golf130のクラシックお笑い原理主義

オッサンのしがない日常や妄想話とその日聴いた音楽。

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ドルシェツキー「ティンパニー協奏曲」

2008-02-29 07:44:07 | Weblog
今日は変わり種協奏曲です。ドルシェツキー(1745~1819)は、チェコ生まれでハンガリーに没した古典派の人。「6つのティンパニーのための協奏曲」。

題名から、一見取付きにくい曲を想像されるかもしれませんが、平明で楽しい曲。ハイドン作と言っても通りそう。

ペーター(ティンパニー、指揮)、ドレスデン・フィルハーモニー室内管弦楽団(NAXOS盤)

このCDは、弾き振りならぬ叩き振りです。小編成オケの前に6台のティンパニーが並び、これを叩きながら指揮している写真が解説書に載っています。実演見たら楽しそう。

ティパニーが微妙なメロディを奏しオーケストラが伴奏する、と行きたいところですが…。オーケストラがリードしティンパニーがリズムを刻む、というかティンパニーがオーケストラに遅れまいと一生懸命付いて行っている感もあり。何とも微笑ましい愛らしい曲です。カデンツァもある15分ほどの作品。

またこのCDには、フィリドールという人の「ティンパニー行進曲」という3分半ほどの“独奏曲”も入っています。A.フィリドール(1647~1730)&J.フィリドール(1657~1708)となっているので共作?フランスバロックの音楽家一族だそうです。クラシック原理主義者としては「このティンパニー、オリジナル楽器だろうか?」も頭をよぎります。オリジナルのティンパニーがどういう物か知らんというのに(笑)。

曲は、現代音楽の先駆者ヴァーレーズ(1883~1965)を想起してしまう、ほとんどリズムだけの作品。知らずに聴けばバロックとは誰も思わないでしょう。

協奏曲は好きなジャンルです。また時々、変わり種も取り上げたいと思います。こちらも、クラシックの変わり種ブログを目指しておりますので(笑)。
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ポンセ「フォリア変奏曲」

2008-02-28 07:14:57 | Weblog
近代メキシコのマヌエル・ポンセ(1882~1948)、マイナーな存在だが好きな作曲家です。一般的には、ヴァイオリンなどでも演奏される「エストレリータ」が知られている位でしょうか。ギター曲の数々をご存じの方もいらっしゃるでしょう。

ギターオリジナル曲が少なく編曲物に依存することも多いのを嘆いたセゴビアが色々な作曲家に新曲を依頼。ギタリストとして偉大なのは勿論、(結果として)編曲物比率を下げた功績で《クラシック原理主義大賞》を受賞!(そんな賞あんのか?)。特にポンセとは相性良かった様で、2人のコラボレーションで多数の素晴らしい作品が生み出されています。

ポンセはカメレオンの様な作曲家。バロックの作曲家を騙った曲(セゴビアが新発見した曲として発表=2人の悪戯)、シューベルトや古典派のギタリスト・作曲家であるソル風の曲、メキシコ民謡をベースとした曲など多彩な作品を書いています。

この中で、ポンセ自身の語法による作品群が、やはり一番力のこもったものでしょう。「フォリアの主題による変奏曲とフーガ」もこの代表曲です。

セゴビアから「フォリアを主題とした、バッハのシャコンヌの様な曲を書いて欲しい」と依頼され、それに応えた結果です。
20数分と、ギター曲としては大作です。コレルリ、マレ、ヴィヴァルディ、バッハ…多くの作曲家が触発されたラ・フォリアの旋律を主題に、ギターの各種技法を駆使した変奏が続き、フーガで締め括られます。ラテン系らしからぬ、ほの暗い音調の中に静かな情熱を秘めたポンセの本領が発揮されています。シャコンヌとまでは行かなくても、なかなかの作品です。ただ何かもう一捻りというか、ちょっとプラスアルファがあれば、真の傑作になったのに、という感もあります。フーガの部分がちょっと弱いのかな?

ジョン・ウィリアムスの演奏で聴いています。高度で安定したテクニックと清潔な音楽性で現代最高のギタリストの一人です。

ところで、同じくセゴビアの弟子で並び称されることも多いジュリアン・ブリームは、「ブリーム」とだけ記載されることも多いのに、彼はいつも「ジョン・ウィリアムス」と書かれている気がします。
「ミスターS」ことスタ二スワフ・スクロヴァチェフスキーなどは、めったにフルネームでは書いて貰えない(笑)というのに、恵まれていますね。
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ヘンデル「聖セシリアの日の讃歌

2008-02-27 08:06:22 | Weblog
初めて買ったCDは何ですか?
私はこの曲、アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントス・ムジクス、ストックホルム・バッハ合唱団、パーマー(ソプラノ)、ジョンソン(テノール)の演奏。
何とCDプレーヤーより先に!購入したのです。
20数年前の或る日、CDプレーヤーを買いにアキバに向かいました。プレーヤー聴き較べの為には、当然CDが必要。でも店頭にクラシックCD無いかも、ということで調達。CD初期で、1枚3,800円もしました。今だったらボックス物が買えますね、イイ時代になりました。
さて、どんなCDにしようか?聴き較べの為には、それなりに編成が大きく色々な楽器が入っている方が良いかな。ヘンデルの声楽曲なら「間違いない!」と、どんな曲かも知らないのにこれを選択。オーディオコーナーで開封。H社の型落品が6~7万であり、まずこれを試聴。さすがCD、素晴らしい音!と感じたのですが、店員は首を傾げる。「ちょっとノイズが入りますね」。今度は隣のS社最新モデルを掛ける。「やはり、こっちの方がずっと良い音ですね」。私には違いが全く分からない。「外付けのオプションで更にグレードアップも出来ます」。拡張性あって良いかな?…。

H社の型落品がお得かなと思いつつも、結局S社の20万ほどの方を買ってしまいました。今だったら、ノイズ?「そんなの関係ねえ!」と言えたのですが…。

さて音楽。
「聖セシリア」というのは、音楽の神様だそうで、壮麗で美しいメロディに溢れた楽しい曲。CD複数枚にまたがるものも多いヘンデルの声楽の中で、コンパクトにまとまっていて取っ付き易い。もっと人気が出て良い曲だと思います。未聴ですが、NAXOSでも、ミラー=ブリュール指揮のものが出ていますね。
演奏は、アーノンクールが、オリジナル楽器演奏の旗手として活躍し始めた当時の輝かしいもの。今聴いても、なかなか鮮烈です。
最初に買ったCDとして、大正解でした。いつ聴いても楽しい盤です。
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ブルックナー8 番 ヨッフム

2008-02-26 07:37:20 | Weblog
土日は凄い風でした。春一番だったそうですね。キャンディーズの解散コンサートを、サークルの合宿先のTVで見ていたことを思い出します。(←イカン、イカン。クラシック原理主義者が他ジャンルの音楽に関連したことに言及するなど言語同断(私)。まあエエやないか、堅いこと言わんでも(何故かアヤシイ関西弁のもう一人の私)。

それはさて置き、春一番のこの季節になると何故かこの曲を聴きたくなります。クラシックを聴き始めた頃、確かこの季節に初めて聴いたからだと思います。刷り込み、ってやつでしょうか。スケルツオも何とはなしに春一番を感じさせるのかな。

ヨッフム指揮ドレスデン・シュターツカペレで聴いています。最近ブルックナーを聴くことが少ないのですが、「何か巨大なもの」を感じさせる凄い曲だと思います。建造物というよりは、もっと自然に近い何かを。(その巨大なものが一体何なのかは今だに良く分かりませんが)。スケール感(楽器編成や長さでは勿論なく、音楽そのものの)ではちょっと類を見ない作品でしょう。精神安定上も良い曲。ヨッフムの堅固だが温かみのある音楽性もこの曲にピッタリ。(他の演奏をあまり知らないので大きなこと言えないのですが)

スケール感と言えば、すっかり騙されたのはマーラー。「巨人」とか「大地の歌」という曲名で、クラシック聴き始めた当時、さぞかし雄大な曲かと思いました。ところが、全く違う。「巨人」なんかは失恋したニイチャンがオメオメ泣いている様な曲だし、「大地の歌」では泣き上戸のアル中オヤジが世をはかなんでいる。誇大広告だとして公正取引委員会に訴えようかとさえ思いましたよ(笑)。(誤解しないで下さいね。この2曲も勿論のこと、実は大好きな作曲家の一人なのですから)

ブルックナーと言えば、版の問題を気にしなくてはいけないはずですね。原理主義者だから原典版以外認めないはず!?ところがそこはまたいい加減な私。この演奏の版も、またそれらの違いも全く分かっていないのです(笑)。
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マレ「鐘」、「音階」

2008-02-25 07:04:11 | Weblog
今日は、フランス・バロックから、マラン・マレ(1656~1728)。「サント・ジュヌウ゛ィエーウ゛・デュ・モン教会の鐘」(うーん長い名前だな。携帯からの入力大変)、「音階」、「ソナタ」。
寺神戸 亮(バロック・ウ゛ァイオリン)、上村かおり(ウ゛ィオラ・ダ・ガンバ)、ヘンストラ(チェンバロ)、サイタ(フラウト・トラウ゛ェルソ)(デンオン盤)。(うーん、携帯だと入力めんどくさ。次回から詳細記述やめよう)

「鐘」20年以上前かな、クイケンのLPで鮮烈な印象あった。オリジナル楽器演奏が流行りだした当時。とても新鮮で輝かしい響きでした。最近CDで復刻されていますね。
寺神戸盤はつい最近入手。クイケンの鮮烈印象の再現を期待したが、その点は期待外れ。勿論、演奏が悪い訳ではなく、オリジナル楽器演奏が当り前になり衝撃が和らいだということでしょう。寺神戸さんのウ゛ァイオリン、このシリーズのコレルリのソナタで初めて聴いたが、清潔でしなやか。この廉価盤シリーズで、他にも何枚か出ているので、今後順次聴いてみたいと思います。楽しみが増えました。

「音階」これも楽しい曲ですね。
音階と言えば、思い出すのは、チャイコフスキーの弦楽セレナーデを初めて聴いた30数年前のこと。確か、日比谷公会堂での都響だか日フィルの演奏会。「そうか、この曲の作曲当時でメロディは作り尽きてしまい、遂に音階を登場せざるを得なくなったのか!それで以降必然的に、十二音のメロディの無い世界になって行ったんだな!」などという馬鹿なことを、当時のクラヲタ少年(私)は考えておりました。
チャイコフスキーの曲ほど露骨な「音階感」(←こんな言葉ないか)でないとしても、もし、当時このマレの曲を先に聴いていたら、クラヲタ少年は一体どう思ったんでしょうね。これ以降、古典派、ロマン派のメロディメーカーの時代が続くのですから(笑)
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メタボ8冠王

2008-02-24 15:42:58 | Weblog
何年か前に、将棋の羽生さんの7冠王が話題になりました。私はその上を行く8冠王!。
人間ドックで、成人病関連(メタボ系8項目)が引っ掛かっているだけなので、威張れた話ではありませんが。(カミサンには内緒(笑)食事制限は辛いから)
今月からゴルフの為の筋力アップ及び、早くメタボタイトル返上して無冠になるため、近所の体育館に週1ペースで通い始めました。このブログもそうだけど、三日坊主にならないようにしなきゃ。
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タイトルの由来―2

2008-02-24 10:46:47 | Weblog
友人の素晴らしいサイト(ジャンルは違いますが)にあやかろう、というのもタイトルの由来にあります。
http://golgo13.main.jp/(折りたたみ自転車で野山を走ろう)
「gol」と「13」が引用されています。
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ドニゼッティ「歌曲集」

2008-02-24 08:34:45 | Weblog
オニール(テノール)、サージェナー(ピアノ)(NAXOS盤)。
クラシック原理主義者としては、オペラも勿論、抜粋では聴きたくない。でもどうしても聴きたい時、短いオペラまたは、こういうCDが登場します。ドニゼッティのオペラの試食、って感じ?楽しめます。今日は近所のゴルフ練習場への車の中。ちなみに運転中は、遠出の時以外は(抜粋で聴くのイヤなので)こういう短い曲集聴くことが多いですね。
練習場に着いたら、「強風で安全のため休止中」。駐車場でこれ書いています。残念ながら、風止みそうにありません。
16曲入ったCDですが、「インフラスカータの秋の夕べ~船乗りの恋」うきうきする楽しい曲で特にイイですね。でも待てよ、タイトルからすると、もしかしたらオペラの抜粋?また、主義に違反したかな?(笑
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タイトルの由来

2008-02-24 00:01:22 | Weblog
実質的には昨年から始めたゴルフにハマっています。超ヘタですが。
今年の目標は「130を切る!」ん~何とも低レベルですね。(じゃあ、今のスコアは?…そういうツッコミは止めましょうね)
クラシックは30数年来のオタク。30数年間で、寮生活など3年ほどの例外期間を除けばほぼ毎日と言って良いほどクラシックを聴いております。年365日の内333日、1日1時間、30年聴いたとすると、約10,000時間は聴いて来たことになります。(実際にはもっと聴いているでしょうね)
10,000時間=約417日。1年以上、不眠不休で聴いて来た計算になりますね。
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最初はグールド。ゴールドベルク

2008-02-23 21:50:45 | Weblog
記念すべき最初のブログ記事。何にしようか?ここは、gooに敬意を払い、最初はグー…ということで(笑)
定番中の定番、バッハ「ゴールドベルク変奏曲」(55年)。LP時代にレコードが擦り切れる位(CD世代の人には分からない表現ですね)、繰り返し聴いた演奏。モノラルだったため、81年のステレオ盤が出た時には、狂喜したものです。
その後、「クラシック原理主義(バロック以前はオリジナル楽器!、編曲はダメ、抜粋もダメ)」を信奉するようになり、この曲もチェンバロで聴くことが中心になりました。
加齢とともに原理主義者も穏健になりましたが、でもまだオリジナル楽器派ですね。

昨年、店頭で「55年盤の再創造」というCDを見付ける。リマスタリングで音質が大幅に向上!みたいな物と思い前を通り過ごす。後日、その「正体」を知り驚愕!。グールドの演奏をソフトウェアでテンポ、タッチなどを解析して、自動ピアノで再演したものとのこと。こりゃ確かに再創造だ。早速、試聴機で聴いてみる。あの躍動感に溢れたグールドの55年盤が素晴らしい録音として甦っているではないか。凍土の死体のDNAから恐竜を甦らせる研究という話が確かありましたよね。ある意味それと同じかな。芸術と技術の幸福な融合!。しばらくはこのCDを気に入って繰り返し聴いておりました。
LPで持っている盤を買い直すのは「モッタイナイ感覚」が働き、今だにちょっとした罪悪感があるのですが、LPプレーヤーが故障(古いので破棄予定)しているので仕方がない。55年盤、81年盤を確認したくなり、セットのCDが安かったので昨年買い直した。
改めて聴いてみたら、55年盤やはりイイですね。LP当時は録音のせいもあり、81年盤を好んでいたが、55年盤の方が一貫した速さで爽快。これを聴いているうちに、「再創造盤」にちょっと違和感が発生。ピアノが違うから?唸り声が無いから?解析ソフトがまだ完全ではないから?この試み是非進めて欲しいが、現状評価保留かな。また何回も聴いてみます。
今日はオリジナルの55年盤を聴きました。「クラシック原理主義者」は、やはりオリジナル派!?…オリジナル楽器とは意味が違うつうの!(笑
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