みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

#47 救いの達成 The Battle for the Mind with Steven J Lawson, NO.3

2023年12月29日 | 救いの達成

The Battle for the Mind Dr Steven J Lawson

7分19秒から10分49秒まで。

◇◇

回避する方法はありません。

敬虔な考えが敬虔な生き方に通じるということは明らかです。

ピリピ4章8節でパウロが言っていることは、純粋な考えや正しい思考の勧めです。

これらの聖句は 私たちの目の前に置いてよいものの鋳型を与えます。

また、私たちの耳から入れてよいもの、私たちの知性の中へ入れてよいものの鋳型を与えてくれます。

法律的には、長い作成リストをあなたがたに差し出せばよいのでしょうが、聖書は決してそのようなことはしません。

聖書が与えるのは、私たちが生きてゆく狭き道を境するガードレールです。

これらの聖句は、日々の生活を覆ってくれる鋳型であり、テレビを見る時、映画を見る時、音楽を聞く時、ネットサーフィンをする時、雑誌を立ち読みする時、コンサートに行く時などに制限範囲を与えてくれます。

聖書は、これまで書かれた書物の中で最も適切な書物です。

私たちの生活の中で重要な問題を取り扱います。

日曜の朝、この場で、一人きりになることはありません。

ここには、神のことばが溢れています。

しかし、各人の家や寮、あるいは帰っていく場所場所において、他の事々が私たちの知性に入り込んでくるのを許してしまいます。

自分は全く失敗のない人物であり、自分のクリスチャンライフは高い次元に維持されていると思い込んでいます。

違う。

ソロモンは箴言において次のように言いました。

「人は火をふところにかき込んで、その着物が焼けないだろうか。」

この修辞的疑問は、人の思考に対する明白な答えを示唆しています。

「自分の中に火を取り込めば、火傷する。」

恵みによって、原因と結果の関係を分離することはできません。

そこで、本日私は聖の追及に焦点を当てたいと思います。

敬虔の追及について話そうと思います。

何故なら、この教会が、多くの点において、神の目に大いなる教会となるためであります。

敬虔と聖を追い求める教会であるために。

今日のテキストをなんとかものにしたいと思っています。

なんとかものにできる時間はあるのではないかと信じています。

次回に残そうとは考えておりません。

まず8節の始まりに注目して下さい。

ピリピ4章8節は「最後に、兄弟たち」から始まります。

8節と9節に続くみことばはすべての兄弟姉妹へと向けられています。

各自自分の聖書で確認してください。

すべての地域、すべての世代、すべての大陸のすべてのクリスチャンと信仰者に語りかけています。

あなたや私に語りかけています。

私たちは兄弟姉妹の一部であります。

 

 

 

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