函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

骨を切ってみた

2007年06月22日 15時29分26秒 | えいこう語る
今やバラバラ事件などは、殺人事件の定番になってしまったようだ、とこんなことを書いてしまう世の中が恐ろしい。
風呂場の中で、自分が一番愛した人を切断するのは、気がふれた者の仕業と思っていたが、極普通に見える人間がしているようだ。
愛情の反対は単なる憎しみであり、最上級の憎しみとは、愛の一滴までも消滅させる事なのだろうか。・・・思考がバラバラになってきそうである。
近海物の鮪の頭を貰った。30キロ級の大きさの頭だと言う。首の切断面の肉の鮮度は、すこぶる良い。ぎょろりとした大きな目玉は、煮ても焼いても如何にでもしてくれと、挑戦的だ。
仲間数人に声をかけた。炭が熾され、焼き場の準備は整った。
頭を縦に切断しなければ焼くことができない。包丁なんかはまるで刃が立たない。
仲間は鉈でやれと言う。でも鉈を何度も振り下ろすと、切断面がぐちゃぐちゃになり、肉片が自分の顔に飛び散りかねない。
やはり鋸しかない。一般的に使う両刃の大工鋸ではひ弱すぎる。
そこで、枝切り用の刃の荒い、折りたたみ式の鋸を持ってきた。
しゃわしゃわと、ゆっくり骨が切れていく。しゃわしゃわという音は、中が凍っているからそんな音なのかもしれないが、骨を切ったときの音もこんなものかと想像してしまい、まったく魚をさばいている感覚ではない。
左右対称の真っ二つにされた頭部がまな板から転げ落ちる。
これでは女でも容易に出来るなと、納得した。
『後は蘇らないよう、バラバラにしてしまえばいいだけだ。持ち運びも楽だ。飛び跳ねた血を洗い流し、一風呂浴び、恍惚感に浸る女の顔が浮かんだ』
脂がしたたり落ち、ジュウジュウと肉汁の焼ける音が、美味さを演出する。
こげめを箸でかき分け、肉を取り出し口にはこぶと、「うー」と言う、獣のようなうめき声が聞こえ、・・・「美味すぎるー」という歓声が上がる。
頭頂部、頬、首部の肉に、箸が刺さり、極めつけは目玉の部分である。
目玉そのものは、匂いをかぎつけて、側に正座している野良猫にくれた。
目玉をくり抜いたくぼみに塩を一振り「鮪のかぶと焼きを銀座の料亭で食ったら、何万円にもなるぞ」と誰かが言った。・・・「そうだそうだ」の大合唱。
この目玉の辺りの『ゼロチン』は、かなり栄養価が高いんだぞと、酔いもまわり誰かがウンチクを始める。
『ゼラチン』でないのか?『ゼロ・チン』だら、まったく栄養がないように聞こえるよな。・・・・・「そうだそうだ」の笑い声が夜空に響く。
見上げると、北斗七星が杓子を下向きにし輝やいていた。
  ふるさとの空に向かいて言ふことなし ふるさとの空はありがたきかな
誰もが啄木になれる、故郷の素敵な一夜である。