一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

では「強欲資本主義」を全否定すればいいのか?

2009-01-16 | あきなひ
前のエントリで言いかけたことの続きです。

日経ビジネスの新年号の表紙が「ウォールストリートを背景にした二宮金次郎の銅像」というのが象徴的でした。記事内容も日本を代表する企業の創業者の社訓にから「「経済」と「道徳」の均衡を保つ日本流のバランス感覚」を学ぶ、とか、日本企業の「ものづくり」の世界に通じる強さとかでした。

それはそれで悪いとは言わないのですが、ちょっと変わり身が早すぎませんかね?


そもそも「浮利を追わず」とか「三方よし」とかの教訓は、ややもすれば我々はそれを忘れがちであるからこそ定められているのだと思います。
そうだとすれば、ウォール街のビジネスが崩壊したからといって全否定するのではなく、なぜ日本もそれを真似しようとしたか、真似をしたことの何がよくて何が悪かったかをきちんと検証することが大事だと思います。

世の中が「ものづくり」「道徳」となったらなったで『共生者』に登場するような輩は、今度は切り口を変えてまた企業に食い込んでこようとするはずですし、そこまで悪質でなくても昨日まで口を開けば"Global Financial Market"などと言っていたファンド会社の人間が「御社の企業理念に感銘を受けました」などと言って転職してくるだけの違いでしかなくなってしまうと思います。
調子と要領のいい人は、マスコミだけでなく世の中にたくさんいるわけですから。


ここのところ書かれた本などを読んでみると、今回の金融危機をもたらしたバブルのひとつの原因は過剰なインセンティブをつけた報酬体系にあったように思います。
しかし、投資銀行の経営幹部の報酬が桁外れに高かったり、ヘッジファンドの報酬体系がモラルハザードを生みかねないものであったとしても、それは会社の取締役会や株主、出資者が承認して初めて可能になるもので、問題はウォール街の相手方(の心の隙)にあったとも言えます。

もっとも企業経営者の報酬が不合理に高かったりガバナンスが効かないというのは、アメリカの事業会社でもそれ以前から問題になっていたわけで(『CEO vs 取締役会』など参照)何も強欲なのはウォール街に限ったことではなく、権力一般が人間を歪める可能性があるわけです。

そうだとすると「ウォール街の強欲資本主義を捨ててものづくりを中心とした経済と道徳の両立した経営」を目指したとしても、同じ轍を踏ませるような制度的な仕組み(または制度的な仕組みのゆるさ)があったとしたら結局お題目で終わってしまいかねません。

こんなときだからこそ、全否定の過剰反応でいいところまで捨ててしまったり、原因を深く検証せずに同じ轍踏んでしまわないように、地に足の着いた議論が必要だと思います。


たとえば上で触れたような「モラルハザードを生みがちな誤ったインセンティブ」や「経営者に対するガバナンス」について考えて見ます。

日本でもここ数年、上場企業の役員報酬としてストックオプションを導入する企業が増えました。
ただ、最近導入した企業はほとんどが行使価額を下回っているので、無償で割当てられたとはいえ当初の目論見よりは相当目減りしているはずです。
一方で通常ストックオプションの行使期間は退任後○年間という制限があるので、たとえば「退任後2年」というような比較的短期の制限がある会社の取締役は、今退任すると株価が割当時の行使価額まで回復しない可能性が高くなります。
さらに、あと1,2年取締役をやって現在の低い株価水準を前提にストックオプションが得られたとするとその部分は将来値上がりが期待できます。
つまり「今退任するのは損」ということになってしまいます。

つまり株価の急激な下落局面においては、取締役には留任するインセンティブが働く構造になっているわけです。


これって規模は小さいですけどウォール街で問題になったことと構造的には同じですよね。


(総理大臣も読めないくらいの)「未曾有の経済危機」において今年は「現体制で脇を固める」経営をするという企業も多いかと思いますが、こういう報酬体系をとると、折角の経営判断だとしてもそれが本当に会社のためを思っての意思決定なのか疑義をはさまれることになりかねません。
特に「そんな考えはない」と証明すること自体「悪魔の証明」で不可能だということがつらいところですが、逆にそれをいいことに開き直る経営者が出てくる可能性もあります。

このへん株主総会招集取締役会で社外監査役などからツッコミがあると面白いのですが、つっこんだ社外監査役もどの程度の説明で納得すれば善管注意義務を果たしているかがわからないので、結局(またはそもそも最初から)そのような「無粋な」ツッコミはしない、というのが実際ではないでしょうか。
ここはコーポレートガバナンスの問題です。

ことほど左様に、日本の企業にも既に「強欲資本主義」の種は撒かれて根を張りつつあるわけです。

なので、「強欲資本主義」から決別しものづくりの原点に回帰して経営を立て直す、というような恰好いい宣言をして留任する経営者がいたら、ストックオプションはどうなっているかをこっそりチェックしてみたらいかがでしょうか。
「相場展開によってはモラルハザードを起こしかねないような制度は廃止する」とまで言い切る経営者が出るでしょうか・・・


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『強欲資本主義 ウォール街の自爆』

2009-01-16 | 乱読日記
著者は1980年代に住友銀行からゴールドマン・サックスに転職し、その後独立して自分の投資銀行を経営している人です。

投資銀行が顧客のために専門知識を使って良質なアドバイスをして報酬をもらう、という昔のスタイルから、顧客の利益でなく自らの報酬を最大化するような「強欲資本主義」のスタイルに変質した時点で今回のバブルとその崩壊の種はまかれていた、ということを「良識あるベテランが」解説するとともに、それに巻き込まれた日本の将来を憂う、という本です。

投資銀行の業務の変化が豊富なエピソードで語られるとともに、今回の金融危機のしくみがわかりやすく解説されていて参考になります。

ただ、著者が最初に就職した住友銀行(当時)の幹部の銀行家としての見識の高さについて触れているくだりが何回かあるのですが著者が転職する1984年以前はそうだったのかもしれませんが、平和相互銀行の合併以後の住友銀行のイメージの方が強い僕としては、この部分は商売上のリップサービスなのか皮肉なのか判断がつきませんでした。

著者は終章でアメリカの「強欲資本主義」に追随した日本の現状も憂いています。
ここの部分は多少雑な感じもあるのですが、不況による経済的なダメージよりは心理的なもの(=日本社会の変質による不況から立ち直る足腰の弱体化)の方が心配という問題意識は共感するものがあります。
さらに、少子高齢化を前提にゼロ成長を受け入れ、身の丈に合った新しい生き方を模索すべき・・・と続きますが、そこのところは問題提起だけで終わっています。


ちょっと気になるのは、警鐘をならすあまり今のウォール街を全否定しているかのような書きぶりは、すぐにやれ「ものづくり」だ「社会貢献」だという過剰な反応を引き起こすように思います。著者はまだウォール街を引き払っていないわけで、そこの存在意義までは否定したわけではなく、付き合う上では注意が必要といいたかったのだと思います。
日本企業が過剰に内向きになったり先祖がえりするのもどうかと個人的には思うのですが。
本書はベストセラーになっていて、また著者が雑誌などにもしばしば寄稿する「有識者」で影響力もありそうなだけにちょっとそこが気がかりです。



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