パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

渋谷区嵐が丘

2007-08-03 21:59:26 | Weblog
 『嵐が丘』の「要約」でくたびれてしまったので、今日は簡単に。

 渋谷、妹バラバラ殺人事件の公判はじまる。

 決して、読んだばかりだから言うわけではないが、『嵐が丘』を連想してしまった。渋谷区嵐が丘殺人事件てか。
 キャサリンがヒースクリフにはじめて会ったのは、4歳。ヒースクリフは多分10歳ちょっとくらい。それからずっと一緒に暮らし、遊んできた仲だが、エミリー・ブロンテは、二人の「愛」の根拠を「一緒に暮らしてきたこと」以外には指摘していない。つまり、一種の近親相姦みたいなもの。

 冷房温度を官僚指定の28度にしたら、至極快適である。それまでは25度だったのだが、1時間も経つと寒くなるので、頻繁に切ったりしていたのだが、28度+扇風機が自然でよい。官僚もたまにはいいことを言う。

 たまにはいいことを言う、というと、社民党の阿部なんとかというおばちゃん議員が、先月の「朝生」で、「年金制度はもっと本質から考えなければいけないのよ」と発言して、おや、何を言うのかなと思ったら、田原のじじいが社民党というだけで、発言却下。で、翌月の「朝生」を見ていたら同じ阿部ちゃんが、「あのね、年金制度って、所得の再分配なのよ」と喋り出し、なるほど、社民のおばちゃんがいいたかった「年金問題の本質」とはこれだったのかと思ったが、またしても田原が割って入って、阿部さんの発言はこれでちょん。
 今月の「朝生」で阿部氏の「所得の再配分」についての続きを聞くことができるか?

 それはともかく、年金制度が「所得の再配分」である、ということは年金制度が社会保障の一種であるということで、国民は皆、「あったりまえじゃん」と思っているかもしれないが、現実はそうではない。国民年金で言うと、毎月1.5万円を40年間も払って、65歳からわずか月に6万円もらえる政策のどこが「社会保障」か。実際、役人は、年金は社会保障政策とは考えていない。

 前も書いた通り、国民皆年金が始まったのは1964年で、その時、役人は、これを「救貧政策」ではなく、「防貧政策」だと説明した。何故なら、貧乏人を救うことは、「自助努力を惜しまず一生懸命働く一般庶民」という日本人の長所を台なしにしてしまうというのだ。(この官僚の手になる戦後日本の高度成長期以降の基本政策は、多分、自民党政府の幹部だけにレクチャーして、野党、一般国民には説明していない)
 もちろん、「救貧政策」、すなわち社会保障も必要だが、それは、たとえば、幼い子供を抱えた未亡人とか、事故や障害で働けなくなった人に対して行われるべきもので、具体的に言うと、それが「生活保護制度」である。

 しかし、年金制度が「救貧政策」、すなわち社会保障の一種であることはまぎれもない事実である。何故なら、金持ちは国による年金制度に頼る必要はないのだから。

 しかし、官僚はそれを認めない。社会保障(所得の再配分)は「障害者等の本当の弱者」に限らなければ、日本の国柄を壊すというのだ。いかにも、「そう言われればその通りかも」と思いかねない、巧みな言い方で、安部首相は、どうも、官僚のこの口車にすっかり乗ってしまっているようなのだが……。

 また長くなってしまったので、また明日。