動物好きのカミサンはノラとは知らずに時々、現れる他所の猫に餌を与えたり
する。半年ほど前から痩せっぽちの三毛猫がちょくちょく姿を見せるようになっ
た。
警戒心が強くて餌を与えても人間が傍を離れるまでは食べようとしない。暫く
放っておくと安心して食べたらしい形跡があるけれど、食が細いらしくて殆ど
減っていない。
カミサンが仮に「ミーちゃん」と名付けたこの猫は、鳴き声を聞いたことがない。
声が出せないのか、とにかく大人しくてしかも痩っぽちで小さい。未だ幼いのだ
ろうかと思っていたのだが、つい先日子猫を2匹引き連れて現れた。
どうやら母親になったらしい。あれほど警戒心が強かったのに、カミサンにだけ
は心をゆるしたのか近くに寄っても逃げなくなった。子猫は白と黒の二毛と黒っ
ぽいトラの2匹で、白黒は母猫(ミー)にくっ付いて近くに現れるが、トラは警戒
心が強いらしく人間を見ると直ぐ隠れてしまう。
Edが初めて子猫の姿を見た金曜日の夜、庭先のコンクリートの三和土の上で
ミーが子猫に乳を与えていた。痩せっぽちの母猫で乳の出が少ないのか、白
黒はカミサンが母猫に与えた固いカリカリを一生懸命食べていた。^^!
ミーは餌のカリカリをあまり食べないので、心配したカミサンが翌日牛乳を買っ
てきて与えたら夢中で呑んでいる。まるで母乳の出が良くなることを知っている
かのようだ。
それにしても、夜は何処で寝るのだろうか・・・気になって仕方ないカミサンが、
あまり姿を見せない子猫のトラを探していて、ついに居場所を発見した。トラが
お隣の物置の床下から出てきたのだという。
朝、日差しが強くなってきた10時頃、勝手口からそっと覗いたら、ミーがお隣の
物置と我が家の塀際の隙間で子猫に乳を与えていた。Edがそっとカメラを構え
たら、心配そうにジッとこちらを見ている。早々に退散したが、ミーには子を守る
母親の力強い目の光があった。
この辺りではノラを殆ど見かけない。無闇に餌を与えることはノラを増やす事に
なるので、あまりよろしくない。三匹揃って飼い猫にできれば避妊手術させられ
るのだけれど・・・簡単には捕獲できないかもしれない。
久しぶりに新橋で飲み会があった。今の会社の元同僚だったOG二人、それに
川越でトランスミッションの請負修理をしているTさんと4人。Jinさん亡き後の呑
み仲間である。
HさんはNY育ちだから英語はNativeと同じ、我々のジャパングリッシュとは訳
が違う。その彼女が今、所属替えで日本人の上司の下で働かされていて、いさ
さか不満である。元の英国人上司の下に戻して欲しいと交渉中らしい。
もう一人のMTさんはHさんの勤め先の子会社で働いていたが、つい最近退職
して今は雇用保険の世話になっているとか。・・・と言っても、間もなく彼女は65
になるから年金が満額もらえるようになる。暇だから、そのうち又アルバイトで
少し働こうか考え中らしい。OGは二人とも生活は安泰である。^^!
Tさんは一頃売り上げが個人企業とは思えないほど大きく伸びて、株式会社に
した。今は仕事がピークを過ぎて忙しくなくなったので、週2日だけ働いている。
それでも十分食べていけるほど売り上げがあるから、大したものである。Edの
ように僅かな売り上げでアクセク働かない。^^!
7時から始めた飲み会は時間の経過とともに盛り上がってきて、Edは普段は
グラス一杯で済んでいたワインが3杯、4杯と増えてしまった。早めに切り上げ
てなるべく早く帰ろうと思っていたのに、結局制限時間いっぱい腰を落ち着けて
しまった。
気が付いたら9時!慌てて閉めてもらって清算を済ませ表に出たら外はえらく
涼しい。酔いが廻って足元がやや怪しくなっている。歳だ・・・
皆さんと別れてから、車内で寝過ごさないよう気を張っていたけれど案外眠く
ならず我孫子まで来た。・・・ありゃりゃ、次の成田行きまで30分待ちだ!
寒さに震えながらホームのベンチに腰掛けて30分我慢。ようやく来た電車は
上野発の直通成田行きで、空いた席はなく座れない。トホホ・・・
帰宅したのは、もう0時少し前だった。大好きな飲み会も草臥れるわい・・・(笑)
指先に嵌める簡便なセンサーで血中酸素の量が分るという装置を一晩借りて、
データを採ってから2週刊経った昨日、病院へ診断の結果を訊きに行った。
血中酸素量を示す数値波形が大きく波打っているグラフを見せられ、睡眠6時間
の間で同様の乱れた波形が3、4ヶ所認められる。最低値は78%だという説明が
あり、試しにセンサーを付けて、息を1分間ほど止めている間に数値がどの程度
下がるかやらされた。
98%から95%へ下がっただけで、息を詰めた苦しさの割には低下量が僅かで
ある。寝ているときの低下量の多さから、如何に睡眠時無呼吸による影響が大き
いか理解できるでしょう、と医者は云う。(・・・何に対する%なのかは、説明がない
ので良く分らないけれど・・・^^!)
結論として、医者は「睡眠時無呼吸症候群の疑いが濃厚です。一晩検査入院して
精密検査を受けて下さい」と仰る。しかし、そのことは”最初から分かっていたこと”
ではなかったかとも思うし、最初の手順説明通りで、予め敷かれたレールに乗せ
られているみたいで、何だか騙されているような感じが・・・しないでもない。
検査入院の予定は別室でナースが決めてくれる。予定が混み合っていて11月
まで空いている日がない。取り敢えず11月で空いている一番早い日を予約した。
ついでに「手術で簡単に治せる、という話も聞いたけれど・・・」と水を向けると、
「ここの先生はそういう処置はとりません。つまり手術で本当に効果があるのか
分らないからです」という返事が返ってきた。
最近この睡眠時無呼吸症候群の人が増えているらしいが、要するに病気という
より老化の一つではなかろうか。年とれば外見のみならず、体の内側だって皺
が出来たり弛んでくる。咽頭部のたるみが睡眠中に気道を塞ぐことが原因らしい
から、「治す」ということはそもそも無理なことのような気もする。
そう考えると、これ以上の検査は何だか無駄なことのように、Edには思えてきた。
ネットで治療法を調べてみたが、やはり手術というのは出てこない。空気を強制的
に送る酸素マスクのようなCPAPとか、顎を広げておくマウスピースなどが代表的
なものらしい。(ヤレ、ヤレ・・・)
龍ヶ崎の竹屋陶板浴の帰り、利根川を渡る栄橋は遥か手前から渋滞している。
お盆の休日だからきっと墓参りか行楽帰りの車なのだろう、来る時から帰りは
混むだろうと踏んでいたけれど予想を超えている。
仕方がない有料の若草大橋を渡ろう。こういう場合は地元の強みで田圃の中
の道路が走れる。横須賀交差点を渡ったらパチンコ屋のある角を左折、川沿い
に2キロほど直進する。後に従いてきていたハーレーも前方の大渋滞に恐れを
なしたかEdの車と一緒に左折してきた。
左折する手前に、大きく「若草大橋有料道路」の標識があったから安心してつ
いてきたのだろう、車の少ない田舎道だから途中で爆音をあげて追い越して
いった。
突き当りを右折して更に7、800m走ると再びT字路に突き当る。そこを左折
すれば、凡そ1.5キロほどで若草大橋に出るのだけれど、左折して直ぐの路
肩でハーレーが止まって地図を見ている。
日本の標識はこれだから困る。入口にだけはデカデカと”若草大橋”と表示し
ておいて、途中には全く案内表示がない。NAVIが付いて無ければ田圃の中
で迷うのが当たり前。お役所なんて不親切なもんだw。
しかしハーレーのお兄さんは大丈夫だろう。感が良さそうだし、追い越したEd
の車が通り過ぎるのを見ていれば、きっと分る・・・^^!
橋を渡ってJA西印旛の店が見えたので立ち寄ってみた。陶板浴でご馳走に
なった茹で栗が美味しかったとみえ、カミサンが栗を買って行こうという。
運よく一袋だけ残っていた。ちょっと小粒だったけれど300円で両手いっぱい。
栗は食べて美味しいけれど皮を剥くのが面倒で、この頃は我が家でも素朴な
茹で栗は殆どやったことがない。久ぶりだったせいか子供の頃を思い出す懐
かしい味がした。
この1、2年の内に友人、親類縁者の訃報と病気入院の連絡が多くなって、この
3連休も残り2日は病気見舞いで、病院訪問に明け暮れた。^^!
86才の義兄は腰椎に水が溜まって神経を圧迫したため、酷い腰痛で動けなくな
って入院。手術して激痛は収まったもののリハビリ中。病院は東村山なので一日
がかりだった。
翌日は、硬膜出血で入院していた友人を見舞いに新百合ヶ丘まで出かけた。幸
い処置が素早く適切だったせいか一週間で全快、後遺症は何もなかった。似た
ような病(脳梗塞)で今年初め倒れたもう一人の友人は、左半身が不自由になっ
てしまい、今もリハビリに励んでいる。
運不運もあるだろうけれど、選んだ病院や最初の処置で、その後が大きく左右
される現実を見るとカラ恐ろしい。
僅か1年半の間に同年代の友人が3人亡くなり、3人が脳の病に罹り(今回の一
人だけ回復)、兄は逝き、義兄はリハビリ中・・・
気が付けば、周りは似たような年寄ばかりの世界。外堀は既に埋められた。逃げ
道を塞がれた城のようなもの、もう覚悟を決めるしかない。(苦笑)
福島原発の放射能汚染水は今も絶え間なく海に流れ出している。汚染はやが
て海流に乗ってアメリカ西海岸に達し、赤道を経由して太平洋を一めぐりし、各
国の海を汚しながら再び日本にも戻ってくる。
海がいくら広くても放射能は拡散するだけで、10年や20年で消えてしまう訳で
はない。魚や海草が汚染され、それらを食べた生物の体内に蓄積される。
3.11で原発が壊れてしまったとき、東電は事の重大さに慄きながらも従来の
隠蔽体質そのままに、正確な情報を開示せず被害を小さく、小さく見せかけよ
うとした。
菅内閣も殊更情報の開示を拒み、いち早くスウェーデンやドイツで発表された
汚染拡散予測すら日本で公表することをせず、いたずらに近隣住民を被爆さ
せた。政府もマスコミも口を塞いでいるけれど、放射線の影響による子供たち
の癌の発生率が高くなっているそうである。
戦争をはじめ、こういう云わば国家的な”犯罪行為”に対して、それを主導して
きた権力者たちは誰一人責任をとらない。日本は無責任な権力者たちのやり
たい放題のように見える。国民もまた(一部の良識のある人を除き)自分にさ
え影響が及ばない限り、無関心である。選挙の結果を見れば一目瞭然だ!
福島の事故から僅か2年半で、人々は放射能汚染のことをまるで忘れてしま
ったかの如くEdには思える。あの時、汚染は間違いなく半径250~300キロ
圏内に飛散し、千葉県もその例外ではない。
韓国が日本の太平洋沿岸で獲れた海産物を輸入規制したけれど、至極当然
なことだと思う。海外の人たちは浅はかな日本人以上に事態を深刻に捉えて
いて、そのことを理解していないのは、ウソで固めた発表ばかりしている日本
の為政者くらいのものだ。
韓国に輸入規制の撤廃を要求する前に、ウソを云う破廉恥な為政者を選出
している日本という国の現状を反省するべきではなかろうか・・・
汚染水が今もって海へ漏れ出し、どうやって漏れを止めるか未だ方策も技術
も確率されていない現状で、「完全にコントロールされています」と海外に向か
ってまで平気でウソを云うとは、呆れて空いた口が塞がらない!
詐欺師みたいな演説までしてオリンピックを招致し、放射能で汚染された国に
沢山の外国人を招いて、一体どうしようというのか・・・
その前に先ず、近隣各国並びに世界の国々に海を汚してしまったことを真摯
に謝罪しなければならない。
Edのようなありふれた、つまり道端の名もしれない雑草のような存在は、死を
前にしても執着するべき何ものをも持たない。残念ながら「これだけはやってお
きたかった・・・」などという御大層なものは何処を探してたって出てこない。^^!
一生かかってやり遂げたいという大いなる仕事をもった人、あるいはそれほど
でなくとも、人知れず毎日コツコツと一つの仕事をやり続けている人ほど、返っ
て己の最期を覚悟し、死を受け入れ易いものらしい。
何もない者ほど「生」に対して未練がましくなり、「死」をなかなか受け入れられ
ないものらしい。そうするとEdなどは、死の瀬戸際でいつまでも「死にたくない」
と考え続けるのだろうか・・・ヤだね!
今から何か大目標を立てるったって、もう手遅れだし、第一そんな気力は頭の何
処にも残ってはいないのだ。若い時に夢を抱いて、それに向かって弛まぬ努力を
続けてきた人たちが唯々羨ましいと思う。やっぱり夢を持たずにここまで来てしま
った自分の最期というものは”後悔”でしかないのだろう。(トホホ・・・)
去年の暮れからこれまでの間に、友達が二人病で倒れ、臥せっていた兄が逝き、
中学の同級生が逝き、義兄が入院した。自分を含めて、周りは老いた人たちば
かりになったのである。Ed自身、何時あの世に旅立っても不思議はない。
今日も昨日と同じように過ごし、明日もまた元気でいられだろうると何の疑いも
なく思っているのだけれど、何時か必ずその”日常”が途切れる日がやって来る
。生を受けた瞬間から我々には死が約束されているわけだから、それが”当然”
の成り行き。恐れることはないのだけれど・・・
死んだら土葬を習慣にしている所では、大抵の人が火葬を嫌がる。理由は「焼
かれたら熱いでしょう!」。死んでも”未だ生きている”つもりなのである。(笑)
我々はなかなか容易には死にきれないらしい。^^!
今週は休み明けの火曜日から、半袖に薄手のジャンバーを羽織って出勤してい
る。夜はもう夏掛けブランケット一枚では寒くて目を覚ますほどだから、短パン・T
シャツ姿で早朝ウォーキングに出ると寒いくらいである。
Ed地方では米の収穫はあらかた済んで、倒れかかったまま稲のが残っている
ところはもう幾らもない。刈り取りが済んだばかりの田には白鷺が群がって、近
づいても何時ものようには直ぐには逃げない。冬を控えて餌獲りに余念がない。
秋は足早でやってくる。今年もそろそろ林檎狩りの季節だ。久しぶりに次の3連
休には沼田辺りまで行ってみようか・・・
これからは葡萄、林檎、柿、そして寒くなって蜜柑の季節に向かう。果物はどれ
といって嫌いなものはないけれど、中でも桃と蜜柑は大好物で、蜜柑は毎年カミ
サンと二人だけで10キロの箱を何箱も空ける。^^!
昔日本ではあまり知られていなかったライチやマンゴーは、若いころ台湾へよく
仕事で行ったので思う存分食べた。八百屋へ行くと完熟したマンゴーが日本円
にして数百円で山ほど買えた。ホテルに持って帰って一度に2、3個づつ平らげ
た。今にして思うと随分贅沢をしたわけだ。(笑)
あちらでは、パパイヤとドリアンも沢山出まわっていたけれど、ドリアンはついに
一度も食さなかった。強烈な臭いに気後れしたせいか、あるいは他人の話に影
響され過ぎたのかも・・・残念!
スイスに居たころ現地の人達が果物を食べるのを見ていて、日本とは違うなと
チョッと驚いたのは、林檎でも桃でも皮ごと食べてしまうこと。日本では桃の皮
には産毛のようなザラザラがあって、皮ごと食べるのは躊躇される。しかし試し
に一度皮ごと食べてみたら、種類が違うせいか案外大丈夫だった。^^!
果物は一般に、皮と実の間にビタミンとか栄養が集まっているとか。日本のよ
うに何でも皮を剥いてしまうのは、本当は理に適っていないのかも知れない。
首相の安倍晋三は有識者会議なるものを再開して、憲法解釈の見直しという手
で集団的自衛権行使に道を開こうと画策している。もっての外である。
大体”有識者”という冠を被せれば、アホな国民は”ハ、ハァ~ッ!”と大人しくへ
りくだるものと完全に見くびっているのだ。知識はあっても良識の欠けらも持ち合
わせない、権力の手先になっている”有識者”を集めて、意見を集約したところで
元々体制側の人間が似非会議をやるわけだから、端から結論は出ているのだ。
何も考えてない愚民は”ハ、ハァ~ッ!”と有難がって反対なんかしっこないけれ
ど、少なくともEdは、安倍の息がかかった”有識者”共の意見なんぞには騙され
ない!
日本国憲法第九条では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠
実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際
紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
の交戦権は、これを認めない。」と明確に、武力による国際紛争の解決手段はと
らないと規定している。
拡大解釈で集団的自衛権の行使にまで踏み込むなら、それは9条を無視する
ものであり、体制側の学者面した”有識者どもが何と詭弁を弄しようと、それは
”明確な憲法違反”に他ならない。
もう既に10年も前から、ノーベル賞作家の大江健三郎さんは、その著書”「伝え
る言葉」プラス”の中で、財界、政界の権力者たちが世界に誇れる平和憲法を
改悪して日本を軍国主義国家に変え、軍需産業の増大を画策していることに警
鐘を鳴らしている。
Edはもう老年だからながくは生きないけれど、生きている間は日本の平和憲法
を変えてはならない、と云い続ける。
・・・何にもならないけれど。(ハハハ・・・)
3連休でも体内時計はキッチリ働いているらしく、朝は決まって4時には目が覚
める。尤も就寝時間も早くて、9時~10時になるともう眠くなってしまう今日この
頃、年とったものだ。^^!
昨日の朝4時には雨が降っていたので、ウォーキングは中止した。今朝は雨
は降っていないようだったから、1時間ほどベッドでまどろんでから起き出した。
外は薄っすら明るんで、東の空は何やら微かにピンクがかった雲で覆われてい
る。
軽くストレッチして歩き出したら丁度ご近所のCさんが、愛犬のアイちゃんを散歩
に連れ出すところだった。Cさんが「来そうだね!」という。「来るね、必ず!」と
応じる。今は丁度雨の切れ目らしく、路面に水溜りはない。
風はさほど強くはないが、雲の流れは激しい。黒い雲の隙間から青空も覗いて
一瞬陽が差したりする。台風が接近してくる時特有の空模様だ。
歩き始めて30分、小雨がパラツキ始めた。穏やかな晴れた朝は刈り入れの終
わった田圃では鷺を沢山見かけるのだけれど、今朝は全く見かけない。鳥たち
も巣に避難しているのだろうか。
そういえば今朝は行き交う車を未だ一台も見ていないし、散歩の人にも逢って
いない。こんな日に小雨の中を歩いている物好きは、居ないのだろうか・・・
昨日歩かなかったので、途中から左に折れて少し遠回りすることにした。この
道はまだ飼い犬のメイが生きていたころ、良く散歩で歩いた。農家が続いてい
るので、道の北側はづっと垣根があって風を遮ってくれる。数年前と少しも変
らない景色である。
時間が止まってしまったかのような田舎道。見渡す限り続く広大な田圃。いつ
までもこのままでいて欲しいと思う。
すっかり濡れて家に戻ったら6時半だった。今朝は良く歩いた。^^!
中部・関東を直撃しそうな台風18号が接近しつつあり、この3連休はどうやら雨
模様らしい。なので中日(日曜日)に予定していた墓参りは、急遽変更して慌しく
昨日(土曜日)済ませてきた。
そういうわけで何時もより出足が遅かったから、小平霊園に着いたのは11時半
頃になってしまい、車を降りたら外は結構蒸し暑かった。
途中田無辺りでは小雨がパラついてきて、「これは濡れるな・・・」と覚悟したのだ
けれど霊園に着いたら雨は上がっていて助かった。
墓は思ったより草も生えておらず、落葉を掃除して植え込みを少し剪定するだけ
で済んだ。それでも小一時間働いたら汗でグッショリ、次の国分寺の墓へ向かっ
た。
祥応寺は相変わらず葬式が繁盛していて、この日も通夜があるらしく、大きなテ
ント二張りと数人の黒装束がたむろしている。お彼岸は来週だけれど、事前に
墓参りをする我々と同じ考えの人がかなり居て、小平も国分寺も結構な人出だっ
た。
我々の年代はこうして年に何度か墓参りをするけれど、子供たちは果たして同じ
ようにしてくれるのだろうか・・・
Ed家の子供は二人とも遠くに住んでいるし、墓を造っても我々夫婦が二人とも居
なくなれば多分荒れ放題になってしまいそうで、甚だ心もとない。成田辺りに目星
はつけているのだけれど、まだ本当に墓を買うかどうかは決めていない。
お昼はカミサンが寿司がいいと言うので、高速に乗る手前で回転寿司・銚子丸
に立ち寄った。2時半で丁度昼飯時を過ぎたところだったので客は空いていて、
回転ではなく食べたいものをカウンター越しの板前に注文できたから、新鮮で
美味しかった。
帰ってTVをつけたら、どの局も台風情報を賑々しく流していて、日本は相変わら
ずだな・・・と思った。ま、とりあえず日除けの簾だけは外しておいた。
予定を変更したので、今日は雨の中を買出し・・・となりそうである。
アメリカ生まれの会員制倉庫スーパー”COSTCO印西店”が開業して一ヶ月以
上過ぎたから、そろそろ熱気も冷めた頃だろうと思い、10日(火)午後から様子
を観に出掛けた。
自動車タイヤ、宝石、補聴器、生花、肉、寿司、ワイン、衣類・・・一通り何でも揃
っている。品揃えは大型スーパー並みかも。中は通路が広くとってあってアメリカ
・サイズの大型ショッピング・カートもゆったり行き交える。
さて値段。どれもパック・サイズが他より一回り大きいから比較はちょっと難しい
けれど、一つ1000円前後で買える品が多いから”安い”感がある。それに品質
が良いことをうたい文句にしているから、割安は確かな気がする。
Edが狙い目と考えているものは、チーズ、コーヒー、ワイン、缶詰・・・などで、試
食して大いに気に入ったペッパー・チーズは一抱えもある(1Kg?)パックが、た
ったの1200円。日本の小さくて高価なナチュラル・チーズでは、到底太刀打ち
できないだろう。
カミサンが試食して買ったチョコ入りのミニパンは一箱800円で、とても美味しい。
今回は偵察で見て回っただけだけれど、「これは・・!」と思えるものだけ選んで
買えば案外お得な買い物ができそうである。次回はワインとコーヒー豆を試して
みようか・・・
唯、レジで支払いを済ませた後でもう一度出口でレシートと品物をチェックされる
のはアメリカ方式なのだろうが、何だか疑われているみたいで日本人にとっては
あまり感じが良くない。カミサンはちょっと憮然としていた。^^!
”睡眠時無呼吸症候群”という病名の疑いで、行きつけのクリニックの先生に紹
介状を書いて頂いた手前、放ったらかしにもできないので、昨日(10日)仕事を
休んで聖隷佐倉市民病院へ行ってきた。
自宅から車で凡そ40分、R296沿いにある総合病院である。受付が朝8時から
だったので少し早めに着いたけれど、すでに先客が19人もいた。
待合室のイスには番号が振ってあって、来た人の順に腰かけて待っていると、
やがて受付が始まった。Edは初診なので待たされると覚悟していたのだけれ
ど、受付は4人でやるので流れが速くて案外スムーズに終わった。
カルテと受診カードが出来るまで40分ほど待たされたが、担当の呼吸器外科
の診察室は患者が少なくて、椅子に腰かけたら直ぐ呼ばれた。^^!
・・が、問診は凡そ5分で終わり。つまり寝ているときの不具合だから、最初は
先生も一般的説明以外何もすることがないわけである。
説明によると、最初は自宅で寝ている間の血中酸素データを採り、その結果に
従って、必要なら1泊2日の検査入院をすることになるらしい。
血中酸素の推移を記録する検査装置は病院で貸してくれるので、今晩装着し
てデータを採り明朝病院へ返してくれという。
さて困った・・・明日は休みを貰ってないから勝手に休むわけにはいかない。
しかし装置の貸出窓口で訊ねたら、返却は本人でなくてもよいという。帰宅後
恐るおそるカミサンに頼んだら渋々引き受けてくれた。ホッ・・・(苦笑)
変なものを左手に取り付けて寝たせいか、何だか昨晩は良く寝付かれず、今日
は寝不足気味である。ヤレ、ヤレ・・・
洗面所の蛇口からポタリ、ポタリ水が漏れている。レバーを閉位置いっぱいに押
しても止まらない。この蛇口は、かれこれ10年くらい前に(やはり水漏れで)市販
のものに交換したものである。
・・・カミサンが早く直せという。^^!
元々付いていた蛇口は、湯と水を別々の栓で開閉するタイプだったから、レバー
一つで湯・水が調節できる新しいものに交換したわけである。しかし元々の蛇口
より小さくて水の出口が奥に引っ込んでいたから、やや使い辛かった。
Edは物持ちがいいので、元々の蛇口は前回交換したとき、まだ使えると思って
捨てずにとっておいた。前回バラしたとき気付いたのだけれど、栓の中のコマ(
水栓バルブ)さえ交換すればまだ十分使用出来ると踏んでいた。
問題は25年も昔のデザインである。果たして同じ部品(コマ)が手に入るものだ
ろうか・・・
近くのホームセンターに行き、水道部品コーナーを探したら、ありました!
そのものズバリのコマが!
訊けばこの部品はまだ生産されているのだそうである。ちょっと旧くなると直ぐ
デザインを変えてしまう日本製品の中にあって、水道部品は日本製も捨てたも
んじゃないな。(笑)
店員さんに尋ねたら、シート部のゴムが厚いタイプがある、と教えてくれた。そち
らのほうが漏れ防止にはより有効だと云うので、2個購入。早速帰って取り付け
てみた。蛇口の止水栓からの漏れは直った。
ところが今度は水道配管と蛇口の接続部からポタリ、ポタリ漏れている。
配管のゴムパッキンがヘタっていたのだ。仕方ない、もう一度HCへ行き、また
ゴムパッキンを物色、今度は直ぐ見付かった。年配の店員二人に使用可否の
確認を求めたが、二人してよく判らないらしい。業を煮やして「いいです!これ
を購入します」とレジへ。
帰って取り付けたら、漏れはピタリ止まった。ヤレ、ヤレ・・・
10年も経つと、以前やった自分の仕事まですっかり忘れていて、単純作業も
二度手間だった。^^!
先週の金曜日(6日)は休暇をもらった。2回目の眼底検査を受けるためである。
ともあれ、これで今月は3連休が3週続くことになった。^^!
前回は「手術すれば治ります」などと脅かされたので、今回はてっきり手術の話
になるのだろうと覚悟して出掛けたのだけれど、眼底検査のあとは「前回と同じ
目薬を出しておきます」とあっさり帰された。何だか肩透かしを食ったようで、気
が抜けたけれど、”手術します”などと云われなくてホッとした。
気象庁は、”この夏は例年と比べて異常気象でした”などと公式見解を発表して
いたけれど、今更・・・とも思えるし、今年だけなの・・・?という疑問も湧く。
何しろ日本列島は連日30℃を大幅に超える暑さに加えて午後からは急激に天
気が不安定となり、雷と豪雨、時には突風、竜巻・・・となって各地に被害をもた
らした。雷も豪雨もこれまであまり経験したことがない激しさであり、竜巻に至っ
ては住宅が何百戸も壊され、電柱が根こそぎへし折られたり車が巻き上げられ
たりと、まるでアメリカのトロネード並みである。
若しかして地球規模で気候変動が起きているのではないのだろうか・・・?
海外でも大雨で大規模な洪水、あるいは酷い干ばつに見舞われたところもある。
この地上は人間が増えすぎ、ますます環境破壊が進んでいる。予見されている
ように、やがて人間は地球を破壊し尽くして自ら滅びて行くのかもしれない・・・
そんな心配をよそに、今年も近くの田圃では稲の刈り取りが進んで、もう9割方
は終わっているだろうか。この辺りは豪雨や突風の被害からも免れたから、農
家は一安心したことだろう。
熱帯夜も一段落して、この数日は夜エアコン知らずで寝ている。朝方4時頃に
寒くて目覚めたらタオルケットが丸まっていて、パジャマだけで寝ていたらしい。
鼻水タラタラ出てきたから夏風邪ひいたのかも・・・
そろそろ台風の季節。まだ一つも大きなのが襲ってきていないけれど、嵐の前
の静けさ・・・なのだろうか。秋は少しづつ近づいているようだ。