パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

チャップリン考

2006-07-18 21:04:18 | Weblog
 『チャップリン自伝に』書かれた、チャップリンの超能力話とは以下の通り。

 ある日、友人のプロテニスプレイヤーとバーに入ったチャップリンは、バーの壁にルーレット盤のようなものが三つ掛かっていたのを見て、「あの三つの盤の数字を当ててみせようじゃないか」と言って、でたらめに「一番目は、九、第二は四、三番目は七で止まるぞ」と言ったら、実際にその三つの数字が出てしまった。
 しかし、話を聞いたH・G・ウェルズは「偶然だよ」と相手にしないので、チャップリンは、少年時代の話をした。
 いつも前を通っている、ロンドンの下町の食料品屋の鎧戸が閉まっていることに気づいたチャップリンは、ふと、「何かに駆り立てられるように」、その店の窓の張り出しに登り、ひし形ののぞき穴から中を覗いた。中は暗く、誰もいなかったが、中央に大きな箱が一つ置かれていた。それを見たチャップリン少年は、思わずぞっとして、窓から飛び下りて逃げ出した。
 それから間もなく、連続殺人事件が発覚した。捕まったのはその食料品屋のおやじ、エドガー・エドワーズで、五人の食料品店の主人を窓枠分銅で殴り殺しては、その店の主に納まっていたのだが、チャップリンの見た「大きな箱」には、その連続殺人の最も新しい犠牲者である、件の食料品店の夫婦とその赤ん坊の死体が入っていたのだ。
 しかし、H・G・ウェルズは、「それも偶然だよ」と言って、チャップリンの超能力の証明なんかにはならんよと退けたので、それで話は終わったが、実は、もう一つ、決して忘れられない、強烈な経験があった。
 それは、やはり、少年時代のことで、ある日、喉が渇いていたチャップリンは、酒場に入って、水を一杯くれと言った。すると、黒い髭を生やした、ぶっきらぼうだが、人の良さそうな男がコップに水を入れて出してくれたが、チャップリンは「何故か」飲む気がなくなり、飲んだふりをしただけで、その男が別の仕事に取りかかったすきに、カウンターにそのコップを置いて逃げ出した。
 その二週間後、ジョージ・チャップマンという男が五人の妻を次々にストリキニーネを飲ませて毒殺したことが発覚した。そのチャップマンこそは、チャップリンに水を出してくれた男で、しかも、その日、酒場の二階で、最後の犠牲者となった妻が死にかかっていたのであった。じゃんじゃん。

 しかし、チャップリンの霊能力はこれだけじゃない。第一の友人であった、ダグラス・フェアバンクスが、『独裁者』の撮影現場に遊びにやって来た。フェアバンクスは、すでに現役を引退していたが、まだまだ元気で、一時間ほど、チャップリンの仕事ぶりを見て、大笑いしながら、「こりゃあ、完成まで待てないぞ」などと友人を励まして、帰っていった。ところが、そのフェアバンクスが急な斜面を登って遠ざかって行くその後ろ姿を見て、突然、チャップリンは悲しくなってしまった。
 その二ヶ月後、フェアバンクスの息子から電話があり、父親、つまりフェアバンクスが心臓マヒで死んだことを告げた。

 実は、自伝には、これと似た場面に出くわしたことが、他にいもくつか書かれているのだが、チャップリンは、それを「親しい人との永久の別れ」以外の、何か特別のこととしては書いていない。「気がついていない」のだ。

 「気がついていない」といえば、こんな話も。
 オーソン・ウェルズ(『チャップリン自伝』にはスーパー有名人が続々出てくる)が、今、実在の人物を主人公にした実録風の映画を企画しているのだが、女を誘惑しては次々に殺した有名なフランスの殺人鬼、青髭(ランドリュ)役を引き受けてくれないか、とチャップリンに言って来た。「すばらしい適役だと思う」と言って。
 チャップリンは、忙しいからと断ったが、数日して、これを喜劇仕立てにしたらおもしろいかも知れないと思い、ウェルズに5000ドル払って、そのアイデアを映画にしたのが『殺人狂時代』だというのだ。
 ウェルズが、どんな意味合いで「すばらしい適役だ」と言ったのか、興味の有るところだが、チャップリンは全然そんなことには意をとめず、しかし、結果的にはその話を受け入れているところがおもしろい。しかも、チャップリンは、その『殺人狂時代』を自分の第一の傑作、お気に入りだと書いている。
 もっとも、この「無自覚なストレートさ」が、私にチャップリン映画を「今いち」と思わせてしまうところなのだが……。