「仏家(ぶっけ)」の一大事因縁とは「此の物」が
宇宙全体と一つに成って必然な活動をしているという
ことです。
私たち衆生が知らず識らずに宇宙が発生し、人間(にんげん)が
出来て生まれて来たのです。
それが今、現在この通りに「人」も「宇宙」も皆存在しているのです。
この「存在している事実」をおシャカ様は徹見されて、
「一大事因縁」と表現されたのです。
おシャカ様の徹見とは、「此の物の実質」に徹せられたということです。
「事実其の物(此の物と明星が一体)に成った」ということです。
ですから、一般的な「此の物」の説き方というのは、
「人間(にんげん)の考え」ですので「仏法」ではありません。
「一大事因縁」がなくては「仏法」にならないのです。