日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
ここ数年は 主に楽器演奏🎹🎻🎸と読書📚

I'm watching YOU ~あ・な・た・を見つめてる(。。)

2012-07-05 11:33:44 | ショート ショート

 初夏にお届けするサスペンス劇場~

 

 千夏の派遣先の休憩所には、コーヒーメーカーが設置されている。家庭用の、あの、コーヒーメーカー。 その隣には、カラ箱を利用して誰かが手作りしたのだろう。「コーヒー一杯50円」と書かれた料金箱。 普段は精神障害者施設に勤務する千夏が更なる勉強の為、半年の期間限定でこの施設に派遣されたとき、最初に目に留まったものが、この原始的なコーヒーメーカーと料金箱だった。 ここにはコーヒーの他にもジュース類が冷蔵庫に常時保管されており、そのどれもが50円で販売されていた。 自宅用の冷蔵庫からドリンクを取りだして、手作りの料金箱に50円玉をポトン、と入れる。 今時、何処の職場の休憩室にも自動販売機が一台はあるだろう。 以前の職場には数台あった。 それが当たり前だと思っていた千夏にはかえって、この手作り料金箱も家庭用コーヒーメーカーも、小型冷蔵庫も新鮮に思えたのだ。

 千夏はコーヒーは全く飲まない。 最近、血糖値が気になり出した千夏は、ジュース類も避けるようにしている。 そんな千夏でさえ、この料金箱には惹かれた。 責任者に挨拶をするため この施設訪れた千夏が、最初に通された休憩室。 ほんの数分間待たされている間に千夏は、ここで働く人達の何かを感じとろうと、周囲をぐるりと見渡し、そして安心できた。 ここに勤務している人達は信頼がおける人達だろう。 そのことは、あの 段ボールの隅が凹み、多少くたびれかけた料金箱が何よりも物語っているではないか! 料金を入れたらドリンクが転がって出てくる自動販売機の方が、どれだけ便利で確実だろう。 清算は機械が間違わずにしてくれる。 何より面倒なことはない。そんな時代に あえて 手作りの料金箱を置いているのだ。 不正や誤魔化しなんて、到底あり得ないと信頼がある場所であるからだ。 千夏は誰も居ない休憩室でにっこりとほほ笑んだ。 心の底からあったかくなるのを感じる。 研修先に選ぶとしたら、ここしかない、千夏の心に誰かが語りかけてきた。 それは、日頃から仕事の合間に一杯のコーヒーをすすり、50円玉を入れ続けているスタッフ達かもしれないし、あの箱を作った人かもしれない。 もしくは 多くのスタッフを見つめ続けてきた、あの箱、そのものなのかも。

 責任者と初顔合わせの時点で、千夏は言った。 「是非、ここで研修させて下さい」と。 あとは すべてが順調だった。そう、あの日の午後、たまたま彼女と目さえ、合わせなければ…。 

 終礼後、バックを片手に更衣室から出てきたばかりの千夏は、同じく仕事を終え、休憩所に居たスタッフと向かい合った。 千夏の目線真っすぐには、女性スタッフの顔があった。 そう、千夏が見ていたのは、彼女の顔だけ。 「お疲れ様でした…」と言いかけた千夏が耳にした台詞は、「あっ、今、私、5円を入れたっけ?」だった。 一瞬、何のことだか千夏には分からなかった。 「5円…入れたっけ?」 の意味がようやく飲み込めたのは、彼女が あの料金箱の底を開いて、中身をジャラジャラと触っていたからだった。 どうやら5円玉が見つかったようだった。 そして50円玉と入れ替える…。

 この時になって、千夏は複雑な思いを抱えたまま 無言でその場を立ち去った。 あの料金箱が きっと泣いている。 そして 思い起こすのだ。 千夏はあの時、料金箱にお金を入れる手元を全く見てはいなかった。 だから、 「私、今、5円、入れた?」と彼女の行動を問われても答えられる術がない。 なのに 何故 彼女は彼女自身が本来気付かずに誤ってしたことを確信していたのだろう。 50円の代わりに5円を入れたのだと? それは勘違いしたからではないか。 千夏に見られていたと。 何も見てはいなかったのに。 そもそも あの料金箱の存在そのものが 信頼がおける人達の職場という証明だった筈なのに。

 それから数カ月後、あの料金箱の回りには人が数人集まっていた。 「料金が合わない」と話し合っているようだった。 新参者の千夏は、とても嫌な思いがしたものだ。 まるで千夏が来たことで料金が合わなくなったかのようではないか。

 その後、料金箱は 飴玉入れのカンカンになった分、丈夫になったし、中身も見えるようになったので、5円と50円を入れ間違えることなど、もう起きないかのように思えた。 

 だが、違った…。

 誰かが100円の代わりに 1円玉を入れたらしい。 昨日は大雨で、千夏はいつもより15分早目に自宅を出た。 雨でびしょ濡れになることを想定し、着替え一式準備して行ったのだ。 案の定、衣服は濡れ、汗が滲みトイレで全て着替えた。 休憩室へ向かったのはそのあとだった。 歩いて出勤し、蒸し暑い朝。 喉が渇いたので100円玉を1つ、入れる。 千夏が覗いたとき、そこには確かに1円玉が見えた。 しかし、気にも留めなかった。 誰かが1円を おまけ” で入れたのだろうくらいにしか考えが浮かばなかった。 いや、実際には目に映ってはいても、深く考えなかったのだがー。

 あとになって、円陣を組み、1円玉ト100円玉が話題になっているところを通りかかって ようやく朝の光景を思い起こした。 「多分、○○さんよ…」 この ○○さんが 千夏の名前に聴こえたようだったのは、気のせいか。 「私、見ましたよ。1円玉。 しっかり覚えてるんだから、私が間違って入れたってことはない… そう言えたら良かったのに。 そうは出来なかったのは、あの日、手作りの箱に感じた信頼は唯の妄想だったと悟ったからだった。 そこには あの日の 5円の彼女も居た。 その時、千夏が何を思ったか… 疑う ことは、疑われることと同じくらい気分が沈む。 

 信頼の箱が 今では 泣きながら語りかけている。 

「I'm watching YOU」 ~あ・な・た・を見つめてる~ そう、自分の良心を見つめて生きて行かなきゃ…

 

 「イギリスの ある調査によると、料金箱を設置すると、約半数も在庫と料金が合わなかった。 それが、 あることをすると劇的に改善されたらしい。 そのあること、とはー。 I'm watching you! とキャッチコピーを書き、一つ目のイラストを置いたことによる。 人から見られている! と意識すると、人は正しいことをしようとすることの現れである。

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