Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

後悔

2013年09月20日 | Weblog

               

Edのようなありふれた、つまり道端の名もしれない雑草のような存在は、死を
前にしても執着するべき何ものをも持たない。残念ながら「これだけはやってお
きたかった・・・」などという御大層なものは何処を探してたって出てこない。^^!

一生かかってやり遂げたいという大いなる仕事をもった人、あるいはそれほど
でなくとも、人知れず毎日コツコツと一つの仕事をやり続けている人ほど、返っ
て己の最期を覚悟し、死を受け入れ易いものらしい。

何もない者ほど「生」に対して未練がましくなり、「死」をなかなか受け入れられ
ないものらしい。そうするとEdなどは、死の瀬戸際でいつまでも「死にたくない」
と考え続けるのだろうか・・・ヤだね!

今から何か大目標を立てるったって、もう手遅れだし、第一そんな気力は頭の何
処にも残ってはいないのだ。若い時に夢を抱いて、それに向かって弛まぬ努力を
続けてきた人たちが唯々羨ましいと思う。やっぱり夢を持たずにここまで来てしま
った自分の最期というものは”後悔”でしかないのだろう。(トホホ・・・)

                                      

去年の暮れからこれまでの間に、友達が二人病で倒れ、臥せっていた兄が逝き、
中学の同級生が逝き、義兄が入院した。自分を含めて、周りは老いた人たちば
かりになったのである。Ed自身、何時あの世に旅立っても不思議はない。

今日も昨日と同じように過ごし、明日もまた元気でいられだろうると何の疑いも
なく思っているのだけれど、何時か必ずその”日常”が途切れる日がやって来る
。生を受けた瞬間から我々には死が約束されているわけだから、それが”当然”
の成り行き。恐れることはないのだけれど・・・

死んだら土葬を習慣にしている所では、大抵の人が火葬を嫌がる。理由は「焼
かれたら熱いでしょう!」。死んでも”未だ生きている”つもりなのである。(笑)

我々はなかなか容易には死にきれないらしい。^^!

                    



最新の画像もっと見る

コメントを投稿