ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

第5回・小川国夫「相良油田」その③

2015-05-19 | 戦後短篇小説再発見
 自分なりにあれこれ調べて考えてみたところ、もし今回の住民投票で「大阪都構想」(仮称)なるものが可決され、実現に移されていたとしても、ただちに「二重行政」の解消に至るなんてことはなく、むしろコストは金銭的にも人的資源の面でも、減るどころか増加することになったと思われる。しかも、行政の現場は当面のあいだ混乱を極め、住民サービスの低下は避けられなかったであろう。

 そもそも政令指定都市という、望んでも簡単には得られぬ恩恵をこうむっていながら、自らの手でそれを廃止しようとする住民がこの地球上に存在するってことが何よりも私には興味ぶかかった。やはり大阪は愉快な街だ。筒井康隆や中島らもや町田康を生んだだけのことはある。いっそのこと、次はチャイナの共産党様にお願いして特別自治区に繰り入れてもらうってのはどうであろうか。

 下らない冗談は置いて、もう少し真面目に話をしよう。そもそも明治維新ってのはそんなにも賞賛すべきもんなのかい? ということを近頃よく考える。今やっている大河もそうだろうけど、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を頂点とする幕末志士のヒーロー視がこの国にはすっかり定着している。あの偏屈おやじの「世に倦む日日」ですら、「明治維新」への心酔ぶりでは人後に落ちない。それどころか、その話題となると、いつも以上にコーフンして熱い礼賛を書きまくる。でもほんとにそれは正しいんですかと。

 あれはフランス革命的な意味での「市民革命」からは程遠く、ありていに言って「地方における有力諸藩の下級武士=不満分子によるクーデター」であろう。本当ならば、当初の計画どおり、「幕府(徳川家)および薩長など有力諸藩の藩主たちによる合議制」へとなだらかに移行するのがベストだったのだ。もちろんトップだけでは細かい作業はできないから、幕閣に加えて、各藩の優秀なブレーンたちがそれを補佐するわけである。たぶん竜馬が思い描いていたのもそんな体制であったと思う。

 ところが実際には、あんなぐあいに武力によってむりやり倒幕してしまった。だからたくさん血も流れた。それ以上に問題だったのは、幕府サイドからの反動や他からの叛乱を抑えるべく、「天皇」に絶対の権威を付与しなければならなかったことだ。その絶対権力(統帥権)が、昭和に入ると軍部によって一人歩きを始めてしまう。そのあげくが約60年後のあの大戦(足かけ十五年にわたる戦争)であり、国の内外における無慮数百万の死者なのである。

 西欧的な意味での「民主化」が敗戦によって初めてもたらされたのだとすれば、そのために払わねばならなかった代償ってものは、何というかもう、ほとんど想像を絶するくらい、あまりにも途方もなく無茶苦茶に大きすぎたといわざるをえない。それもこれも、遠因は「明治維新」の性質そのものにあったと私は思うわけである。

 つまり、性急な改革なるものは当面の混乱を招くばかりか、さらに将来にわたっても取り返しのつかぬ禍根を残す、と私はここで言いたいわけだ。その点において私はまったく保守派であり、変革はゆるやかであればあるほど良いと考える人間である。日常の暮らしを大切にして、日々の業務をひとつずつ着実にこなしつつ、どうしても必要な所だけじわじわと改善していくのが望ましい。

 現に、圧倒的多数のひとびとはそうやって毎日を送っているわけで、だからこそ世の中はこうして回ってるのである。絵に画いた餅という言葉もある。いかに立派に見えたとしても、遠大すぎる計画には往々にして中身が伴っていないことがある。このたびの「都構想」、より実情に即していえば、「大阪市廃止・5分割構想」に「賛成」の票を投じた人たちのうち、その真底を見極めていたひとはどれだけいらっしゃったのか、私は今も疑問に思っている。

 以上、にわか勉強のうえでの無責任な私見にすぎないが、本題に入る前にどうしてもひとこと述べておきたかった。さてさて。またしてもあいだが空いてしまったが、小川国夫「相良油田」の続きである。これだけ空いたら前回どこまでやったか覚えてない方が多かろう。わしも覚えとらん。だいたいこのブログを引き続き読んで下さっている人はいるんだろうか。まあいいや、書いて置いときゃいつかは誰か読むだろう。

 「相良油田」は三角関係の小説である。まあ、恋愛小説ってものは(ひいては恋愛というものは)根底に必ずや三角関係を潜めているわけで、もっというなら人間と人間との関係性そのものが元来そういうふうに成り立っている(つまり、純然に一対一ということはありえず、つねにそれ以外の存在からの影響をこうむらざるにはいられない)ものなのである。つまりはそれが「社会性」ってやつだろう。

 「相良油田」に出てくる小学生の「浩」は、若くてきれいな女性教師「上林先生」に幼い思慕を抱いている。うわさのなかでの上林先生の彼氏、すなわち浩の三角関係の相手は海軍の士官である。士官ってのは将校ないし将校に相当する位だから相当偉い。このひとは作品内にじっさいには登場しないので名前も容姿も年齢もわからないけれど、それにしても、幾つなんだか知らないが、そんな偉いひとがまだ小娘みたいな一介の小学校教諭と本気で交際するもんだろうか。

 ドラマや映画なんかでは、人気若手男優の演じる凛々しい士官が人気若手女優演じる幼馴染の清楚な美少女と清らかな交際をしている設定ってのはよくあって、ぼくらも見慣れているのだが、現実にそういう事例が頻繁にあったとは私にはどうも思えないのである。この「噂」は「高等科の生徒から伝わってきた」ものなので、信憑性は低くはなかろうが、しかしその海軍士官の存在自体が生徒らのあいだでの「共同幻想」という可能性もないわけではない。ただ、その詮索はさほど重要なことではない。ポイントは、浩がその「海軍士官」を(実在か非在かに関わらず)「恋のライバル」だと無意識のうちに見なしていることだ。

 この短編の舞台となっている戦時中、より正確にいうなら太平洋戦争開始前夜における「海軍士官」といったら、まさにエリートの中のエリートであり、スターであり偶像であり、軍国少年や婦女子らの憧れの的であったはずである。浩にとっても本来ならば仰ぎ見るような対象であるはずだ。小川国夫は純文学作家のなかでもとりわけ言葉を惜しむというか、削ぎ落としていくタイプのひとだから、作中には明示的な形では書かれていないが、「三角関係」の相手が海軍士官というのは、浩にとっては途轍もなく大きなことである。ただの勤め人やなんかとはわけが違う。「社会性」の点でいうならば、この時代、軍人くらい莫大かつ複雑かつ錯綜した「社会性」を担っていた職業はほかにないからだ。

 その④につづく。