函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

広辞苑の品格

2007年10月26日 08時37分56秒 | えいこう語る
広辞苑の6版が10年ぶりに改訂出版される。
戦争が終わった10年後に初版が発売され、1100部が出たと言う。
当時の人たちの知識欲が、とても高かったのが偲ばれる発行部数である。
以後部数は落ち、1998年の5版は100万部となり、今回は30万部が目標だと言う。
我家には、2版と4版がある。2版は開く事もなくなったが、4版は手の届く場所において、拡大鏡を持ちながらよく使っている。
私の机の上では、1番知的な存在感を放っている。
電子辞書も今年から使っているが、これもかなり便利である。
しかし、ページをめくりすばやく探しあて、その付近の言葉にも目を通したりするのは、老化防止にもなり、辞書ならではの楽しさである。
また、どっしりとした重量感も教養の固まりのようで、信頼感もある。
私にとって知的権化の広辞苑に、新6版には現代の若者言葉を、1万語加えると言うのは納得できない。
「うざい」「ラブラブ」「めっちゃ」など、絶対入れて欲しくない。
この報道を見てテレビに向かって叫んだ。「広辞苑に若者言葉を入れてはだめだ。広辞苑の品格が崩れるではないか?」と。
別冊でサービスなら歓迎するが、中に入れてしまえば、知性が薄まるような気もするし、日本の良さがどんどん壊れていく現代にあって、広辞苑よお前もかと、情けなくなってしまうからだ。
しかしテレビで見る、省略造語を次々生み出す若者たちの感性にも、驚かされる時がある。普通の大人が及びもつかない、鋭い角度で切り込み、こんな考えもいいなと、感心させられることも多い。
世代間の断絶と言われるが、時代が急激に進化し、それにについていけない大人と、そのスピードの乗れる若者世代の間の溝が大きくなったせいだ。しかもその進化をつくったのは大人社会である。それは伸び悩む経済の打開策として、大人の消費から子供の消費に移行させたからでもある。
しかし、日本のアニメが欧米を席巻している事などを思うと、この若者達は世界共通の価値観を発信しながら、戦争のない世界を築いていけるかも知れない??!!。
何時の時代も若い世代に期待するより、手立てはないようである。
でも若者の斬新な発想でも、この意味はこれでいいのだろうかと、思った事がある。
あるテレビでの事です。「降る雪や 明治は遠く なりにけり」この言葉の意味を問われて、若い女性の答えが、
「雪が降ってきて寒くなり、明治の人たちは死んでいなくなりました」
たしかに明治生まれの方は少なくなったけど、これでいいのだろうか??
こんな面白悲しい(おもかな?)解釈が起きないように、広辞苑だけには品格を保ってほしかったものです。
嗚呼 昭和も遠くなりにけりのようです。