ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

椿の庭

2021-04-11 00:14:44 | た行

完璧に美しい!

そして物語の意味を、いま、より深く想う。

 

「椿の庭」73点★★★★

 

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葉山の海を見下ろす高台に建つ、

風情ある古民家。

四季折々の草花が咲く庭があるこの家で、

絹子(富司純子)は夫とともに、子どもたちを育ててきた。

 

が、いまは夫に先立たれ、

絹子は若くして亡くなった長女の忘れ形見である

渚(シム・ウンギョン)と暮らしている。

 

そんな二人を

子どものいない絹子の次女・陶子(鈴木京香)が

ときおり訪ねてくる。 

 

しかし、その穏やかな暮らしは

長くは続かなかった。

 

夫の四十九日法要を終えた絹子に、

莫大な相続税がのしかかってきたのだ。

 

「家を売って、一緒に暮らそう」と陶子は誘うが

絹子はある決断をする――。

 

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1990年代のサントリーの烏龍茶のCMをはじめ

その研ぎ澄まされた美で知られる

写真家・上田義彦氏の初監督作です。

 

世代的にも、上田氏の写真の素晴らしさは

重々知っていたワシ。

 

でも、映画はどんなもんだろ?と

正直、かなり斜め姿勢で入ったんです(すんません!苦笑

 

で、はじまりから

その美学は完璧!で

『ミセス』や『家庭画報』的な日本の美だわ!すてき暮らしだわ!

(でも現実的じゃない!)――と

ひねくれ者として鼻むずがゆさも感じた。(再度すんません!苦笑

 

しかし。

観終わってみるとこれが、2度、3度、観直したくなる。

そして、観るたびに

その本気の美しさに触れた静かな満足感が

ふつふつと沸いてくるんです。マジで。

 

本来は2020年公開の予定だった本作。

コロナ禍で延期となり、ようやく公開――となったのですが

逆にその時間を経て、作品の意味が一層に増し、

さらに受け取る自分が変化したのかもしれないと

リアルに感じました。

 

 

主演・富司純子さんの凜とした美しさ、

趣味のいい着物、所作、日々の食事の器――

その「あつらえ」は、究極に美しく

現実離れしているようでもあるけれど

 

いや、あくまでもこれは

「できれば、こうありたい」という日本人誰もの素直な理想であり

かつ「これを忘れないで」という思いと

それを継いでくれる世代への希望に他ならない――と、いま思うんですよね。

 

なにより、この映画には

「美」だけでなく、

うつろいゆくもののはかなさや「死」が描かれている。

 

庭に散らばる、落ちた椿の残骸。

庭の池で動かなくなる金魚。

夏の終わりの縁側で、静かに息を引き取る蜂。

 

絹子さんの決断を含め

 

――かたちあるものは、いつかなくなる。

だからこそ、生は刹那で美しい。

そして世代は次にバトンタッチされ、

まためぐり、移り変わっていく。

 

そんな輪廻を

上田監督は、しかとフィルムに留め置き、伝えているのだと

ワシもようやっと感じとることができました。

 

眼福にして、精神の至福へと導いてくれる

そんな作品だと思います。

ぜひ、しっとりと、じっくりと

味わっていただきたいです。

 

★4/9(金)シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「椿の庭」公式サイト

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パーム・スプリングス

2021-04-09 21:04:07 | は行

これは・・・あなどれん!

 

「パーム・スプリングス」75点★★★★

 

******************************

 

砂漠のリゾート地、パーム・スプリングスで

妹の結婚式に出席しているサラ(クリスティン・ミリオティ)は

幸せムード満点の式に

どうにもなじめずにいた。

 

そんなサラは

会場でナイルズ(アンディ・サムバーグ)に出会う。

 

お調子者だが、どこか達観したような彼に興味を持ったサラは

彼といい雰囲気になる――が、 

あることから、ナイルズを追いかけて砂漠の洞窟に入ってしまう。

 

翌朝。ホテルのベッドで目覚めると

起こる出来事が、みな昨日と同じではないか?!

 

そう、サラは目覚めると

また同じ結婚式の朝になっているという

恐ろしいタイムループにハマってしまったのだ!

 

サラはこの状況の鍵を握っていると思われる

ナイルズを問い詰めるが――?!  

 

******************************

 

はじまりこそ、ちょっとお下品でおバカなテイストで

うーん、そっち系かあ、と思ったんですよ。

 

しかし。

鑑賞した夜にみた夢は

ずっとこの世界だった(悪夢だった。笑)

 

タイムループものに名作多し、とは良く言われるけど

この行き先は新しい。

できればこの先は、観て体験していただきたい!

 

 

 

まあ、ネタバレ、というわけじゃないので

先に進みますが、

 

パーム・スプリングスで

1日を終えて、目を覚ますと

また同じ「結婚式の朝」で

またその1日を繰り返さなければいけない――という

謎のタイムループにハマってしまったサラ(クリスティン・ミリオティ)。

 

そのきっかけとなったのが

サラが出会う男ナイルズ(アンディ・サムバーグ)で

先に彼がこのループにハマってたんですね。

 

ナイルズにとって、この結婚式は

新婦が、カノジョの友達だっていうだけの

サラよりもっと最大級にどーでもいいもので(苦笑)

 

いろいろ試してみたけれど

どうしてもループから抜け出せず、

 

つまんないスピーチとか

親族一同のダンスとかを

もう何万回も経験してるというんです。

 

――地獄でしょ?

 

で、そこにサラが巻き込まれ

サラもなんとかここから抜け出そうとするのですが

どーにもならない。

 

で、二人でいっそ、この状況を楽しんじゃえ?!となっていくけれど――という展開。

 

舞台となるリゾート地のノー天気さや

主演二人のコメディ相性のよさで

(アンディ・サムバーグって、ジェシー・アイゼンバーグ似だよね)

 

明るい悪夢のような感覚が生み出され、

でも、考えるに地獄で恐ろしくホラー・・・・・・となる。

それが新しいんですね。

 

タイムループって「なんでこーなるの?!」の状況があまりにも不条理で

悲劇が喜劇に、シビアがコミカルに転じやすいのかもしれない。

思えばトム・クルーズの

「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(14年)

ループをうまく使った傑作だったもんね。

 

本作も、なかなかに後を引くので

ぜひ体験してみてください。

 

★4/9(金)から全国で公開。

「パーム・スプリングス」公式サイト

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アンモナイトの目覚め

2021-04-08 21:20:55 | あ行

ケイト・ウィンスレットが圧巻です。

 

「アンモナイトの目覚め」73点★★★★

 

******************************

 

1840年代、イギリス南西部の海辺の町。

メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は

古生物学者として、海岸で化石を発掘していた。

 

しかし、大英博物館に収められるような化石を発掘しても

手柄は男性に奪われてしまい

いまは観光客用の土産用のアンモナイトを探して売りながら、

年老いた母の面倒を見る日々。

 

そんな彼女の店に

化石収集家の男(ジェームズ・マッカードル)が

妻のシャーロット(シアーシャ・ローナン)を伴って訪れる。

 

男はメアリーに

「うつ気味の妻の面倒をみてくれないか」と頼む。

 

はあ?なんですかそれ?困りますけど?なメアリーだったが

しぶしぶシャーロットを看病したことで

次第に、絆が生まれていく――。

 

******************************

 

19世紀イギリスに実在した

古生物学者メアリー・アニング。

 

その人となりを手紙などから検証し、

女性がいま以上に生きにくかった時代に、

それでも、しかと立たんとした女性の叫びとして

昇華した作品です。

 

 

「燃ゆる女の肖像」(20年)と共通する点があって、

そこもおもしろいのですが

ワシ的にはこちらのほうが、よりエモーショナルでした。

 

何故ならばケイト・ウィンスレット演じる女性メアリーが

同性への欲求をしっかりと持った「性」として描かれてるから。

メアリーの行動が腑に落ちるし、説得力があったんですよね。

 

世紀の発見をしても、手柄を男性にとられてしまい

名を残せなかった

古生物学者の悲しみ。

 

夫の所有物となり、子をなす務めに応じられないことで

存在を無いもの同然にされてしまう

女性の悲しみ。

 

そんな女性二人が、共鳴しあい、愛し合うことになるわけですが

そこで唐突に恋愛感情が生まれるのではなく

メアリーに同性愛の自認があったというところが

さりげなく描写されていて

そこが、細やかにしてフェアだなあと感じたのです。

 

それに序盤で

夫に置いて行かれたシャーロットが

メアリーの前でいきなり倒れて

メアリーが医者を呼ぶ、というくだりがあるんですが

 

往診に来た男性医師がメアリーに

「女性同士なんだから、助け合わないと

(=だからあなた、彼女の面倒みてねよろぺこ、的な)」と言うんですよ。

そこでメアリーが

「はあ??」という顔をする。

おもくそ、シスターフッドを強要されての、この返しに

思わず笑ってしまった(苦笑)

 

そういうことじゃないんですよ、って

作り手も、演じる彼女たちも共有している感じがいい。

 

もちろん、ここには

女性が虐げられてきた時代と歴史への視線がある。

でも

メアリーの母親のような「毒親」っぷりもちゃんと描かれ

女同士だからって、なんでもうまく行くわきゃないんだよ、って

視線がよりフラットなのがいい。

 

このラストも、そうしたズレの結果なんだなと思うんです。

 

そんなメアリーの思いを体現するケイト・ウィンスレットの

労苦刻まれた顔や、むっちりした広い背中をさらすことでの

説得力も素晴らしい。

 

ただ、

ラスト後の余韻は「燃ゆる~」に軍配かも。

――って、いやいや、そう比較する云われもないんですが、

つい・・・。すんません(苦笑)。

 

★4/9(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。

「アンモナイトの目覚め」公式サイト

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ブータン 山の教室

2021-04-03 01:10:32 | は行

つらいシーンなど一切なく、しみじみとやさしい。

いま、いちばん欲しかった映画かもしれない。

 

「ブータン 山の教室」75点★★★★

 

************************************

 

現代のブータンの都市で暮らす

青年ウゲン(シェラップ・ドルジ)。

 

オーストラリアに移住し、歌手になることを夢見る彼は

一応、教職免許を持っているものの

先生としてはやる気ゼロ。

 

だが、そんな彼が上司に呼び出され

辺境にある村・ルナナの学校に赴任せよ、と命令される。

 

そこは標高4800メートル(!)

トレッキングで片道8日かかる

電気も車もない村だった。

 

到着早々「帰る!」と涙目になるウゲン。

だが、9人しかいない子どもたちは

先生の到着を待ち望んでいた――。

 

************************************

 

ブータンの美しい自然と、純朴な子どもたち――

十二分に「いい映画」だと予測できると思います。

でも、その上をくる!ので

ぜひ、試していただきたい!

 

自然も生き物たちも大切に描かれて、

つらいシーンなど一切ない。

いろいろとつらい日々をやさしく癒す

いまいちばん欲しかった映画かも、と思いました。

 

主人公は都市生活を謳歌する若者ウゲン。

オーストラリアで歌手になることを夢見ていて

教職につくもやる気なし

そんな彼が

僻地の学校に赴任することになる。

 

そこは標高4800メートル(ちなみに富士山は3776メートルです・・・・・・マジか!苦笑)

電気もなければ、スマホの電波も届かない。

ウゲンは「無理! 帰らせてください!」と涙目になりつつも

だんだんとこの天空の村と、子どもたちに溶け込んでいくんですね。

 

このシチュエーションは

デンマークの青年がグリーンランドの僻地学校に赴任する

「北の果ての小さな村で」にすごく似ている。

「北の果て~」も映画も半ばドキュメンタリーのようで、とてもよいのですが

本作は

言葉も同じ国でこれほどのカルチャーショックがあるのか!

ウゲンの戸惑いを、我々もそのままなぞるようで

おもしろいんです。

 

登場する村人や子どもたちは実際にルナナの住民たちで

主人公ウゲンはミュージシャン。

ウゲンをサポートする村人役の青年の本職は土木作業員だったりと

全員、映画は初体験。

そこにもリアリティがある。

 

そんななか、だんだんと村になじみ、

村の美しい娘や、子どもたちと心を通わせていくウゲン。

でも

厳しい冬が来れば学校は閉まり、ウゲンは街に戻ることに決まっている。

果たして、ウゲンの選択は?

 

――ここでのありきたりなエンディングでない、このラストも実にうまいんですわ。

 

天空の村ルナナは、たしかにいろいろ不便だけど

自然とともに生きるその暮らしは

どうみても現代の理想郷にみえる。

 

でも、それはあくまでも

よそ者である我々の視線で。

ホントにそこは「幸せの場所」なのだろうか?

その場所しか知らないことは果たして、幸せなのだろうか――?っていうのも

この映画の深い問いかけなのですね。

 

実際、監督であるブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ自身も

世界的な写真家として活躍しているし、

ウゲン役のシェラップ・ドルジも

オーストラリア移住を考えたことがあるそうな。

 

ワシも思うんです。

若いうちは、広い世界をみたほうが、いい。

その旅の果てに、還る場所があることが、どれだけ尊いことか、は

その旅を経て、初めてわかるものなんだと。

 

さまざまを思いつつ

特に若い人たちに、このラストの先を、それぞれに感じ取ってほしいなあと

おババ=ワシは思ったりするのでした。

 

★4/3(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「ブータン 山の教室」公式サイト

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サンドラの小さな家

2021-04-01 23:33:08 | さ行

あなたの隣りにいる人は、本当に大丈夫?と

改めて思わずにいられない。

 

「サンドラの小さな家」74点★★★★

 

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アイルランドの小さな街で

幼い二人の娘と夫と暮らすサンドラ(クレア・ダン)。

 

その日、帰宅した夫のヤバい様子を察知した彼女は

上の娘エマ(ルビー・ローズ・オハラ)に秘密の暗号を託し、外に逃がす。

 

それは「SOS」のサイン。

エマは近くにある店に駆け込んでサインを伝え

母子はなんとか夫から逃れることができた。

 

その後――

DV夫と離婚したサンドラは

清掃の仕事やパブのバイトを掛け持ちしつつ

娘たちを育てている

 

働けど働けど困窮し、未来の見えない不安のなか

サンドラはふとしたことから

「自力で家を建てる」ことを思いつくのだが――?!

 

************************************

 

本作のなりたちは

母親サンドラ役を演じるクレア・ダンが

親友から「ホームレス状態になってしまった」との電話を受けたこと。

 

その衝撃と怒りから彼女は初めて脚本を執筆し、

この映画が実現したそうなのです。

すごい。

 

働けど働けど困窮するシングルマザーの状況に

胸を締め付けられつつ

「世界どこでも事態は同じなのか――!」と

やはり怒りと悲嘆を感じ得なかった。

 

映画は全般、やわらかい光に満ちているんです。

人生をやり直そうと、がんばる母と愛らしい娘たち。

そんな彼女たちを、思わぬ人が助けてくれたりして。

 

すごくあたたかいんですが

でも、決して甘くない。

 

特に、サンドラをときおり襲うDVの恐怖の記憶は生々しく痛くて

それが幼い娘たちにも影を落としている――ということが

次第にわかってくる。

 

でもサンドラは、そう簡単に泣き言を言わないんですね。

「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫!」と答える。

いや、実は全然大丈夫じゃないよね?!っていう。

 

観ながら

「自分の隣りにいる人は、本当に大丈夫か?」と

改めて深く考えさせられました。

 

そんななか、サンドラは「自力で家を建てる」ことを思いつく。

そううまくいくかいな?、と思うと

意外に

土地を譲ってくれる人や、建築のプロの助けを得ることができる。

 

 

これはアイルランドにある「メハル」という精神に基づくものらしく

皆で助け合い、結果自分も助けられる――というものだそう。

沖縄の「もあい」の精神に似てますね。

 

その考え方にサンドラは助けられる――んだけど

その先にも、まだ紆余曲折があって。

 

でも、どんなに足元をすくわれても

まだ終わりじゃない。

サンドラと娘たちが、シーアの歌に力をもらう様子は

めちゃくちゃ共感できましたよ。

 

介護を必要としていた主要人物が

いつの間にか、しゃっきり自立できるようになっているあたりは

ちょっと謎だったのだけれどw

まあもう一度、じっくり観たら解けるのかもしれない。。。

 

とにかく

どんな苦境にあっても泣いてたって、はじまらない。

心をアゲよ! 私たちは進むのだ!

そして他者を助けようと動ける心がいかに尊いか、というメッセージを

感じとることができました。

 

ワシ、大丈夫かな?・・・・・・いや、うん、まだ、なんとか、大丈夫!w

 

★4/2(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「サンドラの小さな家」公式サイト

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