季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

パイプオルガン

2009年11月24日 | 音楽
ヨーロッパに住んでいないと絶対に体験できないものがパイプオルガンである。今でも多くの教会は昔ながらの古いオルガンを使っている。

かつてはヨーロッパでも、新しければただそれだけで立派だという気運が芽生えた時期があったらしい。古いオルガンは取り壊され、新式の楽器に替わっていくところであった。

シュヴァイツァー、マックス・レーガー、カール・ショトラウベが中心となって歴史的オルガンの音響上の美点を指摘し、たくさんのオルガンが取り壊される運命を免れた。カール・シュトラウベとはトーマス教会の合唱長を務めた、非常に優れた音楽家だったらしい。シュヴァイツァーとレーガーについては説明も不要だろう。

この人たちの努力は報われた。今日僕たちは彼らに感謝の念を抱きながら、歴史的オルガンの響きに身を浸す。

新しいオルガンと一口にくくって言ってくれるな、俺は少しばかり違うぜ、という製作者もいるだろう。彼らの喜びや努力を笑うわけではない。笑うどころか敬意を表する。しかしその響きの差は如何ともしがたい。言葉で柔らかい音と表現しても、どうしようもないもどかしさだけが残る。

オルガンの名器はおよそ3箇所に分布してある。シュトラスブールを中心としたアルザス地方、ドレスデンとその周囲、そして北ドイツからオランダにかけて。

歴史的オルガンは他にもあるけれど、この3つの地域の代表的なものをまず聴いておきたい。

春を過ぎ、気温が上がるころになるとオルガン演奏会が開かれるようになる。

僕の住居はリューベック(トーマス・マンの生誕地としても知られる)から南へ車で40分、リューネブルクから北へ車で40分走った辺りにあった。

オルガン演奏会はたしかどちらかが火曜日、もう一方が金曜日に開かれていた。よく一週間の間に両方を聴いたものだ。

リューベックのヤコビ教会のオルガンはじつに素晴らしい。放送では隣にあるマリア教会の新しい大オルガンをよく使用していたが、これは金属的で不快な音である。

ヤコビ教会のオルガンを聴くと、音が一条の光のように、体を差し抜いていくような心地がする。古いオルガン特有の、手で触れることができるような丸い柔らかい音。フォルテは新しいものだと空間に放り投げられたような響きがするけれど、古いものの音は錆が付いて凝固したような、締りのある響きである。

リューベックは7つの塔の町といわれるように、大して広くない町に教会がたくさんある。大聖堂にも大きなオルガンが備え付けられているが、これは一時期の金属的な音への反省から、マットな響きにしてみました、という緊張力のない駄作である。もちろん新しい。写真はヤコビ教会。(サイズが大きすぎてとんでもないものが載ったのであわてて差し替えた。)

一方リューネブルクは10代のバッハが数年住んでいた町である。ヨハネス教会にはゲオルグ・ベームがオルガニストとして仕えていた。

バッハが籍を置いた教会の名前を失念したが、ここのオルガンはもう新しくなっていて平凡である。

だが町がこじんまりとしてじつに美しいのでよく訪れた。この教会ではいろんな人が練習していて、レンガの建物の外に(壁に沿って歩くと)かすかにオルガンの響きが漏れてくる。

重い扉を開いたとたんに音が洪水のように溢れてくる。しばし耳を傾けた後ふたたび扉を開けて外に出る。ゆっくりと扉が閉まり、オルガンの響きは別の世界からのように遠のく。僕はこの感じが何ともいえず好きだった。

そうそう、肝腎のヨハネス教会のオルガンについて書くのだった。不思議な音である。桜の古木に洞が空いているでしょう、そんな感じ。

リューベックのような身体を刺し抜いていくのではない。音源のありかが分からなくて、船酔いに似た気持ちになる。バッハのパッサカリアの冒頭など、巨大な木管楽器がどこかで鳴っているかのようだ。ふいごが楽器になったらこんな音になるのだろうか。このような音は後にも先にも聴いたことがない。






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6 コメント

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聴いてみたいです (やまかた)
2009-11-25 04:59:20
残念なことにオルガンはほとんど聴いたことがありませんが、読んでいてとても興味をそそられました。
特選パイプオルガンめぐりの旅なんて企画があったら楽しそうですね。
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Unknown (重松正大)
2009-11-25 09:16:35
そういうツァー、ありますよ。僕はアルザスのジルバーマンオルガンを訪ねる、というのに参加しようと思い、演奏会と重なり泣く泣く断念した経験があります。

シュトラスブルクの大オルガンは傑作です。周囲の小さな町のは当然規模が小さいけれど、空間に釣り合う見事な響きが多い。小さな小さなホールにフルコンサートのスタインウェイが鎮座まします、という日本の態度が可笑しくなります。
返信する
それは! (やまかた)
2009-11-26 07:57:44
楽しそうなツアーですね!
さがしてみます。
ありがとうございます!

しかし、教会の音響は難しそうですね、
近所の教会で聴いた演奏会は残響がありすぎて音の洪水になってしまっていました。
一度中で聴いてみないことにはわからないものですね。

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Unknown (重松正大)
2009-11-26 23:35:55
教会は音楽ホールではないので、仕方ありませんね。というよりも、やたらに長い残響も含めてのオルガンでしょう。

ハンブルグのミヒャエルス教会で、合唱の乗っかっている祭壇の下でマタイ受難曲を何べんも聴きました。祭壇に通じる階段からまずバスの響きが駆け下りてくる。ずっと遅れて他の声分が聴こえてくる。

普通の意味では楽譜どころではないでしょうが、僕はいろいろ感じるところが多かったです。
返信する
ヨハネス教会のオルガン (Ritter)
2009-12-02 11:16:15
匿名で失礼致します。
いつも楽しみに読ませて頂いております。
とても刺激になり、考えさせられる事も多々あります。
また若い頃色んな事に興味を持って、あちらこちらに出かけた事を思い出します。

さてリューネブルグのヨハネス教会のオルガン、何度か聴きいております。
いぶし銀のようであり深淵な音色であるのに圧倒的な響き。
音楽の大きさを感じさせてくれる貴重な楽器だと実感しています。
ちなみに少年期のバッハが学んだ教会は、ハンブルクと同じくミヒャエルスという
教会だったように覚えています。
(数年前のちょうど今頃の時期、ハンブルグのミヒャエルス教会で演奏する機会がありましたが、
オーケストラの後ろの合唱の又後ろのパイプオルガンの響きは
確かに私達演奏者の足下にも響いてきて3者が一体となりとても興奮したのを覚えています。)

パイプオルガンに関して色々知りたいと思っております。
もしご存じでしたらハンブルグのヤコビ教会のオルガンや
ブレーメンの市庁舎横のドームの地下に有る、小オルガン等についてもご紹介下さい。

それではこれからも楽しみに読ませて頂きたいと思っております。


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Unknown (重松正大)
2009-12-03 12:50:10
Ritterさん、コメントをありがとうございました。

毎回徒然なるままに、というか漫然と書いているので、コメントを読んで書くテーマが見つかったりします。旧東ドイツのオルガンについてそのうち書こうかなと今思いつきました。

ヨハネス教会の響きを知った人がいて嬉しい限りです。あのような独特な音はヨーロッパ広しといえどそう多くはないでしょうから。

ハンブルクのミヒャエルスのオルガン自体は平凡なものですね。ただ、16分音符ひとつ位ずれて(重なって)聴こえる体験で納得したことがあり、それについても書いておこうと思います。これまたたった今思いつきました。

ブレーメンのオルガンは残念ながら聴きませんでした。

シュニットガーオルガンとバッハ、ジルバーマンオルガンとバッハについて、噂話程度の知識しかありませんが、それにも触れてみようかと。
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