昨日の読売新聞地域面に、若戸大橋が完成した頃の若松に関する記事が載っていました。幾多の困難を乗り越えて1962年9月27日に開通した若戸大橋は、当時、「東洋一の夢のつり橋」として注目と称賛を集めたそうです。周辺5市が合併して北九州市が誕生したのは1963年2月10日ですから、開通したのは合併直前。橋の両側が若松市と戸畑市だった時代から、この橋は、北九州市を見つめてきたのだと思うとちょっと感慨深いものがありました。
たまたまですが、そんな記事が掲載される少し前、久しぶりに若松南海岸通りまでウォーキングに出かけたので、そのときの写真をアップします

見上げれば秋の空。青いキャンバスを突き抜けるように、一直線に飛行機雲が伸びていきました。

自宅から若松南海岸まで、片道およそ12~3kmの道のりです。若松警察署までは199号線を歩くので交通量が多く見どころは少ないのですが、そこから洞海湾沿いに出ると眺望が開けてきます。若松武道館の裏手を過ぎるころから若戸大橋も見え始めて、ようやく若松らしい風景が広がります。久岐の浜と呼ばれる岸壁から遠望する若戸大橋。

開通した当時、若戸大橋には歩道が設けられており、人や自転車、原付バイクの通行が可能でした。慢性的な渋滞対策として、この歩道が廃止されたのは1987年です。

ところが2012年10月28日、橋を全線通行止めにして「若戸大橋1DAYレッドウォーク」という開通50周年記念イベントが行われました。8,450人が参加したこのイベントに私も参加。初めて若戸大橋を歩き、橋の上からの風景を楽しみました ヽ(^o^)丿

洞海湾の中央に伸びる堤防の突端まで来ると、若戸大橋が結ぶ若松と戸畑がずいぶん近く感じられます。

堤防から再び若松側へ。遊歩道が整備されたここから先は「若松南海岸通り」と呼ばれ、洞海湾から吹き抜ける風が心地よい格好の散歩コースです。

この通りには2ヶ所ほど、ウッドデッキとベンチが設けられており、若松南海岸の景観をいっそう魅力的なものにしています。時おり、ここで釣りをしている人を見かけることもあります。

遊歩道沿いに波とカモメが描かれていました。

若松南海岸通りで一番好きな眺めです。若戸大橋を背にした旧古河鉱業若松ビルは、煉瓦の重厚感とスマートな建築様式が見事にコラボ。ボラードとそれを繋ぐ鎖も、この景観にマッチしています。

つり橋のメインケーブルを支える主塔。メインケーブルとあいまって繊細で均整のとれた美しさを作り出している主塔ですが、近くで見るとかなりの迫力です。

メインケーブルの張力を受け止め、大地に固定する役割のアンカーレイジ(錨のようなもの)。若松側のアンカーレイジには、若松の風物詩がタイル画として描かれています。

若松駅操車場と若戸大橋。

「おえべっさん」として親しまれている若松惠比須神社に立ち寄りました。

少し斜めからは、拝殿の奥にある本殿の屋根を含めた、屋根全体の造りが見えてきます。この境内でNHK福岡の地域ドラマ「You May Dream」のロケが行われ、私たち夫婦もエキストラとして参加したのは去年の暮れ。底冷えのする寒い一日だったのを覚えています。

せっかく若松に来たので、久しぶりに丸窓天ぷら店に立ち寄りました。丸窓も、好きなのにしばらく足が遠のいていた店のひとつです (^-^)ゞ

本日のお土産をゲット。揚げたては、文字どおりふわふわ。格別の美味しさです。写真左の角切りのてんぷらは新商品ですね。

三日月屋のクロワッサンも合わせてゲット~♪

日本一の石炭積出港として活況を呈した若松ですが、若戸大橋が開通した頃には、エネルギーの主役は、石炭から石油に交代しつつありました。それでも、日本の経済が右肩上がりで成長していた時代、小倉などの都市圏と若松市街を結んだ若戸大橋の役割は大きかったそうです。今でもこの周辺には、写真の旧古河鉱業若松ビル、三日月屋などが入る石炭会館、今は上野海運ビルと呼ばれる旧三菱鉱業若松支店など、古きよき時代の名残を感じさせる建築物が残されており、南海岸通りはノスタルジックな散策にぴったりです。12月から若戸大橋や若戸トンネルの通行料が無料化されますが、より多くの人に若松の魅力を知ってもらうきっかけになればと思います。
ここ数日、朝夕はずいぶん冷え込むようになりました。猛暑の夏が嘘のような涼しさです。日中との気温差が大きいので、体調を崩さないよう気をつけたいですね~
たまたまですが、そんな記事が掲載される少し前、久しぶりに若松南海岸通りまでウォーキングに出かけたので、そのときの写真をアップします


見上げれば秋の空。青いキャンバスを突き抜けるように、一直線に飛行機雲が伸びていきました。

自宅から若松南海岸まで、片道およそ12~3kmの道のりです。若松警察署までは199号線を歩くので交通量が多く見どころは少ないのですが、そこから洞海湾沿いに出ると眺望が開けてきます。若松武道館の裏手を過ぎるころから若戸大橋も見え始めて、ようやく若松らしい風景が広がります。久岐の浜と呼ばれる岸壁から遠望する若戸大橋。

開通した当時、若戸大橋には歩道が設けられており、人や自転車、原付バイクの通行が可能でした。慢性的な渋滞対策として、この歩道が廃止されたのは1987年です。

ところが2012年10月28日、橋を全線通行止めにして「若戸大橋1DAYレッドウォーク」という開通50周年記念イベントが行われました。8,450人が参加したこのイベントに私も参加。初めて若戸大橋を歩き、橋の上からの風景を楽しみました ヽ(^o^)丿

洞海湾の中央に伸びる堤防の突端まで来ると、若戸大橋が結ぶ若松と戸畑がずいぶん近く感じられます。

堤防から再び若松側へ。遊歩道が整備されたここから先は「若松南海岸通り」と呼ばれ、洞海湾から吹き抜ける風が心地よい格好の散歩コースです。

この通りには2ヶ所ほど、ウッドデッキとベンチが設けられており、若松南海岸の景観をいっそう魅力的なものにしています。時おり、ここで釣りをしている人を見かけることもあります。

遊歩道沿いに波とカモメが描かれていました。

若松南海岸通りで一番好きな眺めです。若戸大橋を背にした旧古河鉱業若松ビルは、煉瓦の重厚感とスマートな建築様式が見事にコラボ。ボラードとそれを繋ぐ鎖も、この景観にマッチしています。

つり橋のメインケーブルを支える主塔。メインケーブルとあいまって繊細で均整のとれた美しさを作り出している主塔ですが、近くで見るとかなりの迫力です。

メインケーブルの張力を受け止め、大地に固定する役割のアンカーレイジ(錨のようなもの)。若松側のアンカーレイジには、若松の風物詩がタイル画として描かれています。

若松駅操車場と若戸大橋。

「おえべっさん」として親しまれている若松惠比須神社に立ち寄りました。

少し斜めからは、拝殿の奥にある本殿の屋根を含めた、屋根全体の造りが見えてきます。この境内でNHK福岡の地域ドラマ「You May Dream」のロケが行われ、私たち夫婦もエキストラとして参加したのは去年の暮れ。底冷えのする寒い一日だったのを覚えています。

せっかく若松に来たので、久しぶりに丸窓天ぷら店に立ち寄りました。丸窓も、好きなのにしばらく足が遠のいていた店のひとつです (^-^)ゞ

本日のお土産をゲット。揚げたては、文字どおりふわふわ。格別の美味しさです。写真左の角切りのてんぷらは新商品ですね。

三日月屋のクロワッサンも合わせてゲット~♪

日本一の石炭積出港として活況を呈した若松ですが、若戸大橋が開通した頃には、エネルギーの主役は、石炭から石油に交代しつつありました。それでも、日本の経済が右肩上がりで成長していた時代、小倉などの都市圏と若松市街を結んだ若戸大橋の役割は大きかったそうです。今でもこの周辺には、写真の旧古河鉱業若松ビル、三日月屋などが入る石炭会館、今は上野海運ビルと呼ばれる旧三菱鉱業若松支店など、古きよき時代の名残を感じさせる建築物が残されており、南海岸通りはノスタルジックな散策にぴったりです。12月から若戸大橋や若戸トンネルの通行料が無料化されますが、より多くの人に若松の魅力を知ってもらうきっかけになればと思います。
ここ数日、朝夕はずいぶん冷え込むようになりました。猛暑の夏が嘘のような涼しさです。日中との気温差が大きいので、体調を崩さないよう気をつけたいですね~

でもまあ、大阪での食道楽は清算できたのではないでしょうか (^。^)
若戸大橋やこの海岸の眺めは懐かしいです。でも、「丸窓天ぷら店」とか行ってないし食べてないんで、次は狙います !(^^)!
若戸大橋とその周辺の眺めが好きで、時々写真を撮りに行きます。
ただ今回は、往復ではなく片道だけでした。
お土産もゲットしたので、帰りはバスにした軟弱者です。
丸窓の天ぷら、美味しいですよ。
来られた時は、買っておきます(笑)