季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

感想

2014年11月09日 | その他
何事も信じないと主張する人がいる。
しかし何も信じないというのは一般に思われているより難しい。何も信じないという考えだけは信じるから。

クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った、というパラドックスを笑うことはできないのである。

そこで、ピロニズム(懐疑主義)を懐疑的に語る人は少ないとパスカルは言った。この態度を貫くには極度の緊張が必要だ。

凡百な精神はそれに堪えず弛緩する。そして誇らしげに言う。私は何も信じない、と。

個性を尊重することが最も重要である、という画一的な空気が教育機関にあるのもまた同じ精神の弛緩であろうか。小学校であれ音大であれ同様だ。
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