ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

GUNDA/グンダ

2021-12-11 11:54:37 | か行

あまりにも尊く、美しかった。

 

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「GUNDA/グンダ」79点★★★★

 

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ロシアで“最も革新的なドキュメンタリー作家”とされる

ヴィクトル・コサコフスキー監督が

ある農場に暮らす動物たちを追った

モノクロームのドキュメンタリー。

 

恥ずかしながら監督を存じ上げなかったのですが、

既存のネイチャーものとはまるで違う

あまりに劇的で美しい作品でとにかく驚かされました。

 

どうやって撮ったの?!って、口開きっぱなし(笑)

 

まず導入から引き込まれる。

小屋の入り口で頭だけ見せて寝ているブタ。

聞こえてくるのはブヒブヒの寝息。

遠くに高速道路でもあるのか、車の音か風の音――。

 

寝ているブタの様子を、じーっと捉えていたカメラに

ひょこっと子ブタが映る。

ポテポテと出てくる子ブタが1匹、2匹・・・・・・

ああ、お産の最中だったのか。

よくカメラ、じっとがまんしていたなあ。

よくこの瞬間、捉えたなあ、と、もうここだけで感動(笑)。

 

この母ブタが主役のグンダです。

 

小屋のなかでは産まれてすぐに

お乳を飲みに行くたくましき子ブタたちがわらわらと。

 

小屋のなかのライティングが神がかって美しい。

黒に浮かび上がるブタの産毛と白い輪郭――

しかし監督によると、ライティングは最小限らしい。

 

まさに、自然こそが神!って感じ。

しかしわちゃわちゃといる子ブタがきょうだいに踏んづけられたり、ハラハラもするので

「もうこのまま何も起こらないうちに止めていいよ!」とも思ってしまう(笑)

 

続いて視点は農場にやってきたニワトリへ。

ある一匹が、一歩目を踏み出すその様子のドラマチックなこと!

 

すべてに人間は介在せず、ナレーションもなく、動物たちが主人公。

言葉なくとも、まるで演技をしているようでスゴイ。

ひとり遅れる子ブタのお尻を鼻で押しながら

母さんグンダ、完全に「おいっちに、おいっちに」って言ってるよね?!的な(笑)

 

こと動物に関してはメンタル極弱のワシとして

終始、不安の予感はあるんですが、

しかしその生命力、動物たちの役者っぷりが素晴らしく

そのハラハラを上回るんです。

 

直接的に辛いシーンなどはないけれど

やっぱり切ない別れもある。

その見せ方も秀逸で、ホントに胸が締め付けられました。

 

観てよかったとホントに思った。

ぜひこの光輝く生命のきらめきを体験してほしいです。

 

★12/10(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「GUNDA/グンダ」公式サイト

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ダ・ヴィンチは誰に微笑む

2021-11-28 00:12:13 | た行

ヤバめのロシア富豪から、かの国の王子まで取材してるのが

なかなかやるなぁ、と。

 

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「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」68点★★★☆

 

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2005年、ごく普通の民家での遺品整理で出てきた

1枚の絵画。

美術商が13万円で買い取ったその絵が

レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の作品にしてイエス・キリストを描いたとされる

「サルバトール・ムンディ」(ラテン語で『世界の救世主』の意味)の

“本物”だとされ

2017年に史上最高額510億円で競り落とされた――!という

驚きの騒動を描いたドキュメンタリーです。

 

 

いや、ドキュメンタリーというかこれは

“ノンフィクションムービー”と宣伝文句にもあるので

そっちのほうが近いかも。

 

実際、純粋なドキュメンタリーと思って観ると

あちこちに違和感があるんですよね。

 

例えば、取材されている識者や関係者が

その時々に起こった出来事を、そのときに話しているようにみえて、

いやいや服装が同じだし

「いや、これ1回しか取材してないんじゃね?」とか。

 

資料にないので、推測なのですが

ジャーナリストでもあるアントワーヌ・ヴィトキーヌ監督(1977年生まれ)は

おそらく、この問題を最初からずっと追いかけたわけでなく

2017年前後に、この絵の落札が話題になってから

追ったのかなと思うんです。

 

で、取材対象者の話に合わせて

出来事が起こった年代を入れ、再現フィルムのようなテイストも含み、

観ている我々に、リアルタイムで問題を追っている感覚にさせる、という

巧妙な演出法で作られている。

 

禁じ手とかではないし、ありな方法だと思うのですが

その微妙なフェイク感、とでもいうのだろうか

どこかひっかかる違和感が

そのまんま、この奇妙な絵画をめぐる話そのものを表している感じ。

 

それも監督の意図なんだと思いますが。

 

 

2005年に、民家で見つかった絵画が

専門家の鑑定をへて「本物」とされ

2017年にオークションにかけられて、史上最高額で落札される。

 

13万円が510億円になった!

じゃあ、誰が儲けたのか?

誰がこの絵を買ったのか?

――を、映画は追っていき

 

で、結局「この絵、本物なの?」となり

国際問題にも発展していく。

 

絵画の真偽をめぐるドキュメントとしては

由緒正しき家柄に生まれた若き美術商の成長物語でもある

「レンブラントは誰の手に」(19年)と似ているところもあるのですが

決定的に違うのは、そこにある「品」の有無。

 

失礼ながら、この絵画に関わる人々には

一貫して、品が欠けているんですよ(苦笑)

 

絵を発見した美術商、鑑定をした人、

絵を売る仲介業者、オークションを操作する人、

さらに、絵を買ったとされる人――

誰にも

芸術を純粋に「愛している」こころが感じられない。

結局、マネーゲームなのかよ!っていうね。

 

まあ第一に、ワシ自身が

この絵画に魅力を感じない、ということが大きいと思うのですが。

 

ただ、そうしたアート業界の裏側を見せ、

絵画の購入者と噂されるロシアのヤバい富豪や、砂漠の王子まで追っかけていく

フットワークと心臓は

さすがジャーナリスト、と思う。

 

果たして、この絵は本物なのか?

虚実とは、真偽とはなにか?

――そのオチは、これはこれでなかなか爽快だったりもするのでした。

 

★11/26(金)から全国で公開。

「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」公式サイト

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ディア・エヴァン・ハンセン

2021-11-27 13:43:24 | た行

伝えたいことが明確で音楽もいい!

 

「ディア・エヴァン・ハンセン」72点★★★★

 

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高校生のエヴァン・ハンセン(ベン・プラット)は

シングルマザーである母(ジュリアン・ムーア)と二人暮らし。

 

日常にさまざまな不安を抱える彼は

学校でも目立たず、孤独を抱えていた。

 

彼はセラピーの一環として、自分宛の手紙を書くことになる。

「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」――

 

だがエヴァンは学校でその手紙を

同級生コナー(コルトン・ライアン)に持ち去られてしまう。

 

数日後、エヴァンは学校で校長に呼び出され

コナーが自殺をしたと知らされる。

そしてやはり友人のいなかったコナーのポケットに

「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」という

エヴァン宛の手紙があったことも――。

 

悲しみにくれるコナーの両親に

「息子と友達だったのね」と問われたエヴァンは――?

 

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「ウォールフラワー」(12年)(大好き!)「ワンダー 君は太陽」(17年)(良作!)で

お墨付きのスティーヴン・チョボスキー監督が

トニー賞&グラミー賞&エミー賞受賞の人気ミュージカルを映画化。

 

舞台版で初代主演を務めた

ベン・プラットが主人公を演じ、それはそれは見事な歌唱を魅せてくれます。

 

で、お話は

冴えない高校生エヴァン・ハンセンが、

あることからSNSで人気沸騰し、人生を変えていく――という展開なのですが

 

彼が注目されるきっかけになるのが

「自殺した同級生と友達だった」という嘘なんですよね。

それは彼の両親からの

あまりにも大きい「そうあってほしい!」というプレッシャーと

彼らを悲しませたくない、という善意からなる

小さな嘘だったのに

それがどんどん大きくなっていってしまう――という。

 

序盤はその「嘘」というモチーフの存在が大きいのと

自殺してしまった同級生が妄想のなかで歌い踊り始めたり、と

ビミョーにどう立っていいのか、入りにくい?という印象があった(苦笑)

 

しかし

中盤、エヴァンの同級生で

バリバリの元気印で、アクティビスト風な女子生徒が

「自分も問題を抱えている」と、エヴァンに打ち明けるんです。

 

「どんな人も、みんな何かを抱えているんだ――」と

ここからパーン、と視界が開けて

メッセージが、がぜん明確になっていく。

 

誰もがなにかを抱えてる。手を伸ばせば、誰かがいる。

あなたは、ひとりじゃないよ、って。

 

最後、どう収集するのか?もなかなかよくて

ああ、やっぱり監督うまいなあ、裏切られなかったなあと思いました。

 

SNS世代には特に響くのでは、と思いましたが

エヴァンの母親役のジュリアン・ムーア、

自殺してしまったコナーの母親役エイミー・アダムス、

それぞれの母像と、子どもへの愛の贈りかた、というのも大きなテーマなので

家族で観てもいいかもしれない。

 

それにしても。

ミュージカルなので、みんな歌います。

「ラ・ラ・ランド」を手がけた作曲チームによる音楽もいいし

エイミー・アダムスの歌も久々だけどやっぱうまいし

あら、ジュリアン・ムーアもうまいのね!

それに

ベン・プラット、すごく気になって調べたら

その生き方もカッコイイじゃん!

がぜん注目してしまいました。

 

★11/26(金)から全国で公開。

「ディア・エヴァン・ハンセン」公式サイト

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ユダヤ人の私

2021-11-21 18:12:54 | や行

「ゲッベルスと私」監督チームによるドキュメンタリー。

 

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「ユダヤ人の私」74点★★★★

 

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2018年に公開されヒットした

「ゲッベルスと私」(2016年)の監督チームによる

ホロコースト証言シリーズ第二弾。

 

ユダヤ人として4つの収容所を生き延びた

マルコ・ファインゴルト氏(撮影時105歳!)の語りと

アーカイブ映像で綴られています。

 

ナチスやホロコースト、と聞くと

「凄惨で過酷な体験談」を思い浮かべると思いますが

しかし

マルコ氏が話したいのは決して

被害者である自分の「可哀想な話」じゃない。

彼が伝えたいのは

あのとき、その場にいた人にしかわからない

「時代の空気」なんです。

そこがこの映画の重要なポイントで

いまを生きる我々に、めちゃくちゃガツン!とくる。

 

 

まずは自身の少年時代を語るマルコ氏。

意外と抜け目ない少年で

若くして商売に長け、イタリアで成功していたことなどが語られる。

自分に都合の良い話ばかりではないところが、誠実だなあと感じる。

 

そして1938年。

ウィーンに戻っていた彼は

オーストリアとナチスドイツ併合の瞬間に居合わせた。

 

そこでマルコ氏が見たのは

ウィーンの人々がドイツ兵を「よく来てくれた!!」

熱狂的に歓迎する姿だったんです。

当時のアーカイブ映像も、その証言を裏付けている。

 

人々の心がなぜあんなヤツに動いたのか――?

 

当時、ウィーンの人々は

内戦や政情不安で疲弊し、困窮していた。

そんななか、彼らは「私たちがなんとかする!見捨てない!」という

ヒトラーのメッセージを鵜呑みにし

そして、ユダヤ人をヘイトし、ホロコーストに加担していくんです。

 

 

マルコ氏の体験と証言は

社会の「空気」が、「なんで?」という方向に動く様を

実に鮮明に伝えてくれる。

しかもそれは、いまの日本の社会や政治における

「なんで、こんなことがOKなの?」「なんで、こんなことに?」という状況に

あまりにも似ていて

――ゾッとします。

 

さらに恐ろしいのは、映画中で紹介される

マルコ氏に届く、ヘイトの手紙の数々。

「殺してやる」「強制収容所もホロコーストもウソだ」いった手紙に

ヘドが出ますが

監督によると、こうした手紙は2019年に彼が106歳で亡くなるまで

届き続けたそうなんです。

 

つまり、マルコ氏の

「オーストリアは侵略されたのではない。人々がヒトラーを受け入れた」という証言は

戦後ずっと「我々もナチスの被害者だった」という姿勢を貫いていた

オーストリアにとって

「不都合な真実」でもあったわけで。

 

しかしマルコ氏は、こうした攻撃にさらされながら

生涯にわたって、自身の体験を語り続けた。

 

辛い過去を話し続ける痛みはいかばかりか。

その原動力となったものは何か。

 

映画で、マルコ氏と対峙しながら

じっくり考えたいと思うのです。

 

発売中の「週刊朝日」で

共同監督のクリスティアン・クレーネス監督にインタビューをさせていただきました。

AERA.dotでも読めますので

ぜひ、映画と併せてご一読くださいませ!

 

★11/20(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「ユダヤ人の私」公式サイト

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リトル・ガール

2021-11-20 14:17:03 | ら行

あまりに重要で、やさしいドキュメンタリー。

 

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「リトル・ガール」75点★★★★

 

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フランス北部、エーヌ県に暮らす

7歳のサシャを

セバスチャン・フリッツ監督が追ったドキュメンタリーです。

 

といっても最初、しばらくはドキュメンタリーと思わずに観てた。

サシャがあまりに可愛らしくて

絵になりすぎたから(笑)

 

サシャは生まれたときの性別は男性だけど

2歳過ぎから「自分は女の子」と訴えてきた。

 

両親も、きょうだいもそれを受け入れてるけど

でもサシャは学校にスカートをはいて行くことは許されない。

バレエスクールでも、チュチュを着ることが許されず

それを着てキラキラする女の子たちを、じっと見ている。 

 

そんなサシャを見ていると、私たちもたまらなくなってしまう。

両親はなんとかサシャを理解してもらおうと

いろいろ手を尽くしているんだけど

学校も全然、理解してくれない。

 

寛容そうなフランスでも、ちょっと地方に行けば

そこはかくも保守的で無理解な社会なのだ、ということにまず驚かされました。

 

そんななか両親とサシャはパリの小児精神科で医師と出会い、

ようやく理解してもらえるんです。

 

自分を理解してくれる第三者と出会った瞬間に

大きな瞳にうるうると涙を溜めてゆくサシャ。

「ああ、安心したんだね・・・!」と抱きしめたくなる。

 

家族の支えや団結は完璧だけれど、

やっぱり社会で受け入れられない状況の苦しみが

決して多弁ではない、この7歳の少女に積もっていたのだ――とわかって

胸が締め付けられます。

 

そして両親とサシャは学校や社会に対して

なんとか理解をしてもらおうと、動き出す――という展開。

 

 

愛らしいサシャと、家族の道のりには

「性別違和」という概念を知る大事さが含まれている。

 

映画を観るだけでも、多くの学びがありますが

プレス資料にあった(おそらくパンフレットにもあると思います)

佐々木掌子さん(明治大学文学部心理社会学科臨床心理学専攻准教授)の解説が

ものすごく勉強になった。

 

子ども時代に性別違和があっても

必ずしもトランスジェンダーにならず、

8割は成長とともに違和感が消えてしまうのだそう。

 

そしてそのうちの約7割が

ゲイかバイセクシャルの性的指向を持つといわれているそうなんです。

 

以前、EduAで松岡宗嗣さんにインタビューさせていただいたとき

彼が話していた

「子ども時代の性の揺らぎ」について、より深く理解できた。

 

子どもが「性別違和」を訴えたとき、例えば親が「そう、あなたは女の子なのね」

と受け入れて、しかしそうだと決めつけてしまうと

今度は本人が「ん?やっぱり男の子かも」と感じても言い出せない、という状況が

起こったりするわけですね。

 

まだまだ知らないことがあるなあと、思いつつ

同時に

すべてを深く知らずとも、

例えば制服のスカートを選ぶかズボンを選ぶかなんて、好きなほうでいいじゃん、と

そんな「なんでもないこと」に苦労する、なんて状況は

変わるべきでしょう。

 

 

人のこころも、性もグラデーション。

なによりシンプルに目の前にいる誰かを

そのままで受け入れることが、一番大事だよなあと

愛らしいサシャと、やさしい家族を見ながら思う。

誰もがそんなふうに感じ、生きられる社会を願わずにいられません。

 

★11/19(金)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「リトル・ガール」公式サイト

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