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夏の思い出2

2010年10月06日 | Weblog
8月頭に近くの町で行われた中世祭へ行って来ました。
中世の建物が残っている町などでよく行われるんですよ。町の人が仮装したり、当時の生活様式を再現したり、イノシシの丸焼きが出たり、私は中世史が好きなのでたまりません。

実はここタヒチから帰った年にも行っているんです。
子供たちが仮装しているのを見て、私も子供がいたらなーなんて思っていました。
まさか2年後に子供を連れて来れるとは思いませんでした。

残念ながら仮装道具を揃える時間が無かったので、息子は弟夫婦がくれた甚平さんで参加(ある意味仮装かも)。

こじんまりした町なので大混雑する事も無くゆっくり楽しめました。
夕食はコルシカ島のソーセージを挟んだサンドイッチにコルシカビール。
このソーセージ、今住んでいる町の市場にくるコルシカのお兄ちゃんの所のが美味しいくてよく買って生で食べているのですが、焼いたのは初めて。
正直焼いたのは血の味がしていまいちでした。


息子はトルヴァドゥール(中世の音楽)に併せて手を叩いていました。


また来年も来れたら良いな。
その時は仮装させちゃおうかしら。



上の写真はサンドイッチを買いにくる貴婦人!

2月12日(金)のつぶやき

2010年02月13日 | Weblog
12:38 from mobile web
雪で飛行機がほぼすべて欠航。今ニース空港近くのホテル
12:39 from mobile web
ウチから空港は45分なのに、高速も国道も通行止めで海沿いの道しかなくて大渋滞。
12:40 from mobile web
7時間もかかった。ありえない?
14:29 from web
6時に空港へくるようにいわれたので来た。8時まで待つようにいわれた。
18:51 from mobile web
飛行機キャンセルになっちゃた。
18:54 from mobile web
また明日。今日は、家に帰ります。
18:57 from mobile web (Re: @tamakiti777
@tamakiti777 これなら恥ずかしくない!
by maimitimai on Twitter

入院セット.......必要ないのばっかり!!

2009年08月01日 | Weblog
病院に行ってびっくり!
病院からもらった入院に必要なものリストにあった物を揃えて行ったのに、たくさん必要の無いものがありました
大体リスト自体が怪しくて中には『なにそれ?』なんて言うお母さんもいたりして。


要らなかった物を青文字にしてみます。

<産室用の小さいバック>

赤ちゃん用:下着 パジャマ(足まですっぽり入る靴下付きのボディーオール) 毛糸のカーディガン 靴下 フリースの毛布(アフガン) 夏も冬も同じ物を用意する事
私用:水スプレー 使い捨て紙パンツ パジャマ

パジャマは厚手ので正解。生まれたての赤ちゃんは寒がりなので、最初の2、3日は靴下をはかせた上でパジャマを着せる様に指示されました。
カーディガンは全く使わず。使っている人を見る事もありませんでした。



<私用>
パジャマ 3、4着(授乳する場合は前開きのもの)
授乳用ブラジャー
母乳パッド(使い捨てのものか、シリコンのもの)
使い捨て紙パンツ
お風呂グッズ(バスタオルとか石けんとか、化粧道具とか)
女性用ソープ
ボールペン
目覚まし
授乳する場合は乳首用クリーム (Castor equiというのが良いらしい)


<赤ちゃん用>
肌着、靴下、パジャマ、スタイを4日分+予備1日分
ジゴトーズ(寝袋みたいな物
お風呂グッズ(5、6ボディ洗い用手袋、タオル、液体石鹸、洗浄水(お尻ふき)、ガーゼ、おむつ1パック)

生理的食塩水(鼻や耳を拭く為らしい)
哺乳瓶
ミネラルウォーター


ジゴトーズはアフガンで代用。病院がおくるみを用意していたのでアフガンも持って行かなくても良かったと思います。
ところでアフガンは日本で売っている物の様に、頭の部分を被れる様にして周りにレースをつけたのですが、これが大評判でした。

基本的に赤ちゃんの入浴グッズは病院が用意していました。毎朝アシスタントさんと一緒に赤ちゃんの入浴部屋へ行き、いろいろ教えてもらいながらお風呂にいれるのですが、体を洗うミトンは紙製のが用意してありましたし、タオルも石けんもガーゼもおへそ用の消毒液も、目を洗う食塩水も全部ありました。

リストには無かったけど必要だったのはおむつ替えの際にお尻を洗うコットン。私は知らないからガーゼを使っていたのですがアシスタントさんに勿体ないからコットンにした方がいいと言われました。
化粧水をつけるときに使うコットンの大きいので十分です。

哺乳瓶は万が一母乳が出なかったときの為と理解していたのですが、病院には小さな瓶詰めのミルクが用意してあって、それに殺菌済みの乳首をつけて飲ませる様になっていました。

まあ入浴グッズは退院後家で使うから良いのですが、出産時にいろいろサンプル(しかも大瓶)をもらったのでわざわざ買わなくても良かったかなと .......

<書類>
滞在許可証
保険証&共催保険証
家族手帳(ここに産まれた赤ちゃんの事が記録されます)
血液型カード
エコグラフィーの記録
各種検査結果


滞在許可証や保険証、家族手帳は市役所に提出する書類を作ってもらうのに必要でした。
エコグラフィーの記録や検査結果はいっさい使わず。


あのリスト、もしかしたら古いのかもしれません。

母親教室の助産婦さんは元病院の助産婦で今は独立して活動をしている人なのですが、彼女が病院を辞めてからシステムが変ったとか.....

ちなみにリスト自体は病院でもらったんですよ


うーん、さすがフランス。

出産当日の話(長いです)

2009年07月29日 | Weblog
原因不明の出血が続いたので、翌日、月曜日を待って(というのは日曜日はスタッフが手薄だから)陣痛促進剤を使って早めに産むことになりました。

前日の0時から絶食。前日初めての入院で一睡も出来なかったので、睡眠導入剤をもらって熟睡。
月曜日、目が覚めるとたまに下腹と背中が痛むようになっていました。
もしや陣痛ではと、促進剤を使わなくてすむかと期待しましたが、残念ながら強さも弱くてダメ。

私はお産自体に恐怖心はなく、結構軽い気持ちでいました。
同室の女性(すっかり仲良くなった)に驚かれたくらい。でもこうなったらまな板の上の鯉。
それにほら、無痛分娩を選択しておいたし。


ところでこの無痛分娩、全くの無痛と言う訳ではなく子宮口が十分に開いてから麻酔を注入するので、それまで陣痛の痛みはあります。


当日。
朝一番でモニタリングと子宮口のチェック。モニタリングでは赤ちゃんの心音と子宮の収縮状況をチェックします。
子宮口は柔らかくなっていましたが、開いてはいませんでした。

旦那が到着後、お産準備室へ。


ここで、もう一度チェック。羊水が少量出ている事がわかったので抗生物質を点滴。
あと絶食中なのでブドウ糖も点滴。
2日前から付けられていた留置針がやっと活躍。

まずは子宮口辺りにジェルを入れます。子宮口を開く為で、まずは2時間待って開き具合をチェックすることになっていました。子宮口が開かないと陣痛促進剤は使えません。
子宮が開くまでに1日から2日かかる事が多いそうで、明日も同じ事をするかもしれませんと助産婦さんから言われていました。


ところが、、、

注入後5分も経たないうちに、激しい痛みが下腹部と腰に。
ベルトか何かで縛られて思いっきり締められているような、腰が砕けちゃいそうな強い痛みでびっくり。
しかも間隔を空けずにずっと痛いまま。

私の急変に旦那もびっくり。

急いで助産婦さんを呼んでチェックしてもらうと、なんと子宮口が開いていました。
あまりの早さに助産婦さんまでびっくり。


隣の産室に移されて、ベッドに腰掛けて麻酔医が来るのを待つ事になりました。
これが長い!妊婦は私だけじゃないので麻酔医も引っ張りだこ。
痛みは2、3分くらい(多分)の間隔で起こるようになったので息が出来る様になりましたが、堪え難いほど痛い。

助産婦さんの話だと、普通徐々に来る痛みがジェルによっていきなり強いのが来たため、よけい痛いのだそう。
この間習ったヨガの呼吸法をするものの苦しくて駄目。


15分後(旦那談)麻酔医登場。
あごを引いて背骨を丸めて、陣痛が収まるのを待ちます。針は陣痛と陣痛の間の子宮が収縮していないときじゃないと打てないんです。
まず最初に局部麻酔。
そのあとまた陣痛が来たので待って、収まってから硬膜外麻酔の針を入れました。
チクっとしましたが、陣痛の痛みに比べたら屁(失礼)みたいなモノ。そのあとチューブを背中に通して準備完了。
このチューブを通すときに電気が走るような妙な感覚がしました。

ベッドに横になって、麻酔薬が流れ始めると徐々に痛みが減って、すぐに何も感じなくなりました。
痛みを感じないだけで他の感覚は残っているんです。足も動くし。


これからはラクチン。
旦那とさっきの陣痛の話をしたり、モニターに移る他の妊婦さんたちの子宮収縮のデーターと私のを比べてみたり、すっかりくつろぎムード。

メモなんかとったりして。

メモの内容ーーーーーー

 11時30 子宮口にジェルを入れる
 11時45 陣痛が始まる 助産婦さんチェック 
 12時15 麻酔
 13時15 子宮口4cm開く
 14時15 子宮口5cm 破水させる
 15時30 子宮口8cm 赤ちゃんに発熱の心配あり
 
そうそう、この破水がまた驚き。
先っぽに刃が付いたハサミを使って、卵膜をカットしたんです。
その時厚い風船が破裂するような鈍い『ボンッ』って音がしました。旦那も音を聞いたそうです。
水が大量に流れ出るのを感じました。

子宮口が8cm開いた所で、モニタリングの赤ちゃんの体温が熱いため産科医登場。
国立病院は通常分娩の場合は女産婦さんが赤ちゃんを取り上げます。産科医は問題があったときだけ。

この日は男性の医者が担当だったそうですが、R先生に勧めら面接を担当してくれた女医のC先生がいたため、わざわざ男の先生と交代してC先生が来てくれました。
これは心強かったです。

C先生の判断でもう少しまつ事にしたものの、子宮の収縮が足りないので陣痛促進剤を少し注入。

これで子宮口が開ききってイキミ開始。


女産婦さんがモニターを見ながらいきむタイミングを指示するので、それに併せて大きく息を吸って限界まで踏ん張ります。
1回の収縮でだいたい3回いきむのですが、これが結構大変。やはり体力がいまいちなのかも。

何回かいきむものの赤ちゃんは降りて来ません。
ここで女産婦さんから『赤ちゃんが引っかかって出て来れないので、先生に来てもらいます』と説明がありました。

『先生に来てもらうのは鉗子を使うからで、重大な事態になっている訳じゃないから心配しないで』との事。


C先生がやって来て、女産婦さんの言う『小さいスプーン』を使って赤ちゃんの頭を挟んで軌道修正することに。

小さいスプーンって言う割には、C先生の持っている包みが大きいので見ていたら、サラダサーバーぐらいの大きなスプーン!!

あんなの入るのかと思いましたが、赤ちゃんの頭に比べれば小さい小さい。
麻酔も効いてるし。
実際違和感はあるものの痛みはなし。

私は引っ張られている感じはあったものの、そんな激しくは感じませんでした。
旦那の話だと、思いっきり何度も引っ張って、最後はベッド挟んであったビニールシートがぶっ飛んだそうです。

ここで、私も赤ちゃんが降りて来たのがはっきり分かりました。
う◯ちが詰まっているみたい(ごめんなさい)。

次の収縮を待って、思いっきりいきんだら頭が出て来ました。ここからはそっと押す様にしていきむと『つるり』と赤ちゃんが出て来ました。

本当は父親が臍の緒を切るのですが、出てくるのに時間がかかったりと問題があったので先生がさっさとカットして、新生児検査室へ連れて行ってしまいました。

一瞬お腹の上に乗せてもらいましたが。


旦那は赤ちゃんに付き添って検査室へ。私は胎盤が出るまで同じ格好で一休み。
胎盤が出た後、裂けた部分を縫ってもらって、一休みしていると赤ちゃんが帰って来ました。

ここで初めて授乳。うまく吸い付いてくれたので良かったです。
寒そうだったのですぐ着替えさせて、旦那と3人でしばらく寛ぎました。

そうそう縫っている間に麻酔薬が切れたんですよ。縫い終わる前に麻酔が切れたらどうしようと気が気じゃありませんでした。


赤ちゃんが生まれたのはジェルを入れてから6時間後。
私は夜の10時に個室に移され、夕飯を食べてさせてもらいました。お腹がすいていたので持参のクッキーも齧って。
赤ちゃんはその日から同室。おとなしく寝てくれたので助かりました。







旦那が作ってくれたおにぎり。
入院中毎日持って来てくれました。美味しかったです。




血がでた

2009年07月19日 | Weblog
昨日、コメントに返事を書いたあと出血がありました。
お印かなと思ったのですが、量も多いし塊(汚くてごめんなさい)もあったので、病院へ。
胎盤も赤ちゃんも無事で原因はわからず。

念のため病院に一泊する事になりました。

夜はお腹が張って眠れず。朝の4時に、また出血したのでモニターをつけて赤ちゃんの心拍と子宮の伸縮の程度を調べることに。
痛みは生理痛ぐらいだったのでやっぱり陣痛ではありませんでした。

今朝また出血。

今日もまた一泊することに。


そして明日促進剤を使うことになりました。
原因が分からないので、赤ちゃんが元気なうちに産んでしまおうってことです。

今夜は0時から絶食です。
うまく薬が効きますように。

バスク地方旅行3

2009年03月24日 | Weblog
朝ご飯はホテルの朝食ルームで。



アメリカに住むフランス人とオランダ人のご夫婦と一緒でした。
旅先の情報交換をしたり、アメリカでの生活やタヒチや日本での生活について話をしたり、こういうこういう宿の良い所は人との交流があるところ。

本当はこのままバスク地方からベアルヌ地方へいく予定だったのですが、お二人の話とホテルの支配人のおススメもあって、近場の小さな町を見学する事にしました。


先ずはサールの町。



やっぱり雨戸や梁は赤茶色。看板をみるとKの文字がよく使われています。Kはフランス語ではほとんど使われません。
これバスク語なんです。



これは墓石です。なんとなくケルトっぽいですよね。



市役所横の掲示板にこんな張り紙がありました。
探し豚 ペットのメス豚『ピカチュー』が逃げてしまいました。見かけた方はご連絡ください

迷いブタですよ
買い主は真剣なんだろうけれど、おかしくて笑ってしまいました。しかも名前がピカチュー。


サールの後はアイノアへ。
アイノアはホテルの支配人イチオシの町。

駐車場の側に古い教会があります。バスクではまだ教会を見学していませんでした。なぜか全部閉っていたんです。


教会はロマネスク様式で、窓が小さく中が暗いのが特徴。当時の建築技術では大きな窓は作れなかったんです。
ちなみに教会の前に映っている壁はプロットと呼ばれるバスク独特のスポーツ用の壁です。これバスクにいる間、よく見かけました。



中は美しく装飾されていました。ゴチック様式の教会を見慣れていたので、とても新鮮にうつりました。
この教会だけでも来た甲斐がありました。

変わっていたのは2F。
普通2Fは女性の席ですが、バスク地方では男性席なんだそう。教会を掃除していたおばあちゃんが誇らしげに話してくれました。



男性はこの階段を上って2階から入ります。



おばあちゃんに、これからどこを見学するんだいと聞かれたので、エスプレットへいくつもりだと言うと、あそこは良い所だよとにっこり。
でも今夜はお隣のベアルヌ地方へ行くと言ったら、『そこはバスクじゃないね。いまいちだよ』(笑)


家の入り口。上に住んでいた人の名前と年代が書かれています。
この町では何軒か似たような家をみかけました。


珍しい色の家を発見。


そしてバルコニー。


香水屋さんがあったので行ってみました。お店の女性が親切でいろいろ教えてくれました。
雌ロバの乳から作った化粧品とかもありました。保湿力がつよいんだとか。
私はオレンジの花の水(ネロリ)のバスグッズを購入。良い香りです。

つぎは唐辛子のエスプレットです。




あけましておめでとうございます

2009年01月02日 | Weblog
フランスにいると、どうもお正月気分がのってこないのですが.........
私はとりあえずお雑煮を食べました。 おいしかった。
モチと山菜の水煮は実家から送ってもらいました。お母さんありがとう。

昨日は友だちの家でカウントダウンパーティでした。
それぞれが、シャンペン1本、赤ワイン1本、料理1つを持って集まりました。
私は五目寿司をおにぎりにして持って行きました。正確に言うと、おにぎりにしたのは旦那。
諸処の事情があり、いまおにぎりの作り方を伝授中です。

五目寿司を作るのに、油揚げがなかったので中華食材店で厚揚げのカンズメを購入。激マズでした。仕方ないので油揚げなしで作る事に。
そのうち日本から乾燥油揚げでも取り寄せなければ!!


皆さんはどんなお正月をお過ごしですか?
おせち食べたりしているのかしら。
おせち食べたいなぁ(食意地ばっかり)。松前漬けとか栗きんとんとか伊達巻きとか。


私から年賀状が届いていない方へ。
............まだ摺ってません。あした印刷します。気長にお待ちください。



それでは今年が良い年になりますように。




mai