みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

#576 神の法第五戒

2020年07月14日 | 聖書研究・信仰
第5戒
家族と権威
207~
The family and Authority
The Fifth Commandment
The Institutes of Biblical Law
Rousas John Rushdoony

◇◇

しかし、上に掲げたことは、あるスウェーデン医師の意見に比べれば、刺激性はかなり少ない方だ。

この医師は、近親相姦や露出狂、小児愛、汚物マニア、苦痛性愛、同性愛、窃視症、他の性的逸脱症を有する患者のために、同じ法的権利のみならず、特殊な法的助成金を要求している。

Ullerstamのシステムは、クリスチャンの法秩序に敵対し、クリスチャン夫婦の法秩序にも激しく違反する。

理論的な背景がないと、法のレベルは深刻化する。

いろいろな国々において、同性愛を合法化しようとする運動がある。

同性愛に対抗する法律は、包括的に下落している。

同じように、他のこじつけも不起訴になりつつある。

家庭のための法的保護が徐々に取り除かれつつある。

反家庭状態である無政府状態とその合法化された無法状態によって、社会に再び脅威を与えるために。

同一権利という名の下に、女性は家庭という保護を引き剥がされ、セックス市場という誤った競合以外に居場所がない。

そこでは、驚異、倒錯、偏奇、攻撃性があれば、報奨金が得られる。

同一権利によって収入を得る女性がクリスチャンの法に敵対することは明白。

知っておくべきことがある。

法とは、悪と定義されていることに対抗する戦争であり、善を堅持するための保護。

ヒューマニズム的法体系の発展段階において、両親と家庭を悪とする戦争が仕掛けられている。

邪悪な者たちや違法者たちの権利を守るために必要であるとの仮定の下で、保護がそのような者たちのために拡充されている。

コメント:

非常に深刻なことが書かれている。

ヒューマニズム(人間教)がこの世を席巻すると、いずれこうなるというRushdoonyの預言。

というか、現在進行中の事実なわけで、実に不気味かつ不快。

ヒューマニズムは崩壊への道である

*抽象画は、思想的に進化論を背景にして誕生した分野(Rushdoony)。




#569 神の法第五戒

2020年06月22日 | 聖書研究・信仰
第5戒
家族と権威
203~
The family and Authority
The Fifth Commandment
The Institutes of Biblical Law
Rousas John Rushdoony

◇◇

このエピソードは、先鋭かつ極端な例として、男と女のさまざまな本性を明らかにしている。

この悲哀的出来事に巻き込まれた男たちは、時には非道徳的ではあったが、少なくともある種の秩序に関心を持っていた。

今日、男たちは男らしさを過度に捨ててしまったので、秩序にはあまり関心を示さず、喜びにかなりの関心を払っている。

結果として、自分たちや子供たちの安全の故に、女性たちの立場が危険に晒されている。

そして、社会の腐敗、法、そして秩序といった問題に巻き込まれるようになってきた。

社会的、ないし政治的行動が、切迫的な女性の関心事となっている。

女性の関心事は、社会の腐敗や男性の失策などに向けられている。

女性が自分の防衛を案ずるということは、通常、外部の侵入者が脅威となっているか、または、社会秩序の中で、男が男としての機能を果たしていないか、のいずれかを意味する。

女系権力は、正常の法秩序の代用として発達する。

つまり、母系社会とは、退廃的で破損した社会ということ。

強力な母系的黒人社会とは、黒人男性の道徳的失敗による。

彼らの失敗とは、家族に対する責任と扶養、そして権威の喪失。

同じことが、今日母権制であるアメリカンインディアンにも当てはまる。

そのような社会では、女性が家庭収入の大部分を支えている。

男の道徳的怠慢がそうさせている。

強い甘えの体質が子の訓練において優位となり、男の道徳的失策は次世代へと伝搬していく。

コメント:

使徒たちはポスト・ミレを信じていた




The First Heaven

2018年06月17日 | 聖書研究・信仰
The first heavenについて、次のように説明している本があった。

Part of John's revelation was from the third heaven
but most of it was from the second heaven.
The first heaven was before the fall of man.

p45, The Holy Mountain, The Final Quest, Rick Joyner 




The Heavenly Man, Brother Yun

2018年06月13日 | 聖書研究・信仰
たった今読み終えた。

入手するまで約1か月半かかった。

第一印象は、ロマ書16章25節にある通り。

種が地に撒かれて後、直ちに芽が出るのではない。

人にはそれぞれ熟成期間がある。

用いられ方もさまざま。

いずれにせよ、突き動かしているのは神のデュナミス。

神のパワーだ。

証しはYouTubeでも見れる。




God as the Life of the Body, #21

2017年12月12日 | 聖書研究・信仰
我々は、神の命は病いの癒しのみならず、パワーの付与と健康の保持についても十分であることを強調したがる。

神が力を与えて下さるので、我々は病いや弱さを打ち破ることができる。

我々が自らの力で生きてゆけるようにと神が癒すことはない。

我々が神によって生き、主への奉仕のためにパワーを見出すことができるように、神は我々の体にとってエネルギーとなって下さる。

イスラエル人がエジプトを離れる時、神は彼らにこう言って約束した。

「あなたがたが主である私の声を熱心に聞こうとするなら」

「そして、私の目に正しいことをするなら」

「そして、私の命令に心を留め、すべての我が法に従うなら」

「エジプト人の上に降り注いだ病いを、あなたがたには決して注ぐまい」

「私は主、あなたがたの癒し主である」
(出エジプト記15:26)





God as the Life of the Body, #20

2017年11月21日 | 聖書研究・信仰
もう一度、神が人の体にパワーを供給する方法を見てみたい。

神は我々の霊に対してパワーとなるだけでなく、体に対してもパワーとなる。

祝福が今日ほど顕著ではなかった旧約の時代においてさえ、聖人たちは外なる肉のブリキ缶に対する力としての神を経験していた。

外なる肉の器に対する祝福は、旧約の時代の方が大きかった。

我々も彼らのように、神の爽やかな同じパワーを経験すべきだ。

もし神の豊かさについて理解が及ばない者は、その豊かさを霊的な事柄に限定するかもしれない。

しかし、信仰を持つ者なら、神の命とパワーの体に対する適応を無視して、それらを霊にのみ限局することはしないだろう。




God as the Life of the Body, #19

2017年11月17日 | 聖書研究・信仰
このパワーは皆、この体において現われる。

神を待ち望む者に神の力が現れる。

ダニエルが神のビジョンを見た時、次のように呟いた。

「わたしの中に力は残ってはいなかった」

「私の輝かしい姿は、恐ろしくも変わってしまった」

「私にはもはや力がなかった」
(ダニエル10:8)

しかし、神はみ使いを送り、ダニエルの力を増した。

この書において、ダニエルは人の外観を持ったみ使いが自分に触れて、力づけてくれた様子を説明する。

ダニエルは言う。

「嗚呼、人よ、大いに愛する者、恐れるな、汝に平安あれ」

「強くなれ、大いなる勇気を持て」

そして彼が私に話しかけた時、私は力を得て、言った。

「私の主に言わせてください、おなたは私に力を与えてくれた」

(ダニエル10:18~19)




God as the Life of the Body, #18

2017年10月30日 | 聖書研究・信仰
このことは、死の門の近くにいる者において、如何に神の命が現れるかを示している。

預言者イザヤもまた、このことについて証言している。

見よ、神は我が救い。

神に信頼し、恐れはない。

主である神は我が力、我が歌。

そして、主は我が救いとなった(イザヤ12:2)。

主はよろめく者に力を与え、力の萎えている者に力を増し加える。

若い時でさえ、よろめき衰えることがあるかもしれない。

若者も疲労困憊することがあるかもしれない。

しかし、主を待ち望む者は己れの力を新たにする。

彼らは若鷲のように舞い上がる。

彼らは走り疲れることはない。

彼らは歩いてよろめくこともない。

(イザヤ40:29~31)





God as the Life of the Body, #17

2017年10月23日 | 聖書研究・信仰
エリフは、神の懲らしめとその後の展開について、ヨブに真摯に語りかけた。

「床の上で生じる痛みと骨々において繰り返される闘いによって、人は躾けられる」

「彼の命はパンを嫌い、彼の食は偏向となる」

「見るに忍びないほどに痩せこけてしまった」

「見えなかった骨が突き出している」

「彼の魂は底知れぬ所の近くまで落ちていき、彼の命は死をもたらす者どもへと近づく」

「彼にとって何が正しいのかを宣言するため、一人の天使、仲介者、千の中の一人がいる」

「彼を優しくいたわりながら、その仲介者は言う」

「底知れぬ所へと落ちないようにそこから救い出せ」

「私は一人の身代わりを見出した」

「彼の肉体を若者の肉体に代えよ」

「若い頃の精力ある日々に戻せ」

(ヨブ33:19~25)




God as the Life of the Body, #16

2017年10月19日 | 聖書研究・信仰
詩編105編5節

「あなたを良いもので満足させて下さるお方」

「あなたの若さが、若鷲のようにリニューイングされるように」

他の詩編も、如何に神がご自身の民のために力となられたかを記録する。

私の肉と心は失敗するかもしれない、しかし神は私の心と私の分の力である」

「幸いなことよ、主の中に力の有る者は」

「生涯に渡り、私は彼を満足させよう、そして私の救いを彼に示そう」

(73. 26, 84.5, 91.16)