ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

ロマン主義者・漱石と二枚の絵

2017-09-16 | 物語(ロマン)の愉楽
 初期の夏目漱石は濃厚な浪漫主義者だった。短編「倫敦塔」はポール・ドラロッシュの「レディー・ジェーン・グレイの処刑」に、中編『草枕』はジャン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」に触発されて書かれた。
 『草枕』には、「水」と「鏡」のモティーフがくりかえし出てくる。清潔なのに艶めかしい。憧れの小説である。グレン・グールドも愛読していたらしい。








 「倫敦塔」は、漱石本人も「甘(うま)く行かんので所々不自然の痕跡が見える」と述べているとおり、幻想小説としてそんなにうまいと思わないけれど、やはりジェーン・グレイの印象が強烈で、忘れがたい。








 しかし10代で初めて読んだ時は、「レディー・ジェーン・グレイの処刑」も「オフィーリア」も見たことがないから、いまひとつピンとこなかった。ネット時代のありがたさで、今はこうして、居ながらにして鑑賞できるし、紹介もできる。
 「オフィーリア」はこれまでに何度か日本に来ている。ファンだから、そのたびに算段して足を運ぶようにしているが、小さい作品である。「レディー・ジェーン・グレイの処刑」は、いま初来日している。こちらは大作だ(ただし彼女がここまでアップになっているわけではない)。
 「9日間の女王」ことジェーン・グレイは、堀北真希主演で2014年に舞台化されたそうだ。堀北さん、ジャンヌ・ダルクに続いて、仏・英を代表する「薄命の美少女」を演ったわけである。
 オフィーリアは何しろ戯曲の登場人物だから、この日本でも数え切れぬほどの女優によって演じられてきた。
 片や歴史上の実在の女性、片や虚構の中の女性という違いはあれ、ご覧になればおわかりのとおり、「ジェーン・グレイ」も「オフィーリア」も、清浄なエロス(性)と晦冥なタナトス(死)とを絶妙のバランスで湛えた稀有のイコンとなっている。見る者の心を揺さぶらずにはおかない。これからも愛され続けるだろう。