日本発スポーツブランド-オニツカタイガー-

2007-09-30 21:50:55 | スポーツ
今日の新聞各社が、鬼塚喜八郎さんの訃報を伝えている。
読売新聞などは、「アベベに靴を履かせた」という見出しまでつけている。

現在のスポーツブランドとして思い浮かべるのは、「アディダス」や「ナイキ」、「プーマ」といった、欧米のブランドだろう。
野球ファンであれば、「ミズノ」を思い浮かべるかも知れない。
それぞれのスポーツブランドには得意分野があり、「アディダス」や「プーマ」はサッカーと言うことになるだろうし、「ナイキ」はバスケットかも知れない。
その中で「アシックス」というブランドは、陸上競技全般と言うイメージがある。
そのイメージを創ったのが、「アベベのシューズ=オニツカタイガー」だったのではないだろうか。
その後「オニツカ」は同業者との合併などにより社名を変え、「アシックス」となったのをキッカケに、「オニツカタイガー」というブランドは姿を消してしまう。

その後も「アシックス」は、日本国内だけにとどまらず世界のトップアスリートに、シューズを提供しつづけ、日本国内だけではなく海外の多くの陸上選手が、履くようになった。
実際オリンピックなどの世界的な陸上スポーツイベントでは、多くのアスリートが履いている。
陸上競技に特化しているわけではないとは思うのだが、やはり「アベベが履いた」と言うコトが大きいのだろう、サッカーやバスケットなどよりも陸上競技のイメージが強いように感じている。
その意味で、日本発(初)スポーツブランドといっても、過言ではないように思うのだ。

最近では、「アディダス」や「ナイキ」などと同様に、「スポーツブランド」と言う枠を越え、「ストリートカジュアル」のブランドとしても若年層を中心に人気になりつつある。
その時のブランド名は、「オニツカタイガー」なのだ。
そして「オニツカタイガー」は、「アディダス」や「ナイキ」、「プーマ」などと同様に、世界中の若者たちに人気がある。
世界に通用する「スポーツブランド」であり、「ファッションブランド」でもあるのだ。

先だって長居で行われていた「世界陸上」では、日本勢は散々な結果に終わった。
しかし、鬼塚喜八郎」さんが創りあげた「アシックス」は、大活躍だった。
「オニツカタイガー」のように、世界の舞台で堂々と渡り合える日は、まだまだ遠いのだろうか?










スポーツ!スポーツ!!スポーツ

2007-08-22 20:52:50 | スポーツ
今日は、1日中スポーツの話題で持ちきりだ。
まず、甲子園では高校野球の決勝戦。
この夏の高校野球は、目立つ選手は余り見かけなかったように思うのだが、反面プロ顔負け!と言うプレーや逆転につぐ逆転や延長戦、劇的なホームランなどが数多くあったように思う。
それだけ高校野球のレベルが向上したのかも知れないし、これまでのような「話題優先・規定路線ヒーロー」が生まれにくくなってきているのかも知れない。
と言うのも、今回優勝した佐賀北など開幕前には話題になっていなかったように思うのだ。
そんなチームが優勝すると言うのは、どこか心地よい面白さを感じる。

そして、夜にはサッカーの試合が2試合ある。
A代表は、カメルーンと大分で。
北京オリンピック出場を目指すU-22は、日本サッカーの聖地・国立競技場でベトナムと対戦する(している)。
A代表の対戦相手・カメルーンと言えば、旧中津江村を思い出すサッカーファンも少なくはないだろう。
そして、地元開催と言うこともあり旧中津江村からは500人を越す大応援団を送り込み、カメルーン代表を応援すると言うことだ。
5年前の日韓W杯で、キャンプ地に選ばれたことをキッカケに中津江村とカメルーン(サッカー協会)とは、今でも様々な交流があるのだろう。
当時、様々な自治体がキャンプ地の候補として名乗りをあげ、参加国の多くが日本国内でキャンプを張った。
開催前の短期的なキャンプから開催期間中という長期間のキャンプまであったはずなのだが、今でも旧中津江村のように交流を続けている自治体はどれだけあるのだろう?
中津江村では、当時の村長さんだけではなく村民総てがカメルーンの公用語であるフランス語を勉強し、一生懸命に歓迎したという。
その高いホスピタリティーが、今でも深い交流の原点となっているのではないだろうか?
ただ・・・「大人の事情」があったとは思うのだが、何故A代表の国歌斉唱がタレントの山田優さんなのだろう?
あの調子っぱずれな、国歌斉唱で私などは思わずチャンネルを変えてしまったほどだ。
「国歌斉唱」をする人選だけは、いただけないコトが多い。
U-22のほうは、北京オリンピック出場をかけた試合ということもアリ、秋川雅史さんが歌われるようなのだが・・・。

もう一つ、「朝青龍問題」にも触れておきたい。
と言うのも、問題の本質がズレ始めているように感じるからだ。
元々この問題は「疲労骨折」などを理由に夏巡業参加を断ったのに、母国・モンゴルでサッカーに興じていた。と言うことだったはずだ。
プロスポーツの世界で「骨折」をした選手を、所属するチームなり団体が入院もさせず、そのままにしておくと言うことがあるのだろうか?
その点から考えれば、相撲協会や高砂部屋の対応に疑問を感じる。
そして「「骨折」と言いながら、サッカー(モンゴルと言うのは問題ではない)に興じた」と言うことに対しての制裁だったはずなのに、いつのまにか病名や治療、果ては(力士のサイドビジネスは、問題だとは思うが)朝青龍のモンゴルでのビジネスばかりが話題になってしまっている。
これでは問題のすり替えと言うか、問題の本質を見失っているのではないだろうか?
このような「問題のすり替え」や「本質を見失う」と言うことは、企業においても起きることだ。
何らかのトラブル・問題が発生したときこそ、その「本質」を見極め、問題解決に全力を尽くす必要があるのにも関わらず、枝葉末節のことばかり気にして場当たり的な対処をすることの危険性を、今回の「朝青龍問題」から学ぶ必要があるように思う。


アマチュアだからお金が必要?-プロ野球の裏金とアマチュア・スポーツの限界-

2007-05-29 22:32:00 | スポーツ
今日、西武ライオンズの裏金問題に一つの決着がついた。
「西武の高校生ドラフト上位2人剥奪」と言う処分になったようだ。
他にも、制裁金などが発生するようなのだが、西武ライオンズが裏金として支払ってきた金額からすれば、少ないような気がしないわけではない。
これで、プロ野球の裏金問題は一つ決着、ということで、プロ野球改革が進むのかは分からないが。

ただ、プロ野球はこれで一件落着かも知れないのだが、トバッチリと受けた?高校球児たちの「特待生制度」は一体どうなっていくのだろう。
そもそも、裏金とは関係のないはずの特待生制度を突然問題にした高野連は、一体何を目的としていたのか?
その答えの一つを、ある書籍が教えてくれた。
それが「アマチュアスポーツも金次第」だ。
ただ、読み進めているうちに、「アマチュアだからお金が必要」という気がしてきたのだ。

その顕著な例が、最近人気のフィギュアスケートだろう。
靴代やコーチ代など、年間で膨大な費用がかかる。
そのための経済的問題が、解消されない限りトップレベルの選手として活躍することができないのだ。
野球は、フィギュアスケート程費用がかからないにしても、草野球レベルで楽しむのでなければ、それなりの費用が必要となる。
すなわち、アマチュアでいる限り経済的負担の多さから、逃れられない状況が続くのだ。
例えアマチュアであっても、テレビCMなどに積極的に登場し、スポーツメーカーとアドバイザリー契約等によって、少しでも経済的負担を軽減させる必要があるのだ。
ところが、アマチュア野球の場合そのようなシステムがない。

「アマチュア」といえば、なんとなく「清廉なイメージ」」があるが、それは見ている側のイメージでしかない。
スポーツとビジネスを結びつけることに、抵抗感を持つ人は多いと思う。
だが、オリンピックなどの世界の舞台で日本選手が活躍するためには、アマチュアを含めたスポーツビジネスと言うモノを考えなくては、様々なスポーツ人口は増えることは難しい。
それは、メダルの期待もなくなってしまうことなのだ。



シッカリ者の10代アスリートとスポーツ振興

2007-05-22 23:12:15 | スポーツ
日曜日に史上最年少でプロのトーナメントで優勝した、石川選手が、母校で記者会見をした。
スポーツ新聞の記者だけではなく、ワイドショーや女性週刊誌の記者なども大挙した記者会見だったらしい。
それにしても、優勝したときのコメントも、今日の記者会見も高校生とは思えないほどシッカリとした言葉と内容、そして対応だった。

いまどきの若いモンは・・・案外シッカリしているのかも知れない。
そんな印象を与える10代アスリートが増えてきている。
「ハンカチ王子」こと早稲田の斎藤佑樹選手にしても、今回の石川遼選手にしても礼儀正しく、自分の言葉で自分の考えを堂々と話し、その態度が謙虚と言うのは、ご両親がシッカリしていらっしゃるからだろう・・・と、勝手に想像してしまう。
その中で、石川遼選手が「憧れのゴルファー」として名前を挙げた、タイガー・ウッズのお父様の言葉を思い出した。

タイガー・ウッズが、スタンフォード大中退と言うことは有名だが、スタンフォード進学を勧めたのは、お父様であったと聞く。
常々「プロゴルファーを目指すのではなく、大統領になるつもりでいなさい」と言っていたというのだ。
「ゴルフしか知らないプロゴルファーになるのではなく、人として尊敬されるような人になりなさい。そのためには勉学をおろそかにしてはいけない」と言うことだったらしい。
昨今のスポーツ・ステージパパ・ママには、耳の痛い話だ。

ところで、石川選手がアマチュアであったことから、その優勝賞金は2位の選手のものとなったらしい。
これから先、若いアマチュア選手がこのようなトーナメントに参加することを考えるなら、アマチュアだから優勝賞金を2位の選手に渡すのではなく、ゴルフと言うスポーツの振興策として使うと言う発想はないのだろうか?
ゴルフだけではなく、テニスなども世界タイトルの大会には10代のアスリートが、たくさん参加している。
もちろん、殆どがプロの選手なのだが、アマチュアが参加可能の国内トーナメントなどの場合、上位入賞アマチュア選手の賞金をスポーツ振興のために使うということがあっても良いのではないか。
少なくとも、今回の石川選手のような逸材を幅広く発掘し、育成するためにはゴルフ界全体の支援があっても良いのではないか?と思うのだ。

高野連と文科省

2007-05-09 23:00:52 | スポーツ
先日の「アンチエイジング」にコメントをいただきありがとうございました。
日本の場合(アジア全体?)、「若い=価値がある」という認識が、余りにも強すぎるように感じます。

高校野球の「特待生制度」については、今週発売の一般週刊誌などが盛んに取り上げている。
私などは単純に「プロ野球からの裏金問題が、どうして高校の特待生制度になっちゃうの?」という疑問だけが残っている。
高野連は「特待生制度=裏金」と考えているのだろうか?

今日、調べモノをしていて一つ気が付いたことがある。
それが、文部科学省HPのプロスポーツの振興だ。
記事を読んでいただければわかるのだが、文部科学省は既に「プロとアマの垣根は低くなっている」と考えている。
それどころか、プロスポーツの振興がスポーツ全体の振興に、繋がっていると考えている。
競技人口を増やすためには、プロスポーツ団体などと積極的に提携をし、裾野を広げる方針を打ち出しているのだ。
とすれば、今の高野連やアマチュア野球の団体とプロ野球の関係は、文部科学省の方針とズレているということになる。

今回の高野連の対応を見ていると、「高校野球の文武両道・品行方正・純朴」というイメージを崩したくないばかりに、「特待生制度」を悪者にし、プロ野球を批判しているように思えてくる。
多くの高校野球ファンは、「文武両道・品行方正・純朴」な高校生を見たいと思っているのだろうか?
「(炎天下)白球を一生懸命に追いかける姿」に、心引かれるのではないだろうか。

確かにプロ野球からアマチュアへの「裏金」というのは、問題だろう。
少なくとも、公正な選手獲得法ではないのだから。
しかし、メジャーリーグに移籍する選手が当たり前になりつつあることを考えれば、高野連もプロ野球と上手に連携(例えば、トレーニング管理法の講習会の開催)し、選手を育てることを考えたほうが良いのではないだろうか?
そして「特待生制度」の基準を明確にし、受け入れることで、野球と言うスポーツそのものの振興を考えるべきなのではないだろうか?

もう一つ感じたことは、文部科学省のスポーツ振興策というのは、Jリーグの理念や方針にとても近いということだ。
ここでも、野球はサッカーに遅れをとった思考で「俺たちの野球」という、自己完結化してしまっているということだ。
ロンドンオリンピックから、野球が外されることになってしまった時でも、アマ・プロ一緒になったロビー活動を展開していれば、少しは状況が変わっていたかも知れない(本当は、『野球発祥の国・アメリカ』が主にやるべきなのかも知れないが・・・)。
そのような反省も見られず、オリンピックの旗振り役の一つである文科省と大きく認識がずれ始めている高野連は、そのことに気づくべきなのではないだろうか?